第66話 ヒラメに預けてた福音、誰が返すんですか?
翌朝。
ヒラメはいなかった。
昨日まで福音を貸して、
預かって、
また別の魚に貸していた魚が。
いない。
まあ。
食われたからな。
*
「チカメ様」
「何?」
「ヒラメに預けてた福音、誰が返すんですか?」
「知らねえよ!!!」
朝からこれだった。
「俺、五つ預けてました」
「私は八つです」
「今日返してもらう約束でした」
「俺に言うなよ!」
「でもヒラメいないし」
「知ってるよ!」
「じゃあ誰に聞けば?」
「知らねえよ!!!」
*
昨日。
ヒラメが食われた。
それだけなら、
ヒラメがいなくなっただけだった。
だが。
ヒラメに福音を預けていた魚がいる。
ヒラメから福音を借りていた魚もいる。
ヒラメだけがいない。
「…………」
キントキダイが言った。
「借りていた魚が返せばいいんじゃないか?」
「まあ、そうだよな」
一匹の魚が前に出た。
「俺、三つ借りてます」
「じゃあ返せば?」
「誰に?」
「…………」
「ヒラメいませんよ」
「知ってるよ!!!」
*
別の魚が言った。
「じゃあ返さなくていいんじゃない?」
「え?」
「返す相手いないし」
「…………」
周りの魚が反応した。
「俺も借りてます」
「私も」
「昨日借りました」
「急に借りてた奴が増えたな!!!」
今度は預けていた魚たちが騒ぎ始める。
「返してください!」
「それ、私たちが預けた福音ですよ!」
「でもヒラメから借りたんです」
「元はこっちのです!」
「知らないよ!」
預けた魚。
借りた魚。
情報係。
関係ないのに見に来た魚。
どんどん集まってくる。
「なんで俺の前でやるんだよ!!!」
*
一匹が俺に聞いた。
「チカメ様、どうすれば?」
「だからなんで俺に聞くの?」
「チカメ様だから」
「理由になってねえよ!!!」
イトヨリダイがスマホから顔を上げた。
「最近またチカメ様って呼ばれてるっすね」
「そう?」
「群れ、結構入れ替わってるんじゃないすか?」
「…………」
言われてみれば。
最近来た魚も多い。
昔からいる魚。
情報の仕事を始めてから来た魚。
福音の貸し借りが始まってから来た魚。
もう誰がいつからいるのか、
俺にもよく分からない。
「宗派みたいになってない?」
「知らんす」
「そこは調べてくれよ!!!」
*
魚はさらに増えた。
イトヨリダイが周りを見る。
「今日、情報係多めにした方がよくないすか?」
「これだけ集まってる時に船が来たら危ないもんな」
「そうっす」
しばらくして。
イサキの群れが来た。
「…………」
多い。
「何匹いるの?」
「百匹くらいです!」
「情報係に百匹もいらねえよ!!!」
それでもイサキたちは周囲へ広がった。
船が来れば、
まずエンジン音で分かる。
近くの魚が確認して。
後ろへ伝える。
さらに後ろへ。
百匹。
さすがにこれだけいれば、
何かあっても分かるだろう。
*
その時。
上から。
ぱらぱらと。
何かが落ちてきた。
キンメダイが見上げる。
「福音です」
「え?」
さらに落ちてくる。
ぱらぱら。
ぱらぱら。
「福音だ!!!」
一匹が飛び出した。
それを見て。
魚たちが一斉に動いた。
*
「こっちにもある!」
「待て!」
「俺の分!」
「私、まだ返してもらってない!」
「それ関係ないだろ!」
預けていた魚が飛びつく。
借りていた魚も飛びつく。
見物に来ただけの魚まで飛びつく。
「お前らさっきまで誰の福音か揉めてただろ!!!」
「これで返せる!」
「先に食うな!」
「借りてた分だけ取ります!」
「お前いま食ってるだろ!!!」
さっきまでの話が。
全部吹き飛んだ。
*
キンメダイも行った。
「お前は関係ないだろ!!!」
「福音ですよ?」
「理由になってねえ!!!」
情報係のイサキまで群がっている。
「お前ら仕事しろ!!!」
