第85話 ここ、俺たちの家ですけど?
鳥山から逃げ切ったと思ったら。
次は。
住宅問題だった。
「なんで俺に言うんだよ!!!」
*
「それで」
俺は聞いた。
「昨日から?」
「はい」
「急に来たの?」
「はい」
「で、勝手に住んでる?」
「はい」
「…………」
魚は頷いた。
「ここ、俺たちの家ですけど? って言ったんです」
「うん」
「俺たちも住むところがない、って」
「…………」
知らないよ。
いや。
事情は分かる。
住むところがなくなった。
新しい場所を探した。
ちょうどいい岩穴を見つけた。
だから住んだ。
「魚なら普通なのでは!?」
キンメダイが首を傾げた。
「魚にも家ってあるの?」
「今その話すると全部ややこしくなるからやめよう」
イトヨリダイがスマホを見る。
「不法占拠っすかね」
「もっとややこしくするな!!」
キントキダイが言った。
「まず現場を確認した方がいい」
「じゃあ行ってきて」
「私が?」
「今、自分で言ったじゃん」
「全員で確認するべきだ」
「怖いんだろ」
「合理的な判断だ」
「じゃあ先頭ね」
「…………」
「何?」
「それは合理的ではない」
「怖いんじゃねえか!!」
*
結局。
俺たちは。
現場へ向かうことになった。
俺。
キンメダイ。
キントキダイ。
イトヨリダイ。
それから。
「.....」
ハタ。
「たまたま近くにいたから」
「そうなの?」
「そうだよ」
「さっき呼ばなかった?」
「呼んでない」
「呼んだよね?」
「細かいこと気にするなよ」
「…………」
イトヨリダイが俺を見る。
「盾っすか?」
「違う」
「石鯛の前にハタ置くんすよね?」
「現地確認だよ」
「盾っすね」
「現地確認!!」
だって。
石鯛だぞ。
俺は知っている。
貝。
ウニ。
甲殻類。
硬いものを。
バリバリ食う。
歯というか。
口というか。
とにかく。
強い。
そして今の俺は。
魚だ。
「ハタ」
「何?」
「もう少し前」
「やっぱり盾じゃん」
*
しばらく泳ぐと。
相談に来た魚が止まった。
「あそこです」
岩場。
大きな岩が重なっている。
その間に。
黒い裂け目。
その前に。
石鯛。
イシガキダイ。
何匹かいる。
「…………」
俺は案内してきた魚を見る。
「たくさん?」
「中にもいます」
「先に言って」
石鯛がこっちを見た。
「何だお前ら」
態度が悪い。
すごく悪い。
「ここに住んでた魚から相談されたんだけど」
「あ?」
「昨日から勝手に住んでるって」
「勝手じゃねえよ」
石鯛が言った。
「ここ、俺らん家だから」
後ろで。
案内してきた魚が言った。
「ここ、俺たちの家ですけど?」
「…………」
両方。
家だった。
「いや、どっちだよ!!」
イシガキダイが前に出てきた。
「俺らはちゃんと借りたんだよ!」
「誰に!?」
「カサゴ!」
「カサゴの誰!?」
「知らねえよ!」
「知らない奴から家借りるなよ!!」
石鯛が言った。
「貸すって言ったんだからいいだろ!」
「待って」
俺は振り返った。
元々ここに住んでいた魚を見る。
「君たちは?」
「はい?」
「ここ、誰かから借りたの?」
「カサゴです」
「…………」
「…………」
俺は石鯛を見る。
石鯛も俺を見る。
「…………」
何これ。
「だからちゃんと許可取ってんだよ!」
石鯛が怒鳴った。
「それなのに何なんだお前ら! いきなり大勢で来やがって!」
「いや、俺たちは――」
「嫌がらせか!?」
「違うよ!!」
「住んでたら急に知らねえ魚が押しかけてきて、出てけっておかしいだろ!」
「それは……」
「こっちはちゃんと借りてんだぞ!」
「…………」
なんか。
俺たちの方が悪い気がしてきた。
