第81話 高級なものには惹かれます
翌朝。
俺はまだ、カラスミのことを考えていた。
昨日まで、ただのボラの卵だった。
それがカラスミになると知った途端、なんだか急にもったいなく見えてくる。
「…………」
「まだ考えてるっすね」
イトヨリダイが言った。
「いや、だって一万円とかするんだよ?」
「だから何に使うんすか?」
「そういうことじゃないんだよ」
別に金が欲しいわけじゃない。
魚の俺が一万円札を持っていても仕方がない。
ただ、高いと分かると妙に気になる。
「人間のサガなのかな……」
「知らんす」
*
キンメダイが寄ってきた。
「カラスミって美味しいの?」
「美味しいよ」
「僕も食べたい」
「高いからねえ」
「僕が産んであげようか?」
「…………」
俺はキンメダイを見る。
「いやいやいや、ボラの卵だから意味があるんだよ!!!」
「残念……」
*
それにしても。
一万円。
「…………」
昨日まで何とも思っていなかったボラの卵が、
カラスミになると知った途端、妙に気になる。
人間だった頃から、こういうところがあった。
高いものを見ると気になる。
昔は買えなかったからだろうか。
値札に桁が多いだけで、
なんとなくすごいものに見える。
ISETAN。
高島屋。
あそこに並んでいるだけで、少し偉そうに見える。
「人間のサガかな……」
「さっきも言ってたっす」
「気になるんだよ!」
「一万円が?」
「一万円が!!!」
*
イトヨリダイがスマホを見ながら言った。
「教祖様も高いもの好きっすよね」
「…………」
「高級なものには魂がある、とか」
「…………」
そういえば。
言っていた。
というか、俺も人間だった頃に似たようなことを言っていた気がする。
「似てるっすね」
「一緒にするなよ」
「でも海上レクサスっすよ」
「…………」
「チカメさんも、あれ好きっすよね」
「…………」
「ほら」
「何が、ほら、だよ!!!」
*
その時、海上から聞き慣れたエンジン音がした。
海上レクサス。
教祖だ。
「来たっすね」
「…………」
なんとなく上を見る。
*
福音が落ちてきた。
魚たちが集まり、しばらくすると仕掛けも入る。
いつもの釣りだった。
やがて一匹の魚が掛かり、海面へ消えていった。
しばらくして。
「逃がされた~!」
さっきの魚が戻ってきた。
「小さかったから?」
「たぶん! 教祖様が何か言ってた!」
「何て?」
魚は少し考えた。
「『これはまだ小さいですな。大きくなれば、もっと高くなります』って」
「へえ」
「あと、『この子には価値がありますぞ!』って」
「…………」
イトヨリダイが、ゆっくり俺を見る。
「何?」
「別に」
「言いたいことあるなら言えよ」
「ないっす」
「じゃあ見るなよ!」
*
高い。
だから気になる。
俺は海上レクサスを見る。
「…………」
違う。
俺はあそこまでじゃない。
*
その日の午後。
一匹の魚が、大きな貝を持ってきた。
「チカメ様、これ食べられます?」
「どれ?」
見る。
立派な貝だった。
名前より先に、人間だった頃にデパ地下で見た値札が頭に浮かんだ。
「…………高いやつだ」
「美味しいんですか?」
「たぶん」
「食べたことは?」
「ない」
「じゃあなんで欲しそうなんですか?」
「…………」
なんでだろう。
イトヨリダイが横から言った。
「高いからじゃないすか?」
「…………」
俺は貝を見る。
海上レクサスを見る。
もう一度、貝を見る。
「…………」
なんか嫌だな。
次回。
『高い魚が来ました』
NEXT 82