「福音が来てます!」
「それを知らせるのがお前らだろ!」
「もうみんな知ってます!」
「そういう問題じゃねえ!!!」
*
だが。
動かない魚もいた。
岩の近くにいた、
昔からこの辺りにいる魚たち。
地付きのアジ。
地付きのイサキ。
根魚たち。
落ちてくる福音を見ながら、
誰も近づかない。
「…………」
俺は聞いた。
「食わないの?」
一匹の古い魚が答えた。
「これは教祖様の福音ではありません」
「分かるの!?」
「長くいただいておりますからな」
「福音のソムリエみたいになってる!!!」
別の魚も上を見る。
「教祖様の船の音もせん」
「…………」
そうだ。
音が。
しない。
*
その間にも。
福音へ群がった一匹のイサキが。
上へ消えた。
「…………」
誰も気づかない。
また一匹。
上へ。
「俺、五つ取った!」
「それ返す分だろ!」
「あとで返します!」
「今返せ!」
また一匹。
二匹。
三匹。
「…………」
俺はようやく周りを見た。
「なあ」
キントキダイが答える。
「何だ」
「イサキ、減ってない?」
「…………」
また一匹。
上へ消えた。
「釣られてる!!!」
*
「船!!」
情報係を見る。
「船来てる!?」
「分かりません!」
「エンジン音は!?」
「してません!」
「じゃあ何に釣られてんだよ!!!」
また一匹。
今度は、
ヒラメに福音を預けていた魚。
「あっ!」
「何!?」
「八つ預けてた魚です!」
「金融情報いらねえよ!!!」
*
福音はまだ降ってくる。
魚たちはまだ群がっている。
「逃げろ!!!」
「でも福音が!」
「命とどっちが大事なんだよ!!!」
「福音!」
「即答すんな!!!」
預けた魚。
借りた魚。
情報係。
野次馬。
次々と上へ消えていく。
その一方で。
古参の魚たちは、
岩陰から動かなかった。
「だから言ったろう」
「教祖様の福音ではない」
「もっと早く大声で言って!!!」
*
その時。
情報係の生き残りが言った。
「そういえば……昔、おばあちゃんから聞いたことがあります」
「今!?」
「川奈には、昔から話があるんです」
「どんな!?」
魚は上を見た。
「海が静かな日に、音もなく魚が消えていく」
「…………」
「船の音はしない」
「福音だけが降ってくる」
「気づいた時には、群れごといなくなってる」
「それ今じゃねえか!!!」
「天城峠から、仙人が下りてくるって」
「なんで山の仙人が釣りしてんだよ!!!」
*
海の上。
小さな手漕ぎボートが一艘。
老人が一人。
黙って竿を上げる。
イサキ。
仕掛けを落とす。
また上げる。
イサキ。
また落とす。
今度は別の魚。
老人は何も言わない。
ただ、釣る。
*
しばらくして。
老人は魚の入った箱を眺めた。
イサキ。
アジ。
そのほかの魚。
老人は満足そうに頷いた。
「この時期なら、イサキの群れが入ると思っておったが」
箱をもう一度見る。
「それ以外も大漁じゃわい」
「ふぉっふぉっふぉ」
小さな手漕ぎボートが一艘。
音もなく、
川奈の海を離れていった。
*
海の中。
俺たちは、
さっきまで魚が大量にいた場所を見ていた。
静かだった。
「何匹いなくなった?」
情報係の生き残りが答えた。
「百匹は……越えてます」
「…………」
天城から来て。
百匹を越えた。
「…………」
秘技。
天城越え。
「名前つけてる場合じゃねえええええ!!!」
*
イトヨリダイが聞いた。
「ヒラメに預けてた福音の話、どうするんすか?」
「…………」
預けていた魚。
だいぶいない。
借りていた魚。
だいぶいない。
騒いでいた魚。
だいぶいない。
古参だけは、
何事もなかったように残っている。
「…………」
「解決してねえ!!!」
問題が。
百匹分。
小さくなっただけだった。
次回。
『教祖様の福音は分かります』