*
キンメダイが岩穴を覗いた。
「広いね」
「勝手に入るなよ!」
石鯛が怒鳴った。
キンメダイが戻ってきた。
「怒られた」
「人の家だからね」
「どっちの?」
「それを今やってんだよ!!」
イトヨリダイが言った。
「契約書とかないんすか?」
「魚にあると思う!?」
「口約束っすか」
「魚の不動産トラブルを人間みたいに処理するなよ!」
石鯛が岩穴の前に陣取った。
「とにかく帰れ!」
「いや、元の住民いるから」
「こっちだって許可取ってんだよ!」
「だからその許可を出した奴が怪しいんだよ!」
「カサゴだ!」
「だからカサゴの誰だよ!!」
「知らねえ!」
「戻った!!」
話が一周した。
*
埒が明かない。
俺は石鯛たちを見る。
こっちには。
俺。
キンメダイ。
キントキダイ。
イトヨリダイ。
元住民たち。
なら。
ここはひとつ。
人間だった頃。
刑事ドラマか何かで聞いたことがある。
俺は一歩前へ出た。
「君たちは完全に包囲されている!」
「…………」
決まった。
石鯛が右を見る。
海。
左を見る。
海。
後ろを見る。
岩穴。
「…………」
イトヨリダイが言った。
「されてないっす」
「雰囲気だよ!!」
キントキダイが周囲を確認した。
「左右から逃げられるな」
「確認するな!!」
イシガキダイが言った。
「後ろにも逃げられるぞ」
「お前は参加しなくていい!!」
「何が完全なんだよ」
「うるせえな!!」
完全包囲。
失敗。
*
「…………」
俺は考えた。
完全に包囲されている。
言ってしまった。
なら。
包囲すればいい。
「ハタ呼ぼう」
「え?」
キンメダイが俺を見る。
「ハタ」
「なんで?」
「いっぱいいるから」
「理由が雑っすね」
「数が必要なんだよ!」
イトヨリダイがスマホを取り出した。
「呼ぶっすか?」
「呼べるの?」
「求人関係で連絡網あるっす」
「いつの間にそんなものまでできたんだよ!!」
*
しばらくして。
遠くから。
何かが聞こえてきた。
小魚♪
「…………」
小魚♪
「…………まさか」
小魚♪
求人♪
「まだ歌ってんの!?」
岩の向こうから。
ハタが来た。
底物♪
また来た。
回遊♪
さらに来る。
高収入♪
「多い多い多い!!」
次々と来る。
ハタ。
ハタ。
またハタ。
小魚♪
小魚♪
小魚♪
求人♪
久しぶりに聞いた。
全然懐かしくなくていい歌だった。
石鯛たちも固まっている。
「何だこいつら……」
「ハタ」
「それは見れば分かる!」
「求人してたら増えた」
「何の話だよ!!」
こっちも分からない。
イトヨリダイが向こうを見る。
「まだ来るっすよ」
「もういいよ!」
「呼んだんだから来るっす」
「不動産トラブルに何匹動員してんだよ!」
*
ハタたちに。
岩場を囲んでもらった。
右。
ハタ。
左。
ハタ。
上。
ハタ。
入口。
俺たち。
石鯛が周りを見る。
さっきまであった海が。
だいたいハタになった。
「…………」
イトヨリダイが言った。
「完全っすね」
「うん」
俺も。
ちょっと引いていた。
でも。
言ってみたかった。
もう一度。
俺は石鯛たちを指した。
「君たちは完全に包囲されている!」
今度は。
誰も。
否定しなかった。
気持ちいい。
「おとなしく、そこを明け渡しなさい!!」
石鯛たちが顔を見合わせる。
「ふざけんな!」
「借りてんだぞ!」
「こっちはちゃんと許可取ってんだ!」
「だからそのカサゴ連れてこいよ!!」
「どけ!」
「どかない!」
「どけ!」
「嫌だ!」
「どけ!!」
「お前がどけ!!」
小学生みたいになってきた。
*
石鯛が周りを見る。
右。
ハタ。
左。
ハタ。
