↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
66/156

第66話 ヒラメに預けてた福音、誰が返すんですか?


翌朝。


ヒラメはいなかった。



昨日まで福音を貸して、

預かって、

また別の魚に貸していた魚が。



いない。



まあ。


食われたからな。



*



「チカメ様」


「何?」


「ヒラメに預けてた福音、誰が返すんですか?」


「知らねえよ!!!」



朝からこれだった。



「俺、五つ預けてました」


「私は八つです」


「今日返してもらう約束でした」


「俺に言うなよ!」



「でもヒラメいないし」


「知ってるよ!」



「じゃあ誰に聞けば?」


「知らねえよ!!!」



*



昨日。


ヒラメが食われた。



それだけなら、

ヒラメがいなくなっただけだった。



だが。


ヒラメに福音を預けていた魚がいる。


ヒラメから福音を借りていた魚もいる。



ヒラメだけがいない。



「…………」



キントキダイが言った。



「借りていた魚が返せばいいんじゃないか?」



「まあ、そうだよな」



一匹の魚が前に出た。



「俺、三つ借りてます」



「じゃあ返せば?」



「誰に?」



「…………」



「ヒラメいませんよ」



「知ってるよ!!!」



*



別の魚が言った。



「じゃあ返さなくていいんじゃない?」



「え?」



「返す相手いないし」



「…………」



周りの魚が反応した。



「俺も借りてます」


「私も」


「昨日借りました」



「急に借りてた奴が増えたな!!!」



今度は預けていた魚たちが騒ぎ始める。



「返してください!」


「それ、私たちが預けた福音ですよ!」


「でもヒラメから借りたんです」


「元はこっちのです!」


「知らないよ!」



預けた魚。


借りた魚。


情報係。


関係ないのに見に来た魚。



どんどん集まってくる。



「なんで俺の前でやるんだよ!!!」



*



一匹が俺に聞いた。



「チカメ様、どうすれば?」



「だからなんで俺に聞くの?」



「チカメ様だから」



「理由になってねえよ!!!」



イトヨリダイがスマホから顔を上げた。



「最近またチカメ様って呼ばれてるっすね」



「そう?」



「群れ、結構入れ替わってるんじゃないすか?」



「…………」



言われてみれば。


最近来た魚も多い。



昔からいる魚。


情報の仕事を始めてから来た魚。


福音の貸し借りが始まってから来た魚。



もう誰がいつからいるのか、

俺にもよく分からない。



「宗派みたいになってない?」



「知らんす」



「そこは調べてくれよ!!!」



*



魚はさらに増えた。



イトヨリダイが周りを見る。



「今日、情報係多めにした方がよくないすか?」



「これだけ集まってる時に船が来たら危ないもんな」



「そうっす」



しばらくして。



イサキの群れが来た。



「…………」



多い。



「何匹いるの?」



「百匹くらいです!」



「情報係に百匹もいらねえよ!!!」



それでもイサキたちは周囲へ広がった。



船が来れば、

まずエンジン音で分かる。



近くの魚が確認して。


後ろへ伝える。



さらに後ろへ。



百匹。



さすがにこれだけいれば、

何かあっても分かるだろう。



*



その時。



上から。


ぱらぱらと。



何かが落ちてきた。



キンメダイが見上げる。



「福音です」



「え?」



さらに落ちてくる。



ぱらぱら。


ぱらぱら。



「福音だ!!!」



一匹が飛び出した。



それを見て。


魚たちが一斉に動いた。



*



「こっちにもある!」


「待て!」


「俺の分!」


「私、まだ返してもらってない!」


「それ関係ないだろ!」



預けていた魚が飛びつく。


借りていた魚も飛びつく。


見物に来ただけの魚まで飛びつく。



「お前らさっきまで誰の福音か揉めてただろ!!!」



「これで返せる!」


「先に食うな!」


「借りてた分だけ取ります!」


「お前いま食ってるだろ!!!」



さっきまでの話が。


全部吹き飛んだ。



*



キンメダイも行った。



「お前は関係ないだろ!!!」



「福音ですよ?」



「理由になってねえ!!!」



情報係のイサキまで群がっている。



「お前ら仕事しろ!!!」



「福音が来てます!」



