第77話 おねぇも釣られました
イトヨリダイの姉が。
海面へ消えた。
「…………」
全員で見上げる。
さっき。
妹が釣られ。
充電され。
おやつを食べ。
モバイルバッテリーをもらって帰ってきた。
そして今。
姉が釣られた。
「…………」
キンメダイが言った。
「姉妹だね」
「どういう意味!?」
*
イトヨリダイは、
海面を見ていた。
「おねぇ、大丈夫っすかね」
「まあ……」
俺は答えた。
「お前も帰ってきたし」
「そうっすね」
「そのうち戻ってくるんじゃない?」
イトヨリダイが頷いた。
「おねぇのことだから、
なんか食べてると思うっす」
「教祖の船を喫茶店みたいに言うなよ」
*
その頃。
海の上。
教祖は、
釣り上げたイトヨリダイを見ていた。
「あら」
イトヨリダイの姉も、
教祖を見ていた。
「あらあら〜」
もちろん。
教祖には聞こえない。
「またイトヨリですな」
教祖は少し考えた。
「先ほどの魚のお知り合いでしょうか」
「あら〜」
当たっていた。
*
針を外す。
教祖は、
イトヨリダイの姉を見る。
綺麗な魚だった。
「これは立派ですな」
「あらあら〜」
「…………」
教祖は。
少し考えた。
妹のように。
スマートフォンは持っていない。
充電するものもない。
「…………」
そして。
イトヨリダイの姉は。
海へ戻らなかった。
*
しばらくして。
海上レクサスの下。
「遅いっすね」
イトヨリダイが言った。
「まだそんな経ってないよ」
「そうっすか」
「お前だって充電してたじゃん」
「あー」
イトヨリダイが、
モバイルバッテリーを見る。
「おねぇも何かされてるんすかね」
「何を?」
「…………」
考える。
「お茶とか」
「魚は飲まないって教祖も気づいてたよ!!!」
*
少し経った。
福音が落ちてきた。
古参のアジが食べに行く。
キンメダイも行きたそうにしている。
「まだ?」
イトヨリダイが聞いた。
「まだ戻ってない」
「…………」
「まあ、待とう」
「はい」
*
さらに。
時間が経った。
釣りは続いている。
何匹かが釣られ。
何匹かが逃げ。
海の中は、
いつもの川奈だった。
イトヨリダイだけ。
何度も。
上を見る。
*
「イトヨリ」
「はい」
「スマホ、もう使えるんだろ?」
「使えるっす」
「チャッピー見なくていいの?」
「…………」
イトヨリダイは、
スマホを見る。
画面を点けた。
充電は十分ある。
「…………」
また消した。
「今はいいっす」
*
昼を過ぎた。
「…………」
キンメダイも、
海面を見るようになった。
「遅いね」
「…………」
今度は。
俺も何も言えなかった。
*
キントキダイが聞いた。
「先ほどイトヨリダイが戻るまで、
どれくらいだった?」
「そんなに長くなかった」
「そうか」
「…………」
それだけだった。
*
海上レクサスが。
動いた。
「…………」
イトヨリダイが顔を上げる。
「え?」
エンジン音。
船が。
少しずつ離れていく。
「ちょっと待って」
俺も上を見る。
「おねぇ、まだっす」
「…………」
海上レクサスは。
そのまま。
川奈の海から離れていった。
*
イトヨリダイが、
船を追おうとした。
「イトヨリ」
俺は止めた。
「でも」
「船には追いつけない」
「でも、おねぇが」
「…………」
イトヨリダイも。
分かっていた。
泳いで追える速さじゃない。
*
エンジン音が。
遠くなる。
小さくなる。
そして。
聞こえなくなった。
「…………」
川奈の海が。
静かになった。
*
イトヨリダイは、
ずっと船が消えた方を見ていた。
キンメダイが、
そばにいる。
キントキダイもいる。
誰も。
何も言わなかった。
*
夕方。
俺たちは、
いつもの場所へ戻った。
イトヨリダイは。
まだ時々、
海の上を見る。
「…………」
そして。
小さく言った。
「遅いっすね」
誰も答えなかった。
次回。
『チャッピー、調べて』




