第75話 わしは人気者じゃ
川奈。
外から魚が増えると。
魚だけじゃなく、
知らない話も入ってくるようになった。
その日も。
最近やってきた魚が、
妙なことを言った。
「人間が海の中にいる場所があるらしいですよ」
「…………」
俺は聞き返した。
「人間が?」
「はい」
「海の中に?」
「はい」
「沈んだの?」
「生きてます」
「じゃあ何してんの!?」
*
キンメダイが興味を持った。
「泳いでるの?」
「泳いでるらしいです」
「魚みたいだね」
「人間だよ!」
イトヨリダイが言った。
「ダイビングじゃないすか?」
「何それ」
「人間が道具つけて、
海の中を見るやつっす」
「何を見るの?」
「魚とか」
「…………」
全員。
少し黙った。
「俺たち?」
「たぶん」
「わざわざ海の中まで!?」
*
気にはなった。
元人間として。
海の上から釣る人間は、
嫌というほど見てきた。
だが。
海の中まで入ってくる人間は、
まだ見たことがない。
「どこにいるの?」
「それは知りません」
「知らねえのかよ!」
「聞いただけなので」
そこへ古参のアジが来た。
「それなら、
ミノカサゴに聞けば分かりますぞ」
「ミノカサゴ?」
「よく人間のところへ行っております」
「魚の方から!?」
*
しばらくして。
古参のアジが、
一匹の魚を連れてきた。
小さい。
白と赤。
大きく広がった、
派手なヒレ。
ミノカサゴだった。
「なんじゃ」
第一声から。
偉そうだった。
「お主ら、
人間を見たいそうじゃな」
「そこまでは言ってない」
「なら帰るぞ」
「待って待って!」
ミノカサゴが、
面倒そうに俺を見る。
「最近の若い魚は、
はっきりせんのう」
「…………」
キンメダイが俺に聞いた。
「知り合い?」
「今日初めて会った」
「誰が知らない魚じゃ」
「だから今日初めて会ったんだよ!!!」
*
俺は聞いた。
「人間が海の中にいる場所、
知ってるの?」
「知っておる」
「危なくない?」
「何がじゃ」
「人間だよ」
ミノカサゴは、
鼻で笑った。
「お主らは何も知らんのう」
「何を?」
「ここの人間は、
わしを釣らん」
「じゃあ何するの?」
「見に来る」
「…………」
「わしを」
「なんでお前限定なんだよ」
ミノカサゴは、
くるりと向きを変えた。
「見れば分かる」
そして。
「ついてこい」
*
しばらく泳いだ。
ミノカサゴは、
妙に慣れた様子で進んでいく。
「遠い?」
「もう少しじゃ」
「よく行くの?」
「まあの」
「なんで?」
「仕事じゃ」
「仕事!?」
ミノカサゴは、
それ以上答えなかった。
*
そして。
着いた。
「…………」
いた。
人間。
一人じゃない。
何人も。
海の中にいる。
変なものを背負って。
顔に何かつけて。
ぶくぶく泡を吐きながら。
泳いでいる。
「本当にいる!!!」
イトヨリダイが言った。
「ダイビングっすね」
「いや知識として聞くのと、
実際見るの全然違うよ!」
一人の人間が。
こちらに気づいた。
来る。
「来た来た来た!」
俺は身構えた。
人間は俺を見た。
通過。
「…………」
キンメダイ。
通過。
イトヨリダイ。
通過。
キントキダイ。
通過。
そして。
ミノカサゴの前で止まった。
「…………」
カメラを構えた。
*
ミノカサゴが。
ふわっ。
大きくヒレを広げた。
撮られた。
少し角度を変える。
撮られた。
別の人間も気づいた。
来る。
撮る。
また来る。
撮る。
「…………」
俺はミノカサゴを見た。
「お前、めちゃくちゃ人気あるじゃん!!!」
「言ったじゃろ」
ミノカサゴは、
当然のように答えた。
「わしは人気者じゃ」
*
イトヨリダイが前に出た。
「ちょっと待ってください」
「何?」
「あーしも魚っすよ」
「知ってるよ」
「人間、魚見に来てるんすよね?」
「そうみたいだね」
「じゃあ見ててください」
一人の人間が来た。
イトヨリダイを見る。
「お」
止まるか。
人間は。
一瞬だけ見て。
ミノカサゴへ行った。
「…………」
イトヨリダイが戻ってきた。
「今、あーし見ましたよね?」
「見た」
「なんで撮らないんすか」
「ただのイトヨリだからじゃない?」
「ただのイトヨリって何すか」
「ごめん」
*
キンメダイも試した。
人間が見る。
通過。
「僕もダメだった」
「いつから審査になったんだよ!」
キントキダイが言った。
「見た目の問題ではないか?」
「どういうこと?」
「ミノカサゴは目立つ。
ヒレも美しい」
ミノカサゴが頷いた。
「見る目があるのう」
「お前が評価すんなよ!」
*
俺も前へ出た。
チカメキントキ。
大きな目。
長い腹びれ。
赤い身体。
俺だって。
そこそこ珍しい。
人間が来た。
俺を見る。
止まった。
カメラ。
一枚。
「おっ」
そして。
ミノカサゴ。
五枚。
「枚数で負けた!!!」
*
ミノカサゴは、
人間の前をゆっくり泳ぐ。
近づかれても逃げない。
ヒレを広げる。
撮られる。
また広げる。
完全に。
撮られ慣れている。
「お前、怖くないの?」
「何がじゃ」
「こんなに近づかれて」
「美しさとは、
距離で保たれるものじゃ」
「何その格言」
その時。
一人の人間が、
さらに近づいてきた。
ミノカサゴの目が細くなった。
「近づきすぎると刺すぞ?」
「怖えよ!!!」
*
帰り道。
ミノカサゴは、
機嫌よく前を泳いでいた。
イトヨリダイだけは、
まだ納得していない。
「ただのイトヨリ……」
「まだ気にしてるの?」
「気にしてないっす」
めちゃくちゃ気にしていた。
ミノカサゴが振り返る。
「若いの」
「なんすか」
「人気というものは、
一日にしてならんのじゃ」
「毎日いるだけじゃないすか」
「それを積み重ねという」
「…………」
俺は改めて、
ミノカサゴを見る。
小さい。
派手。
毒がある。
人間には大人気。
そして。
ずっと喋り方がおかしい。
「お前、何歳なの?」
「女性に歳を聞くでない」
「女性だったの!?」
「見れば分かるじゃろ!」
「魚で分かるかよ!!!」
ミノカサゴは、
呆れたようにため息をついた。
「これだから最近の若い魚は」
「お前が何歳なのか教えろよ!!!」




