第65話 みんな返してって言ってます
朝。
ヒラメの前に魚が集まっていた。
昨日までは、預けたい魚と借りたい魚が並んでいた。
今日は違う。
「福音、返してください」
「俺も」
「私も今日使います」
「預けた分お願いします」
「…………」
ヒラメが魚たちを見る。
「今、全部はない」
「え?」
空気が変わった。
*
一匹の魚が聞いた。
「ないって、どういうことですか?」
「貸した」
「誰に?」
「借りたい魚」
「俺が預けた福音を?」
「うん」
「…………」
別の魚が言った。
「でも、返してもらえるんですよね?」
「返ってきたら」
「いつ?」
「今日とか」
「今日じゃなかったら?」
「明日」
「…………」
魚たちがざわつき始めた。
俺は思った。
来た。
ついに来た。
*
「俺、先に返してください!」
「私も!」
「昨日から預けてます!」
「今日使うんです!」
「ちょっと待って」
「待てません!」
「俺の福音ですよ!」
ヒラメの周りに、どんどん魚が集まる。
キントキダイが言った。
「全員が同時に返せと言い始めたな」
「昨日言っただろ!!!」
「本当に起きたな」
「感心すんな!!!」
*
イトヨリダイがスマホから顔を上げた。
「なんで急にみんな返してほしくなったんすか?」
情報係の魚が答える。
「ヒラメ、福音持ってないらしいって聞いたから」
「誰から?」
「向こうの魚」
「向こうの誰?」
「その魚は別の魚から」
「…………」
イトヨリダイが遠い目をした。
「またこれっすか」
「お前もう慣れてるだろ!!!」
*
昨日まで広がっていたのは、
ヒラメに福音を預けると増える。
という話だった。
今日は、
ヒラメには福音がない。
という話が広がっている。
「情報の鮮度が良すぎる!!!」
*
キンメダイが聞いた。
「福音、本当にないんですか?」
ヒラメが答える。
「少しならある」
「どれくらい?」
ヒラメが出した。
少し。
本当に少し。
「…………」
魚たちがそれを見る。
そして。
「俺の返して!」
「先に俺!」
「私の!」
「待って!」
一気に魚が押し寄せた。
「うわあああああ!!!」
*
数秒後。
福音はなくなった。
「…………」
キンメダイが言った。
「なくなりましたね」
「見れば分かるよ!!!」
ヒラメが砂の上に戻る。
「もうない」
「一番言っちゃいけないこと言った!!!」
*
そこから話はさらに広がった。
「ヒラメに預けても返ってこない」
「福音がなくなった」
「もうないらしい」
「全部なくなったらしい」
情報係が伝える。
中継が伝える。
その先がまた伝える。
「ヒラメが全部食べたらしい」
「違う!!」
「ヒラメが逃げるらしい」
「逃げてない!!」
「ヒラメが死んだらしい」
「そこにいるだろ!!!」
ヒラメが砂の上から言った。
「いるよ」
「本人から訂正入った!!!」
*
昼。
預けていた魚たちが、次々と福音を取り戻しに来た。
その中に一匹。
頭の上に、平たい吸盤みたいなものがある魚がいた。
「福音、返してください」
ヒラメが見る。
「いくつ?」
「十です」
「今ない」
「…………」
魚は少し考えた。
「今日返してもらう約束でした」
「ないから無理」
「困ります」
「明日なら」
「今日使います」
「じゃあ待って」
「…………」
魚はヒラメを見る。
ヒラメも魚を見る。
「分かりました」
そう言って、魚は泳いでいった。
*
俺はキントキダイを見る。
「誰?」
「知らない」
イトヨリダイもスマホから目を上げた。
「なんか頭についてたっすね」
キンメダイが言った。
「コバンザメじゃないですか?」
「コバンザメ?」
「はい」
「…………」
このタイミングで。
小判。
鮫。
「名前がもう嫌なんだけど!!!」
*
しばらくして。
コバンザメが戻ってきた。
一匹ではなかった。
後ろに、でかい魚がいる。
「…………」
周りにいた魚たちが一斉に離れた。
キントキダイも俺の後ろに入った。
「おい」
「何だ」
「今、俺の後ろに隠れた?」
「位置を変えただけだ」
「冷静な奴は俺を盾にしねえんだよ!!!」
*
でかい魚が近づいてくる。
サメだ。
コバンザメは、そのサメと一緒にヒラメの前まで来た。
「…………」
ヒラメがサメを見る。
サメもヒラメを見る。
「…………」
俺はコバンザメに聞いた。
「何連れてきたの?」
「いつも一緒にいます」
「今日だけ偶然みたいな顔すんな!!!」
*
コバンザメが言った。
「福音、返してください」
ヒラメはいつも通りだった。
「今ない」
「今日返す約束でした」
「明日なら返せる」
「今日必要です」
「ないものは返せない」
「…………」
サメがヒラメを見る。
「…………」
ヒラメもサメを見る。
「…………」
ヒラメが少しだけ砂に潜った。
「お前さっきまであんなに強気だっただろ!!!」
*
コバンザメが言う。
「十、預けました」
「分かってる」
「返してください」
「だから今は――」
ぱくっ。
「…………」
ヒラメが消えた。
*
俺は、さっきまでヒラメがいた場所を見る。
何もいない。
サメを見る。
普通に泳いでいる。
もう一度、ヒラメがいた場所を見る。
「…………」
「ええええええええええええええ!!?」
*
コバンザメも。
ヒラメがいた場所を見ていた。
「…………」
そして。
言った。
「福音、返ってこなかった」
「そりゃそうだろおおおおおお!!!」
*
昨日まで。
ヒラメは、
返せない魚を食っていた。
今日。
預かった福音を返せなかったヒラメが、
食われた。
「…………」
イトヨリダイはスマホを見ながら、
冷めた目で言った。
「ご利用はご計画的に、っすね」
次回。
『ヒラメに預けてた福音、誰が返すんですか?』




