第64話 福音、預かります
朝。
一匹の魚が来た。
「チカメキントキさん」
「何?」
「福音、預かってもらえますか?」
「…………」
今度は何だ。
「なんで?」
「持ってると食べちゃうので」
「…………」
分かる。
魚だから。
*
魚は福音をいくつか持っていた。
昨日、
情報を売って手に入れたらしい。
「明日使いたいんです」
「じゃあ食うなよ」
「食べちゃいます」
「我慢しろよ!」
「目の前にあるので」
「知らねえよ!!」
キンメダイが深く頷いた。
「分かります」
「お前は黙ってろ!!!」
*
魚が言った。
「チカメキントキさんなら、食べないですよね?」
「まあ、食わないけど」
「じゃあ預かってください」
「なんで俺が!?」
キントキダイが言った。
「預かるだけなら問題ないんじゃないか?」
「お前、最近その入り方多くない?」
「何がだ?」
「最初に問題ないって言って、後で問題になるやつ」
「今回は預かるだけだ」
「その言葉、覚えとくからな」
*
仕方なく。
俺は福音を預かった。
「明日返せばいいんだな?」
「はい!」
「増えないからな?」
「え?」
「預けたからって増えないぞ」
「はい」
「減ってもないからな」
「はい」
「絶対同じだけ返すからな」
「ありがとうございます!」
魚は嬉しそうに泳いでいった。
「…………」
今回は大丈夫。
ただ預かっただけ。
何も生まれない。
*
昼。
「福音、預かってください」
「また!?」
別の魚だった。
「誰から聞いた?」
「さっきの魚です」
「もう広まってんの!?」
その後も来た。
「明日までお願いします」
「三つだけ」
「俺は夕方取りに来ます」
「ちょっと待て!!」
俺の前に。
福音が増えていく。
「なんで俺のところが荷物置き場になってんだよ!!!」
*
キンメダイが福音を見る。
「…………」
「食うなよ」
「見てるだけです」
「近い」
「見てるだけです」
「口開けんな」
「見てるだけです」
「お前が一番危ねえよ!!!」
*
イトヨリダイが聞いた。
「これ、全部預かってるやつっすか?」
「そう」
「結構ありますね」
「そうなんだよ」
「使わないんすか?」
「使わねえよ! 人のだぞ!」
「…………」
イトヨリダイが首をかしげた。
「でも、明日まで取りに来ないんすよね?」
「そうだけど」
「今日使って、明日戻せば分かんなくないすか?」
「お前、怖いこと言い出したな!?」
*
キントキダイも福音を見る。
「確かに」
「確かにじゃない」
「全部が同時に必要になるわけではない」
「やめろ」
「必要な時に同じ数を返せれば――」
「やめろって!!」
嫌な予感がした。
この二匹。
仕組みだけ見てる。
誰の福音なのかを、
だんだん見なくなってる。
*
そこへ。
ヒラメが来た。
「…………」
帰れ。
まだ何も言ってないけど。
帰れ。
「福音、いっぱいあるね」
「全部預かりものだよ」
「そう」
「貸さないからな」
「まだ何も言ってない」
「お前が来ると話が一個しかないんだよ!!!」
*
ヒラメは福音を見る。
「いつ返すの?」
「明日とか夕方とか」
「それまで使わない?」
「使わない」
「もったいない」
「出た!!!」
ヒラメが言った。
「貸せばいいのに」
「誰の福音だと思ってんだよ!」
「預けた魚の」
「分かってんじゃねえか!!」
「返す時に戻せばいい」
「それをやるなって言ってんの!!!」
*
ヒラメは少し考えた。
「じゃあ、俺が預かる」
「…………」
「何?」
「お前が?」
「うん」
「何のために?」
「貸すため」
「言っちゃったよ!!!」
*
その日の午後。
本当に。
ヒラメのところに魚が来た。
「福音、預かってもらえるって聞いたんですけど」
「うん」
「五つお願いします」
「明日?」
「はい」
ヒラメが五つ受け取る。
「明日、六つ返す」
「え?」
預けた魚が止まった。
「六つ?」
「うん」