上。
ハタ。
後ろ。
岩穴。
そして。
すぐ近くの岩。
イソギンチャク。
その中から。
カクレクマノミが顔を出していた。
「…………」
石鯛と。
カクレクマノミの目が合った。
「…………」
「…………?」
ガッ。
「えっ」
石鯛が。
カクレクマノミを掴んだ。
「動くな!!」
「…………」
「こいつがどうなってもいいのか!!」
「今捕まえただろ!!!」
カクレクマノミが暴れた。
「何!? 僕!?」
「お前だよ!!」
イトヨリダイが言った。
「ニモはやばいっす」
「何が!?」
「世界的に消されるっす」
「誰に!?」
「たぶんデカいところっす」
「急に怖いこと言うなよ!!」
石鯛がカクレクマノミを前に突き出した。
「近づくな!」
「お前、それ以上やると本当にまずいぞ!」
「何がだよ!」
「俺も分かんないけど!!」
イトヨリダイがスマホを見た。
「垢BANくらいじゃ済まないかもしれないっす」
「俺たちアカウント持ってねえよ!!」
「近づいたらこいつを――」
「やめろ!! 訴えられるぞ!!」
「誰にだよ!!」
「だから俺も知らねえよ!!!」
カクレクマノミが言った。
「僕、帰っていい?」
「お前はもう少し緊張しろ!!」
*
キントキダイが前へ出た。
「落ち着け。話し合おう」
「近づくな!」
「私は何もしない」
「止まれ!」
「分かった」
「キントキ」
「何だ」
「ちょっと嬉しそうじゃない?」
「…………」
「こういう役やりたかった?」
「違う」
「刑事っぽいもんね」
「今は人質が優先だ」
「やりたかったんだ」
*
「近づくな!」
「分かった分かった!」
俺は止まった。
石鯛はカクレクマノミを抱えたまま。
まだ岩穴の前から動かない。
「とにかく帰れ!」
「お前らが出てけよ!」
「ここは俺らが借りたんだよ!」
「だからそのカサゴ連れてこいよ!!」
「嫌だ!」
「どかねえ!」
「絶対どかねえからな!」
「…………」
俺は周りを見た。
ハタ。
ハタ。
ハタ。
またハタ。
「お前ら…………」
「何だよ」
「ハタに食われたいのか?」
「…………」
石鯛たちも周りを見た。
ハタ。
「…………」
ハタ。
「…………」
ハタ。
「…………」
カクレクマノミが。
ぽいっ。
「うわっ!」
キンメダイが飛び出した。
「撤収!!」
石鯛とイシガキダイが一斉に岩穴へ逃げ込んだ。
「そっちかよ!!!」
*
「大丈夫?」
キンメダイが。
投げられたカクレクマノミを連れていく。
「うん……」
「おうち、ここ?」
「そこ」
イソギンチャク。
カクレクマノミが。
すぽっ。
顔だけ出した。
「ありがとう」
「もう捕まっちゃダメだよ」
「うん」
「本人に言うことじゃないだろ!!」
俺は岩穴を見る。
暗い。
石鯛たちは、その暗闇の奥へ消えていった。
「追うぞ!」
キントキダイが言った。
「当然だ」
「さっきからちょっと楽しんでるだろ」
「何をだ」
「事件」
「楽しんでいない」
「顔が刑事なんだよ」
「魚だ」
「知ってるよ!!」
俺たちは岩穴へ入った。
入口から少し進んだだけで。
外の光が急に遠くなる。
狭い。
暗い。
岩と岩の間を抜けると。
その先にも。
まだ道が続いている。
右にも穴。
左にも穴。
奥にも。
「…………」
嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感が。
イトヨリダイがスマホをかざした。
「なんか、それっぽくなってきたっすね」
「…………」
岩穴。
暗闇。
分かれ道。
逃げた魚を追って。
奥へ。
「まるでダンジョンじゃねえか!!!」
次回。
『ステータスオープン』




