↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/156

第76話 充電してください

 

翌朝。



川奈。



イトヨリダイが、

スマホを見つめていた。



「…………」



朝からずっと見ている。



「何してんの?」



「…………」



「イトヨリ?」



「三パーっす」



「何が?」



イトヨリダイが、

透明なケースに入ったスマホを見せた。



画面の隅。



赤い。



3%。



「充電!?」



*



そうだった。



忘れていた。



スマホには、

電池がある。



「なくなったらどうなるの?」



キンメダイが聞いた。



「終わりっす」



「何が?」



「全部っす」



「重い重い重い!!!」



*



イトヨリダイにとって、

このスマホはかなり重要だった。



人間の文字。



人間の文化。



Googleマッピ。



そして。



チャッピー。



だいたいこいつの変な知識は、

この板から出てくる。



「ゼロになったら、

チャッピーとも話せないっす」



「それはちょっと困るな」



「チカメさんも困るんすか?」



「お前が何か聞くたびに俺に来るだろ」



「行くっす」



「困るよ!!!」



*



キントキダイが聞いた。



「充電すればいいんじゃないか?」



「電気がないっす」



「電気?」



「人間が使ってるやつっす」



キンメダイが周りを見る。



「海にはないの?」



「海に電気流すなよ!!!」



*



イトヨリダイが、

もう一度スマホを見る。



2%。



「あ」



「減った!!!」



「画面消せ!!!」



「でも消したら使えないっす」



「今使ったら永遠に使えなくなるよ!」



イトヨリダイは、

慌てて画面を消した。



「…………」



ただの黒い板になった。



全員で見る。



「…………」



悲しい。



*



その時。



遠くから。



聞き慣れたエンジン音がした。



古参のアジが顔を上げる。



「教祖様ですな」



海上レクサス。



今日も教祖が、

普通に釣りに来た。



「…………」



イトヨリダイが上を見る。



「人間」



「人間だね」



「電気持ってるっすよね」



「待て」



「まだ何も言ってないっす」



「顔がもう何かする顔なんだよ」



*



福音が落ちてきた。



しばらくして、

仕掛けも入った。



いつもの釣り。



俺たちは少し離れていた。



イトヨリダイだけが、

落ち着かない。



海上レクサスを見る。



スマホを見る。



海上レクサス。



スマホ。



「…………」



「やめろよ」



「何もしてないっす」



「充電一%の顔じゃないんだよ」



*



イトヨリダイが、

少しずつ仕掛けへ近づいた。



「おい」



「見るだけっす」



「何を?」



「針」



「なんで!?」



「これに掛かれば、

上に行けるじゃないすか」



「充電のために釣られようとしてる!?」



*



「他に方法ないっす」



「あるだろ!」



「例えば?」



「…………」



思いつかなかった。



「ほら」



「勝ち誇るな!!!」



*



イトヨリダイは、

仕掛けを見る。



餌。



針。



その上。



海上レクサス。



「…………」



そして。



食った。



「食うなあああああ!!!」



竿が曲がった。



イトヨリダイが、

一気に上へ引かれていく。



「行ってくるっすー!」



「充電で命張るなあああああ!!!」



*



上。



明るい。



どんどん明るくなる。



「うわっ」



そして。



海面を抜けた。



*



「…………っ」



イトヨリダイにとって。



初めての海の外だった。



水がない。



身体が重い。



眩しい。



何より。



目の前に、

人間がいた。



「…………」



教祖。



魚たちが毎日のように名前を呼び。



福音を求め。



海上奉仕へ向かってきた。



その本人が、

目の前にいた。



「おや」



教祖が、

イトヨリダイを見る。



「イトヨリですな」



「…………」



普通に。



魚の名前を言った。



*



教祖は針を外した。



「綺麗に掛かりましたな」



そして。



イトヨリダイを、

海水の入ったバケツへ入れた。



ばしゃん。



「…………っ」



水。



イトヨリダイは、

ようやく落ち着いた。



狭い。



めちゃくちゃ狭い。



だが。



生きている。



*



バケツの向こう。



教祖がいる。



「…………」



イトヨリダイは、

じっと見た。



これが。



教祖。



「…………普通のおじさんっすね」



当然。



教祖には聞こえない。



*



その教祖が。



ふと。



イトヨリダイの身体から伸びているものに気づいた。



「おや?」



ストラップ。



その先。



透明な防水ケース。



教祖が持ち上げた。



スマートフォン。



「…………」



教祖は。



イトヨリダイを見る。



スマートフォンを見る。



もう一度。



イトヨリダイを見る。



「…………」



さすがに。



少し考えた。



「最近の魚は、

こういうものも使うのですな」



納得した。



*



バケツの中で。



イトヨリダイが、

教祖を見上げた。



