第67話 教祖様の福音は分かります
翌日。
昨日まであれだけいた魚が、いない。
「…………」
静かだった。
百匹以上。
釣られた。
金融騒ぎをしていた魚も。
情報係も。
野次馬も。
まとめて減った。
「魚社会って、こんな方法で問題が収縮するの?」
キントキダイが言った。
「揉めている魚は減ったな」
「解決したみたいに言うなよ!!!」
*
それでも、残った魚はいる。
昨日。
福音が大量に降ってきても、
食べに行かなかった魚たち。
地付きのアジ。
地付きのイサキ。
岩場にいる根魚。
昔から、この辺りにいる魚たちだった。
「なあ」
俺は一匹に聞いた。
「昨日、なんで分かったの?」
「何がです?」
「教祖の福音じゃないって」
「分かりますよ」
「何で?」
「教祖様ですから」
「説明になってねえよ!!!」
*
別の魚が言った。
「落ち方が違います」
「落ち方?」
「はい」
「福音の落ち方に個性あるの!?」
「あります」
地付きのアジも言う。
「場所も少し違いますね」
「場所まで!?」
「教祖様は、あちらから来ることが多いので」
さらに根魚が言った。
「船の音も違う」
「それはまあ分かる」
「福音の量も」
「量も!?」
「長くいただいておりますからな」
「だからソムリエなんだよ!!!」
*
キンメダイが聞いた。
「味は?」
古参の魚が少し考えた。
「…………分かるかもしれません」
「食ったら手遅れだろ!!!」
*
イトヨリダイがスマホから顔を上げた。
「なんか今日、チカメ様って呼ぶ魚多くないっすか?」
「そう?」
「昨日まで普通にチカメキントキさんって呼んでた魚、
だいぶいなくなったんじゃないすか?」
「…………」
言われてみれば。
最近入ってきた魚が多かった。
情報の仕事を始めてから来た魚。
福音の貸し借りが始まってから来た魚。
そういう魚が、昨日。
大量に釣られた。
残っているのは、
昔からこの辺りにいる魚が多い。
「古参ばっか残ったってこと?」
「そんな感じじゃないすか?」
「…………」
周りを見る。
「チカメ様」
「チカメ様」
「チカメ様」
「信者濃度上がってんじゃねえか!!!」
*
その時。
遠くから音がした。
「…………」
魚たちが一斉に反応した。
昨日とは違う。
聞き慣れたエンジン音。
古参の魚が言った。
「教祖様ですな」
「音だけで!?」
地付きのアジも頷く。
「教祖様ですね」
「お前ら教祖ガチ勢だな!!!」
*
船が近づいてくる。
昨日の小さな手漕ぎボートではない。
いつもの船。
そして。
上から福音が落ちてきた。
ぱらぱら。
昨日、あれだけ警戒していた古参の魚たちが、
一斉に動いた。
「教祖様の福音だ!」
「福音ですぞ!」
「教祖様がお戻りになった!」
「昨日との差がすげえ!!!」
*
キンメダイも行った。
「いただきます」
「お前は誰のでも食うだろ!!!」
「美味しいですよ?」
「宗教を味で判断すんな!!!」
*
今日は、小さな魚が多かった。
昨日までいた魚が大量に消えて。
空いた場所に、
どこからか小魚が集まっている。
一匹の小魚が、
落ちてくる福音を見上げた。
「これ、食べていいの?」
古参の魚が答える。
「もちろんだ」
「誰がくれてるの?」
「教祖様だ」
「教祖様?」
「我々に福音をくださる方だ」
「へえー」
小魚が福音を一つ食べた。
「あ、美味しい」
「信仰の入り口が軽い!!!」
*
さらに福音が落ちてくる。
小魚たちが集まった。
その少し後ろから。
仕掛けも落ちてきた。
「…………」
俺は見た。
針が。
でかい。
小魚が餌をつつく。
取る。
逃げる。
別の小魚が来る。
つつく。
取る。
逃げる。
「…………」
また福音が降ってきた。
「教祖様、またくれた!」
「違う!!!」
小魚が俺を見る。
「何が?」
「いや……」
仕掛けを見る。
針には掛かっていない。
餌だけがない。
「…………」
「なんでもない」
*
海の上。
教祖が竿先を見ていた。
「…………」
少し待つ。
竿を上げる。
餌がない。
「おや」
新しい餌を付ける。
福音を撒く。
もう一度、仕掛けを落とす。
*
海の中。
「また来た!」
「福音だ!」
「こっちにも!」
小魚たちが集まる。
餌を取る。
針には掛からない。
また取る。
掛からない。
*
海の上。
教祖が仕掛けを上げた。
また。
餌がない。
「…………」
海を見る。
「今日は小さいのが多いですな」
もう一度、餌を付ける。
「なかなか掛かりませんな」
*
海の中。
「教祖様!」
「また福音くれた!」
「いっぱい来る!」
「…………」
俺は黙って見ていた。
福音を撒く。
仕掛けを落とす。
餌だけ取られる。
また福音を撒く。
仕掛けを落とす。
また餌だけ取られる。
小魚たちは楽しそうだった。
「教祖様、いっぱいくれるね!」
「…………」
古参の魚が、
満足そうに頷いた。
「ありがたいことです」
「…………」
俺は上を見る。
教祖はまた餌を付けている。
小魚はまた集まっている。
「釣れてねえだけだからな!!!」
次回。
『今日も教祖様が来ました』