「増えるんですか?」
「うん」
「…………」
魚の顔が変わった。
「じゃあ十、預けてもいいですか?」
「いいよ」
「待て待て待て待て!!!」
*
俺は割って入った。
「なんで増やすの!?」
ヒラメが答える。
「借りたい魚に貸すから」
「知ってるよ!!」
「多く返してもらう」
「知ってる!!」
「その中から一つ渡す」
「知りたくなかったよ!!!」
*
キントキダイが考える。
「預ける魚にも利点があるな」
「利点を見るな」
「持っていれば食べてしまう」
「まあ」
「預ければ残る」
「まあ」
「しかも増える」
「…………」
イトヨリダイが言った。
「預ける魚、増えそうっすね」
「増やすな!!!」
*
増えた。
翌日。
ヒラメの前には、
昨日より多くの魚がいた。
借りたい魚ではない。
預けたい魚。
「五つお願いします」
「はい」
「俺は三つ」
「はい」
「明後日取りに来ます」
「分かった」
「…………」
ヒラメの前に。
どんどん福音が集まっていく。
そして。
反対側には。
借りたい魚が並んでいた。
「四つ貸してください」
「明日六つ」
「はい」
「次」
「七つ」
「明後日十」
「分かりました」
「…………」
俺は右を見る。
預ける魚。
左を見る。
借りる魚。
真ん中。
ヒラメ。
「お前、何してんの?」
「預かって、貸してる」
「…………」
ものすごく簡単に言った。
*
そこへキンメダイが来た。
「僕も預けていいですか?」
「お前まで!?」
「増えるんですよね?」
ヒラメが頷く。
「増えるよ」
キンメダイが福音を差し出す。
俺は止めた。
「待て」
「何です?」
「お前、それどこから持ってきた?」
「さっき拾いました」
「食わなかったの?」
「はい」
「増やすために?」
「はい」
「…………」
キンメダイが。
福音を。
食べずに。
増やそうとしている。
「金融って食欲に勝つの!?」
*
だが。
キンメダイは、
差し出した福音を見た。
「…………」
一つ食べた。
「おい」
もう一つ食べた。
「おい!!」
残りも食べた。
「…………」
キンメダイが言った。
「やっぱり無理でした」
「安心したよ!!!」
*
夕方。
昨日預けた魚が来た。
「福音、返してください」
「うん」
ヒラメが返す。
ちゃんと。
増えた分まで。
「ありがとうございます!」
魚は嬉しそうに泳いでいった。
それを見ていた別の魚が言う。
「本当に増えるんだ」
「俺も預けようかな」
「俺も」
「…………」
信用された。
最悪の方向に。
*
俺はヒラメに聞いた。
「なあ」
「何?」
「もし今、全員が返してって言ったら?」
ヒラメが止まった。
「…………」
俺も止まった。
「全部ある?」
「…………」
ヒラメが。
借りていった魚たちの方を見る。
「ない」
「だよなああああああ!!!」
*
「どうすんだよ!」
「返してもらう」
「すぐ返ってこなかったら!?」
「探す」
「返せなかったら!?」
「食べる」
「それじゃ福音に戻らねえんだよ!!!」
キントキダイが言った。
「全員が同時に返せと言わなければ問題ない」
「その前提が一番怖いんだよ!!!」
*
誰かが預ける。
ヒラメが貸す。
多く返してもらう。
預けた魚にも、
少し多く返す。
残りはヒラメのもの。
誰も仕組みの名前を知らない。
ただ。
便利だから預ける。
必要だから借りる。
そして。
預けられた福音は、
もうそこにはない。
「…………」
俺は知っている。
これ。
人間の世界にもあった。
もっと立派な建物で。
もっとちゃんとした顔をして。
似たようなことをやっていた。
「…………」
俺はヒラメを見る。
「お前」
「何?」
「闇金から銀行に進化してない?」
「銀行?」
「知らなくていい!!!」
次回。
『みんな返してって言ってます』
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