第69話 海、広くない?
朝。
俺はいつもの場所を泳いでいた。
「…………」
なんか。
広い。
「海って、こんな広かった?」
キンメダイが言った。
「広いよ?」
「そういう話じゃない」
*
昨日まで。
この辺りには魚が大量にいた。
情報を売る魚。
福音を借りる魚。
福音を預ける魚。
返せと騒ぐ魚。
それを見に来ただけの魚。
そして。
イサキが百匹。
「…………」
いない。
ものすごくいない。
「泳ぎやすいな」
キントキダイが言った。
「まあ、泳ぎやすいけど」
「静かだ」
「まあ、静かだけど」
「快適だな」
「昨日百匹以上釣られた結果だからな!?」
*
イトヨリダイが泳いできた。
「おはようございまーす」
「おはよう」
「なんか今日、スカスカっすね」
「お前もそう思う?」
「向こうまで普通に見えるっす」
「人口密度がおかしかったんだよ!」
「魚口密度じゃないすか?」
「どっちでもいいよ!!!」
*
しばらくすると。
キンメダイが聞いた。
「今日、福音どこに落ちるの?」
「知らない」
「情報の魚に聞けば?」
「ああ」
そうだった。
こういう時のために、
情報係がいる。
俺は周りを見た。
「…………」
いない。
「情報係は?」
イトヨリダイが答えた。
「昨日、結構釣られたっす」
「…………」
「イサキの情報係は?」
「だいたい釣られたっす」
「百匹いたよね!?」
「いたっすね」
「百匹用意した意味!!!」
*
仕方なく。
近くにいた古参のアジに聞いた。
「船、見なかった?」
「見てませんな」
「福音が落ちた場所は?」
「今日はまだでは?」
「じゃあ向こうにいた情報係に――」
「あの魚なら昨日釣られましたぞ」
「…………」
「じゃあ、あっちにいた奴」
「昨日釣られましたな」
「その奥のイサキ」
「昨日ですな」
「…………」
昨日。
百匹以上。
数字で聞いた時は、
ただ多いと思った。
今日。
一匹ずつ探してみると。
めちゃくちゃ多い。
「百匹ってそういうことかよ!!!」
*
それでも。
古参の魚たちは普通に泳いでいる。
岩場の魚。
地付きのアジ。
昨日、教祖の福音ではないと見抜いた魚たち。
一匹が俺に言った。
「静かになりましたな、チカメ様」
「静かすぎない?」
「昔はこのくらいでしたぞ」
「え?」
「ここ最近、魚が増えておりましたからな」
「…………」
考えてみる。
求人を始めた。
魚が来た。
情報を売り始めた。
魚が来た。
福音を貸し始めた。
さらに魚が来た。
ヒラメが商売を始めた。
もっと魚が来た。
「…………」
俺は周りを見た。
何もない。
「ここ数週間がおかしかっただけ!?」
「そうですな」
「俺の周りだけ魚社会の渋谷になってたの!?」
*
昼頃。
知らない魚が一匹、
向こうから泳いできた。
俺たちの近くで止まる。
周りを見る。
また泳ぐ。
戻ってくる。
「…………」
俺は聞いた。
「何してんの?」
「場所を探してます」
「何の?」
「住む場所」
「ここで?」
「空いてるので」
「…………」
キントキダイが言った。
「確かに空いている」
「昨日空いたんだよ!!!」
魚は気にせず、
岩の隙間を見ている。
「あ、ここいいですね」
「決めるの早くない!?」
「誰もいないので」
「昨日まではいたんだよ!!!」
*
すると。
もう一匹来た。
その後ろから、
さらに一匹。
「…………」
「お前らも何?」
「空いてるって聞いて」
「誰から!?」
「向こうの魚」
「もう情報回ってんの!?」
*
昨日。
百匹以上いなくなった。
今日。
空いた。
そして。
別の魚が来た。
「…………」
俺は嫌な予感がした。
キンメダイが聞く。
「どうしたの?」
「いや」
空いている場所を見る。
新しい魚を見る。
さらに向こうから来る魚を見る。
「これ、また増えるんじゃない?」
「魚はいるからね」
「そういう話じゃねえよ!!!」
海は広い。
でも。
空いている場所は。
だいたい誰かが入ってくる。
次回。
『ここ、空いてますか?』




