第71話 川奈のチカメ様
翌朝。
知らない魚がいた。
昨日もいた。
今日もいる。
「…………」
俺は聞いた。
「どこから来たの?」
「宇佐美の方です」
「宇佐美?」
「はい」
昨日は伊東港。
今日は宇佐美。
「何しに川奈まで?」
「ちょっと見に」
「何を?」
魚は俺を見た。
「チカメ様を」
「観光名所みたいに来るなよ!!!」
*
「いや、聞いたんですよ」
「何を?」
「川奈にはチカメ様って魚がいるって」
「それは俺だけど」
「やっぱり」
魚が俺の周りを泳ぐ。
右から見る。
左から見る。
「…………」
「何?」
「思ったより普通ですね」
「何だと思って来たんだよ!!!」
*
話を聞くと。
宇佐美では。
川奈には福音が降る。
魚が集まっている。
困ったことがあったら、
チカメ様に聞けばいい。
そんな話になっているらしい。
「最後の誰が広めたの?」
「知りません」
「俺も知らないよ!!!」
キンメダイが言った。
「でも昨日も聞かれてたよね」
「だから困ってんの!」
「答えてたよ?」
「分かることだけな!」
キントキダイが頷く。
「それで十分なんじゃないか?」
「何が!?」
「聞けば答える」
「俺を検索窓みたいに言うなよ!!!」
*
昼。
今度は南から魚が来た。
「城ヶ崎の方から来ました」
「今度はそっち!?」
魚は辺りを見回す。
「ここが川奈ですか」
「そうだけど」
「福音が降る場所ってどこです?」
「またそれ!?」
「チカメ様なら知ってるって」
「知らない日もあるよ!!!」
「今日は?」
「知らない!」
「…………」
魚が困った顔をした。
俺も困った。
*
そこへ古参のアジが通った。
「チカメ様」
「何?」
「今朝はまだ教祖様の船の音はしておりませんな」
「だって」
城ヶ崎から来た魚が頷く。
「なるほど」
「俺じゃなくてこのアジに聞けばよくない!?」
古参のアジが言った。
「まずチカメ様にお尋ねするのがよろしいかと」
「なんで!?」
「チカメ様ですから」
「またそれかよ!!!」
*
夕方。
イトヨリダイが戻ってきた。
「今日も増えてるっすね」
「宇佐美から来た」
「へえ」
「城ヶ崎からも」
「結構広がってるじゃないすか」
「俺の何が広がってんの?」
「名前?」
「それが怖いんだよ!」
イトヨリダイはスマホを見る。
「人間だったら検索できるんすけどね」
「魚の噂は出ないからな」
「知らんす」
「便利な時だけ役に立たねえ!!!」
*
その時。
また一匹。
知らない魚が来た。
「すみません」
「今度はどこ?」
「イルカ浜です」
「近っ!」
「近いです」
「それはもう普通に近所だよ!」
魚が俺を見る。
「チカメ様ですよね?」
「そう呼ばれてるのは俺だけど」
「聞きたいことがあって」
「何?」
魚は少し考えて。
「イルカって、どこにいるんですか?」
「…………」
「知らない」
「チカメ様でも?」
「俺を何だと思ってんの!?」
「川奈のことなら何でも知ってるって」
「知らねえよ!!!」
*
俺は逆に聞いた。
「お前、イルカ浜にいるんだよね?」
「はい」
「イルカ見たことある?」
「ないです」
「…………」
「ウミガメならいます」
「なんでイルカ浜なんだよ!!!」
キンメダイが聞いた。
「ウミガメ浜じゃダメなの?」
「俺に聞くなよ!!!」
*
一日で。
宇佐美。
城ヶ崎。
イルカ浜。
昨日は伊東港。
俺はどこにも行っていない。
なのに。
向こうから来る。
そしてみんな。
俺を知っている。
「…………」
俺は嫌な予感がした。
キントキダイが言った。
「またか」
「何が?」
「お前が嫌な予感をすると、大体何か始まる」
「俺のせいみたいに言うなよ!!!」
その時。
遠くから別の魚が泳いできた。
「すみませーん!」
「…………」
「川奈のチカメ様って、どちらですかー?」
俺は。
少しだけ。
返事をしないでおこうと思った。
次回。
『川奈のことならチカメ様に』