「そこで納得するんすか」



*



教祖が画面を点ける。



赤い表示。



1%。



「おや」



バケツの中で、

イトヨリダイが反応した。



「そう! それっす!」



聞こえない。



「もう充電が切れそうですね」



「そうなんすよ!!!」



聞こえない。



教祖は少し考えた。



「ちょっと待っていてくださいね」



「…………」



待っていてください。



魚に。



言った。



*



教祖が、

海上レクサスの中を探し始める。



ケーブル。



モバイルバッテリー。



戻ってくると、

スマートフォンへ繋いだ。



画面に。



充電中。



「…………!」



イトヨリダイの目が輝いた。



「チャッピー!!!」



*



教祖は、

バケツの中のイトヨリダイを見る。



「充電には少しかかりますな」



「待つっす」



聞こえない。



「お茶は……」



教祖が止まった。



「…………」



イトヨリダイも止まった。



「飲みませんものね」



「魚っすからね」



当然、聞こえない。



教祖は少し考えた。



「ああ、そうですな」



コマセを。



ひとつまみ。



バケツへ入れた。



「充電している間、

おやつでも食べて待っていてください」



「…………」



イトヨリダイは。



目の前に落ちてきたオキアミを見る。



スマホを見る。



教祖を見る。



もう一度。



オキアミを見る。



「…………」



食べた。



「美味しいっす」



*



充電中。



バケツ。



スマホ。



モバイルバッテリー。



そして。



おやつ。



イトヨリダイは、

オキアミを食べながら思った。



「…………」



釣られたはずなのに。



なんか。



もてなされている。



*



しばらくして。



教祖がスマートフォンを見る。



「これだけあれば、

しばらく大丈夫でしょう」



教祖はケーブルを外した。



そして。



使っていたものとは別の、

予備のモバイルバッテリーを取り出した。



「また切れてしまうと困るでしょう」



ケーブルと一緒に、

防水ケースへまとめる。



「これも持っていきなさい」



「…………」



イトヨリダイは。



オキアミを食べるのをやめた。



魚を釣って。



充電して。



おやつを出して。



モバイルバッテリーまでくれる。



「…………」



何なんすか。



この人。



*



教祖は、

イトヨリダイを両手ですくった。



「では」



「…………」



近い。



初めて。



教祖の顔を、

こんな近くで見た。



「お気をつけて」



そして。



海へ。



*



ばしゃん。



海の中へ戻った。



「…………」



イトヨリダイは、

その場で止まった。



首元には。



スマホ。



そして。



増えた。



モバイルバッテリー。



*



下から。



声が聞こえる。



「イトヨリ!!!」



「戻ってきた!!!」



イトヨリダイは、

ゆっくりみんなのところへ戻った。



*



「大丈夫!?」



「大丈夫っす」



「何された!?」



「針外されて」



「うん」



「バケツ入れられて」



「うん」



「充電されたっす」



「最後がおかしいんだよ!!!」



*



イトヨリダイが、

スマホを見せる。



充電されている。



さらに。



「これもくれたっす」



「何それ」



「モバイルバッテリー」



「…………」



俺は上を見る。



海上レクサス。



「魚釣ってモバイルバッテリー持たせて逃がす釣り人、

初めて見たよ!!!」



*



イトヨリダイは。



何も言わず。



海上レクサスを見ていた。



「…………」



「どうしたの?」



キンメダイが聞く。



「いや……」



イトヨリダイは、

少し考えた。



「なんか」



「うん」



「ドキドキするっす」



「…………」



俺はイトヨリを見る。



「釣られたからじゃない?」



「違うっす」



「海の外出たから?」



「そういうのでもないっす」



「じゃあ何?」



「…………」



イトヨリダイは。



自分のスマホを見る。



モバイルバッテリーを見る。



もう一度。



海上レクサスを見る。



「優しかったっす」



「お前を釣った本人だよ!?」



「でも充電してくれたっす」



「釣ったけどね!?」



「モバイルバッテリーもくれたっす」



「その前に釣ったけどね!?」



「お気をつけて、って」



「釣った本人が!?」



「…………」



イトヨリダイが、

少しだけもじもじした。



「また会えるっすかね」



「釣り針経由で会おうとすんなよ!!!」



*



その時。



上で。



また竿が曲がった。



「…………」



俺たちは、

何となく見上げた。



遠くから。



聞き慣れた声。



「あらあら〜」



イトヨリダイが固まった。



「……おねぇ?」



ピンク色の魚が。



ゆっくり。



海面へ引かれている。



「あらあら〜。

釣られちゃったわ〜」



「今それやったばっかりっす!!!」



俺は。



海面へ消えていく姉を見る。



さっき妹。



今度は姉。



「なんなんだこの姉妹はー!!!」



次回。


『おねぇも釣られました』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。