「それを知らせるのがお前らだろ!」



「もうみんな知ってます!」



「そういう問題じゃねえ!!!」



*



だが。



動かない魚もいた。



岩の近くにいた、

昔からこの辺りにいる魚たち。



地付きのアジ。


地付きのイサキ。


根魚たち。



落ちてくる福音を見ながら、

誰も近づかない。



「…………」



俺は聞いた。



「食わないの?」



一匹の古い魚が答えた。



「これは教祖様の福音ではありません」



「分かるの!?」



「長くいただいておりますからな」



「福音のソムリエみたいになってる!!!」



別の魚も上を見る。



「教祖様の船の音もせん」



「…………」



そうだ。



音が。



しない。



*



その間にも。



福音へ群がった一匹のイサキが。



上へ消えた。



「…………」



誰も気づかない。



また一匹。



上へ。



「俺、五つ取った!」


「それ返す分だろ!」


「あとで返します!」


「今返せ!」



また一匹。



二匹。



三匹。



「…………」



俺はようやく周りを見た。



「なあ」



キントキダイが答える。



「何だ」



「イサキ、減ってない?」



「…………」



また一匹。



上へ消えた。



「釣られてる!!!」



*



「船!!」



情報係を見る。



「船来てる!?」



「分かりません!」



「エンジン音は!?」



「してません!」



「じゃあ何に釣られてんだよ!!!」



また一匹。



今度は、

ヒラメに福音を預けていた魚。



「あっ!」


「何!?」


「八つ預けてた魚です!」


「金融情報いらねえよ!!!」



*



福音はまだ降ってくる。



魚たちはまだ群がっている。



「逃げろ!!!」



「でも福音が!」



「命とどっちが大事なんだよ!!!」



「福音!」



「即答すんな!!!」



預けた魚。


借りた魚。


情報係。


野次馬。



次々と上へ消えていく。



その一方で。


古参の魚たちは、

岩陰から動かなかった。



「だから言ったろう」


「教祖様の福音ではない」



「もっと早く大声で言って!!!」



*



その時。



情報係の生き残りが言った。



「そういえば……昔、おばあちゃんから聞いたことがあります」



「今!?」



「川奈には、昔から話があるんです」



「どんな!?」



魚は上を見た。



「海が静かな日に、音もなく魚が消えていく」



「…………」



「船の音はしない」


「福音だけが降ってくる」


「気づいた時には、群れごといなくなってる」



「それ今じゃねえか!!!」



「天城峠から、仙人が下りてくるって」



「なんで山の仙人が釣りしてんだよ!!!」



*



海の上。



小さな手漕ぎボートが一艘。



老人が一人。



黙って竿を上げる。



イサキ。



仕掛けを落とす。



また上げる。



イサキ。



また落とす。



今度は別の魚。



老人は何も言わない。



ただ、釣る。



*



しばらくして。



老人は魚の入った箱を眺めた。



イサキ。


アジ。


そのほかの魚。



老人は満足そうに頷いた。



「この時期なら、イサキの群れが入ると思っておったが」



箱をもう一度見る。



「それ以外も大漁じゃわい」



「ふぉっふぉっふぉ」



小さな手漕ぎボートが一艘。



音もなく、

川奈の海を離れていった。



*



海の中。



俺たちは、

さっきまで魚が大量にいた場所を見ていた。



静かだった。



「何匹いなくなった?」



情報係の生き残りが答えた。



「百匹は……越えてます」



「…………」



天城から来て。



百匹を越えた。



「…………」



秘技。



天城越え。



「名前つけてる場合じゃねえええええ!!!」



*



イトヨリダイが聞いた。



「ヒラメに預けてた福音の話、どうするんすか?」



「…………」



預けていた魚。


だいぶいない。



借りていた魚。


だいぶいない。



騒いでいた魚。


だいぶいない。



古参だけは、

何事もなかったように残っている。



「…………」



「解決してねえ!!!」



問題が。



百匹分。



小さくなっただけだった。



次回。


『教祖様の福音は分かります』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。