第70話 ここ、空いてますか?
翌日。
また増えていた。
「…………」
昨日。
百匹以上いなくなって、
海が広くなったと思った。
今日。
知らない魚がいる。
「ここ、空いてますか?」
「俺に聞くの?」
「はい」
「海だよ?」
「はい」
「俺の土地じゃないよ?」
「じゃあ空いてますね」
「そうなるの!?」
*
魚は岩の近くを一周した。
穴を見る。
隙間を見る。
少し泳いで戻ってくる。
「ここにします」
「何を?」
「住む場所です」
「もう決めたの!?」
「空いてるので」
「昨日空いたんだよ!!!」
*
その後も。
一匹。
また一匹。
知らない魚がやってきた。
「ここ、空いてるって聞いたんですけど」
「誰から聞いたの?」
「向こうで」
「向こうってどこ!?」
「向こうです」
「魚の口コミ雑すぎるだろ!!!」
*
キントキダイが周りを見る。
「住みやすい場所なら、魚が入ってくるのは自然だろう」
「まあ、そうなんだけど」
「昨日までいた魚がいなくなった。それだけだ」
「言い方が冷静すぎるんだよ」
「私は冷静だからな」
その時。
海藻がキントキダイの背中に触れた。
「っ!!」
俺の後ろに入る。
「…………」
「何だ」
「いや」
「確認しただけだ」
「俺の後ろから何を確認してんの?」
「安全だ」
「海藻だよ!!!」
*
少し離れた岩場では、
別の魚が穴を覗いていた。
「ここも空いてる」
「そこはやめた方がいいと思うよ」
「どうして?」
「たぶん住んでるから」
「誰が?」
「知らないけど」
魚が暗い穴を覗く。
「誰もいませんよ?」
奥から。
「……いる」
「うわっ!!」
魚が飛び出した。
代わりに。
ウツボがゆっくり顔を出す。
「……うるせえ」
「いた!!!」
*
久しぶりに見た。
相変わらず。
口の周りには、
釣り針がいくつも残っている。
じゃら。
じゃら。
「相変わらず釣り針ジャラジャラつけてるな、お前」
「……取れねえんだよ」
「増えてない?」
「……知らねえ」
「どうやったら増えたことにも気づかないんだよ!」
イトヨリダイが寄ってきた。
「手伝うっす」
「……何を」
「針取るの」
「……いい」
「めっちゃ付いてるじゃないすか」
イトヨリダイが、
ウツボの口元をじっと見る。
「でもこれ、ピアスみたいっすね」
「ピアス?」
俺はイトヨリダイを見る。
「お前、どこでピアスなんて覚えたの?」
「チャッピー」
「またあいつか!!!」
ウツボはそのまま、
岩穴へ戻っていった。
釣り針をじゃらじゃらさせながら。
*
昼を過ぎても。
魚は来た。
空いている岩場を探す魚。
群れで来る魚。
少し見て帰る魚。
昨日できた空白が、
少しずつ埋まっていく。
キンメダイが言った。
「また賑やかになりそうだね」
「そうだな」
「よかったね」
「よくはない」
「どうして?」
「また何か始まりそうだから」
「何が?」
「それが分からないから嫌なんだよ!」
*
その時。
見たことのない魚が、
こっちへ泳いできた。
俺の前で止まる。
「あの」
「何?」
「チカメ様ですか?」
「…………」
俺は魚を見る。
知らない。
絶対に知らない。
「なんで俺のこと知ってるの?」
「伊東港から来たんですけど」
「伊東港?」
「川奈に行くなら、
チカメ様に聞けばいいって言われました」
「誰に!?」
「向こうの魚です」
「向こうの魚って誰だよ!!!」
魚は気にせず、
周りを見回した。
「ここ、住んでも大丈夫ですか?」
「だから俺に許可取る必要ないから!」
「でも」
魚が不思議そうに俺を見る。
「川奈はチカメ様が仕切ってるって聞きました」
「仕切ってねえよ!!!」
*
「じゃあ、誰が仕切ってるんですか?」
「誰も仕切ってないよ!」
「…………」
魚は少し考えた。
「じゃあ、チカメ様でいいんじゃないですか?」
「よくねえよ!!!」
キントキダイが横で頷いた。
「合理的ではある」
「どこが!?」
「皆がお前に聞きに来るなら、
窓口を一つにした方が早い」
「役所作ろうとすんな!!!」
イトヨリダイがスマホから顔を上げる。
「でも伊東港まで名前回ってるんすね」
「…………」
そこ。
俺も今、
ちょっと気になった。
俺は伊東港に行ってない。
なのに。
伊東港から来た魚が、
俺を知っていた。
しかも。
チカメキントキではなく。
チカメ様。
「…………」
俺の知らないところで。
俺。
何になってんの?
次回。
『川奈のチカメ様』




