第83話 値段を聞いてから食べるな
数日後。
川奈の日蓮像の先。
「おはようございます。キロ三千円です」
「…………」
「今日もいい天気ですね」
魚がそのまま泳いでいく。
「待て待て待て!!」
「何ですか?」
「今の何!?」
「挨拶です」
「キロ三千円の部分だよ!」
魚は不思議そうに俺を見た。
「私の値段です」
「なんで挨拶に値段つけてんの!?」
「最近みんな言ってますよ」
「また変なの流行ってる!!!」
*
イトヨリダイに聞くと、本当に流行っているらしい。
「シブダイさん、キロ二万円だったじゃないすか」
「あいつのせいかよ!」
「あれから自分の値段、気にする魚が増えたみたいっす」
「…………」
少し前まで、こいつらは大きさを競っていた。
大きくなった。
立派になった。
これなら海上奉仕に行ける。
そんな話ばかりしていた。
「海上奉仕は!?」
「え?」
「なくなったの!?」
「いや、あるんじゃないすか?」
「なんでお前まで曖昧なんだよ!」
*
古参のアジが通りかかった。
「海上奉仕?」
「そう! 最近ぜんぜん聞かないけど!」
「何を言っているんです。今もありますぞ」
「あるの!?」
「なくなるわけがないですぞ」
「…………」
俺はアジを見る。
「何です?」
「お前ら、教祖の真似してるのか?」
「何がです?」
「その喋り方だよ!」
アジは少し考えた。
「そうですかな?」
「そこだよ!!! 関西弁か!!」
*
古参のアジによると、海上奉仕そのものは何も変わっていないらしい。
ただ最近は値段の話が流行っている。
それだけだった。
「じゃあ、大きさ競うのやめたの?」
「やめてはいませんよ」
「値段も競うの?」
「最近は」
「忙しいな!!」
そこへキンメダイが来た。
「おはよう」
「おはよう」
「僕、高いよ」
「お前まで!!」
「昨日聞いた」
「誰に?」
「知らない魚」
「情報源が弱すぎるだろ!」
*
キントキダイも来た。
「何を騒いでいる?」
「魚の流行り廃りが早すぎるんだよ」
「そうか?」
「海上奉仕の次は値段だぞ!」
「海上奉仕は今もある」
「知ってるよ! 今聞いたよ!」
「なら問題ないだろう」
「問題あるよ! 文化がどんどん積み重なってんだよ!」
イトヨリダイがスマホを見ながら言った。
「別に前のが消える必要ないんじゃないすか?」
「…………」
言われてみればそうなんだけど。
海上奉仕。
福音。
情報屋。
貸し借り。
値段。
何一つ消えていない。
海の中に、変なものだけが増えていく。
「誰が片づけるんだよ……」
「海じゃないすか?」
「海に任せるなよ!!!」
*
その日の昼。
福音が落ちてきた。
魚たちが集まる。
一匹の魚がオキアミの前で止まった。
食べない。
「どうしたの?」
「これ、いくらですか?」
「は?」
「人間だと」
「コマセの値段!?」
「はい」
「知らないよ!」
魚はオキアミを見る。
「安いんですか?」
「知らないって!」
「…………」
「何?」
「食べるか迷ってます」
「なんで!?」
「安かったら嫌なので」
「値段を聞いてから食べるな!!!」
横からキンメダイが食べた。
「美味しいよ」
「お前は迷わないな」
「うん」
「値段気にしてたじゃん」
「美味しいからいい」
「一番まともだよ!!!」
*
しばらくすると、沖の方が騒がしくなった。
小さな魚が何匹も、ものすごい勢いでこちらへ泳いでくる。
「チカメ様!」
「何?」
「大変です!」
「また!?」
最近、この呼ばれ方をされると嫌な予感しかしない。
「上が!」
「上?」
「鳥です!」
「鳥?」
魚が水面を見上げた。
「ものすごくいます!」
*
俺たちは少し浅い方へ移動した。
水面の向こうに、いくつもの黒い影が見える。
鳥が旋回している。
何羽も。
何十羽も。
その下では、小魚の群れが水面近くを走っていた。
時々、海面が白く弾ける。
「…………」
俺は知っている。
人間だった頃、何度も見た。
「鳥山だ」
イトヨリダイが上を見る。
「鳥の山?」
「鳥が集まってるところをそう呼ぶんだよ」
「なんで集まってるんすか?」
その瞬間。
小魚の群れの下から、大きな影が突っ込んだ。
群れが一斉に弾ける。
「下にもいるからだよ」
キンメダイが目を輝かせた。
「何が?」
「たぶん青物」
もう一度、水面が爆発した。
上から鳥。
下から魚。
真ん中に、小魚。
「…………」
逃げてきた一匹が俺の横を通り過ぎた。
「助けてください!!」
「無理だよ!!!」
「チカメ様!!」
「鳥にも青物にも俺は勝てないから!!!」
小魚は必死に叫んだ。
「でも私、海上奉仕まだしてません!!」
「そこ気にしてたの!?」
次の瞬間。
群れ全体がこちらへ向きを変えた。
「…………」
「チカメさん」
「うん」
ものすごい数の小魚が、こっちへ来る。
「逃げるっすか?」
「逃げるよ!!!」
海の中が、一斉に動いた。
次回。
『上から鳥、下から青物』
NEXT 84




