第72話 川奈の日蓮像
朝。
川奈。
日蓮像の根の先。
俺たちは、
いつもの場所にいた。
昨日から。
川奈の外から来る魚が増えている。
宇佐美。
伊東港。
城ヶ崎。
そして近所のイルカ浜。
どういうわけか。
みんな俺を知っている。
「…………」
嫌だ。
*
今日も一匹。
知らない魚がやってきた。
「あのー」
「はい」
「チカメ様ですか?」
「…………」
まただ。
「そうだけど」
「よかった。見つかった」
「何しに来たの?」
「聞きたいことがあって」
「その前に俺から聞いていい?」
「はい」
「どうやって俺の場所分かったの?」
魚は上を見た。
「あれです」
「どれ?」
「川奈の日蓮像」
「…………」
*
海の岩の上に。
人間の像が立っている。
ずっと。
立っている。
俺がここに来た時には、
もういた。
「川奈に行ったら、
日蓮像を探せって言われました」
「誰に?」
「向こうの魚です」
「また向こうの魚かよ!!!」
「その先にチカメ様がいるって」
「俺、川奈の観光スポットとセットになってない!?」
*
キンメダイが上を見る。
「日蓮像っていうんだ」
「知らなかったの?」
「うん」
キントキダイも見る。
「私も知らなかった」
「お前ら毎日ここにいるよね!?」
古参のアジが泳いできた。
「日蓮様ですな」
「さすが古参!」
「昔からおられます」
「誰なの?」
「知りません」
「知らねえのかよ!!!」
*
俺は改めて像を見る。
考えてみれば。
変だ。
川奈の海。
岩の上に。
人間が一人。
ずっと立っている。
雨の日も。
風の日も。
「何してんの、あれ?」
「立っておられますな」
「それは見れば分かるよ!」
「動いたところは見たことがありません」
「動いたら怖いよ!!!」
*
イトヨリダイがスマホを見た。
「日蓮って人みたいっすね」
「分かるの!?」
「チャッピーに聞いたっす」
「ついに地元の魚よりチャッピーの方が川奈に詳しい!!!」
イトヨリダイが像を見る。
「なんであそこにいるんすかね」
「それを聞きたいんだよ!」
「知らんす」
「急に興味なくすなよ!!!」
*
その時。
海の上から音がした。
「船?」
俺たちは少し警戒する。
教祖の海上レクサスとは違う。
釣りの手漕ぎボートとも違う。
大きな船が、
川奈の日蓮像へ近づいてきた。
「…………」
人間が乗っている。
何人も。
*
船は日蓮像の近くまで来ると、
ゆっくり進んだ。
人間たちが。
こっちを見ている。
いや。
日蓮像を見ている。
「…………」
新しく来た魚が聞いた。
「逃げた方がいいですか?」
「ちょっと待って」
仕掛けは落ちてこない。
福音も落ちてこない。
人間たちは。
見ている。
「…………」
キンメダイが言った。
「見てるね」
「見てるな」
「何してるの?」
「知らない」
写真を撮っている。
ただ見ている。
そして。
しばらくすると。
船はそのまま離れていった。
「…………」
*
新しく来た魚が聞いた。
「今の何だったんですか?」
「俺が聞きたいよ」
「釣らないんですね」
「釣らなかったな」
「福音もなかった」
「なかったな」
キントキダイが言った。
「日蓮像を見に来たんじゃないか?」
「船で?」
「そう見えた」
「…………」
俺は川奈の日蓮像を見る。
人間が。
船に乗って。
海まで来て。
人間の像を見て。
帰った。
「人間って何してんの?」
イトヨリダイが言った。
「観光じゃないすか?」
「これが!?」
*
古参のアジは、
何事もなかったように泳いでいる。
「たまに来られますぞ」
「知ってたの!?」
「昔からです」
「何しに?」
「さあ」
「お前、長く川奈にいる割に何も知らないな!!!」
*
最初に来た魚が、
俺に聞いた。
「あの」
「そうだった。何聞きに来たの?」
「ここに住みたいんですけど」
「またそれかよ!!!」
「川奈の日蓮像まで行って、
チカメ様に聞けって」
「…………」
俺は周りを見る。
川奈の日蓮像。
その根の先。
俺たち。
古参の魚。
最近来た魚。
そして。
また向こうから、
知らない魚が来ている。
「…………」
いつの間に。
川奈の日蓮像が。
俺の住所みたいになってる。
「ここ俺んちじゃないからね!?」
魚が聞いた。
「じゃあ、どこに住んでるんですか?」
「…………」
毎日。
だいたいここにいる。
寝るのも。
戻ってくるのも。
だいたいここ。
「…………」
「川奈の日蓮像の先」
「ここじゃないですか」
「そうだよ!!!」




