第80話 これ、誰の卵?
朝。
川奈の日蓮像の先。
「チカメ様ー!」
「何ー?」
一匹の魚が、
何かを持ってきた。
「これ、何ですか?」
「…………」
また。
俺への問い合わせだった。
「だから俺は何でも知ってるわけじゃ――」
見る。
「…………」
卵。
「卵じゃない?」
「やっぱり卵ですか」
「たぶん」
キンメダイも覗き込む。
「誰の?」
「それは知らない」
*
魚が集まってきた。
「卵ですか?」
「卵らしいぞ」
「誰の?」
「分からない」
「チカメ様でも?」
「俺を海洋生物図鑑だと思うなよ!!!」
*
キントキダイが、
少し離れて見ている。
「持ち主を探した方がいいんじゃないか?」
「そうだね」
「卵をなくしたなら、
困っているかもしれない」
「…………」
キンメダイが首を傾げた。
「卵って、なくすものなの?」
「そこなんだよね」
*
イトヨリダイも来た。
「何すか?」
「卵」
「誰の?」
「分からない」
「チャッピーに聞くっすか?」
「写真だけで魚卵の親を当てさせるなよ」
「じゃあ聞かないっす」
最近。
こいつも少し学習した。
*
そこへ。
一匹のボラが来た。
「あ」
卵を持ってきた魚が、
ボラを見る。
「あの」
「はい?」
「これ、あなたのですか?」
「…………」
ボラが見る。
「私のですね」
「持ち主いた!!!」
早かった。
*
俺も見る。
ボラ。
卵。
「…………」
ボラ。
卵。
「…………」
待て。
ボラの。
卵。
「…………」
俺の中の。
人間だった頃の記憶が。
急に。
繋がった。
「カラスミだ!!!」
全員が俺を見る。
「からすみ?」
「何すか、それ」
「食べ物!!!」
キンメダイが反応した。
「食べられるの?」
「食べられる!」
「じゃあ食べよう」
「待て!!!」
*
俺は。
ボラの卵を見る。
人間だった頃。
見たことがある。
高級珍味。
店に並んでいる。
結構な値段。
「…………」
高級。
珍味。
値段。
俺の中で。
魂が。
宿った。
「売ろう」
「…………」
全員が黙った。
*
イトヨリダイが聞いた。
「何を?」
「これ」
「卵を?」
「カラスミにして」
「誰に?」
「人間に」
「どうやって?」
「…………」
そこまでは。
考えてなかった。
*
ボラが言った。
「あの」
「はい」
「私の卵なんですけど」
「…………」
そうだった。
「売っていい?」
「嫌です」
「ですよね!!!」
*
キンメダイが聞いた。
「カラスミって高いの?」
「高い」
「どれくらい?」
「物によるけど、
結構するよ」
「結構?」
「高いやつなら、
これくらいでも何千円とか一万円とか」
「…………」
ボラが。
自分の卵を見る。
俺を見る。
もう一度。
卵を見る。
「…………」
「売れるんですか?」
「食いついた!!!」
*
「人間が買うの?」
「買う」
「私の卵を?」
「加工したやつをね」
「…………」
ボラが考えている。
明らかに。
さっきまでと。
目が違う。
「どうやって売るんですか?」
「だからそこが問題なんだよ!」
*
イトヨリダイが、
スマホを取り出した。
「人間に売るなら、
人間のところまで持ってかないと無理っすね」
「そうなんだよ」
「あと加工」
「そう」
「塩漬けとかするみたいっす」
「早いな!」
「今調べたっす」
「チャッピー便利だな!!!」
*
ボラが聞いた。
「塩、どこにあります?」
「海」
「いっぱいありますね」
「そのまま使えるって意味じゃねえよ!!!」
*
キントキダイが静かに言った。
「そもそも」
「何?」
「人間に売る手段がないなら、
値段を知っても意味がないんじゃないか?」
「…………」
正しい。
正しすぎる。
*
ボラの卵。
人間なら。
価値がある。
ここでは。
ただの卵。
俺は。
それを見つめた。
「…………」
もったいない。
「まだ売る気っすね」
「だってカラスミだよ!?」
「今は卵っす」
「未来のカラスミだよ!!!」
「私の卵です」
「ごめんなさい!!!」
*
その日の午後。
ボラは、
卵を持って帰った。
俺は。
その後ろ姿を、
ずっと見ていた。
「…………」
キンメダイが聞いた。
「そんなに欲しかった?」
「欲しいんじゃない」
「じゃあ何?」
「価値があるものが、
価値のないまま海に帰っていくのが耐えられない」
「…………」
イトヨリダイが言った。
「人間っすね」
「俺、魚だけどね!!!」
*
遠くで。
帰っていたボラが止まった。
振り返った。
「チカメ様ー!」
「何ー!?」
「一万円って、
福音何個分ですかー!?」
「知らねえよー!!!」
次回。
『海のものを人間に売れませんか?』




