第62話 回遊魚には貸せません
翌朝。
ヒラメの前には、
もう魚が並んでいた。
「次」
「福音、五つお願いします」
「返すのは?」
「明日」
「七つ」
「…………七つ?」
「嫌ならいいよ」
「借ります」
「…………」
俺は横で聞いていた。
「高くなってない!?」
*
昨日は。
五つ借りて、
六つ返す。
今日は、
五つ借りて七つ。
「なんで増えた!?」
ヒラメが俺を見る。
「返さないのがいたから」
「返さない奴の分を他の奴に乗せるなよ!!」
「嫌なら借りなくていい」
「…………」
強い。
貸す側が、
ものすごく強い。
*
次の魚が前へ出た。
「三つ借りたいです」
「何に使うの?」
「情報です」
「返せる?」
「たぶん」
「じゃあ五つ」
「え?」
「明日、五つ」
「…………」
「どうする?」
魚は少し悩んだ。
「借ります」
「借りるのかよ!!!」
*
キントキダイが聞いた。
「返せるか分からない魚ほど、多く返させるのか?」
「うん」
「なるほど」
「納得すんな!!」
イトヨリダイも言った。
「ちゃんと返しそうな魚の方が、少なくていいんすね」
「そう」
「…………」
なんか。
仕組みができてる。
誰も教えてないのに。
*
そこへ。
一匹のサバが来た。
「福音、貸してください」
ヒラメがサバを見る。
「回遊魚?」
「はい」
「ダメ」
「え?」
サバも俺も止まった。
「なんでですか?」
「飛ぶから」
「…………」
イトヨリダイが聞いた。
「飛ぶ?」
「借りたまま、いなくなる」
「…………」
「それ、飛ぶって言うんすか?」
「知らない」
「知らないのかよ!!!」
*
サバが訴える。
「俺は飛びません!」
「昨日のサバもいなくなった」
「そいつはそいつです!」
「ソウダもいなくなった」
「俺はサバです!」
「イワシも」
「イワシ関係ないだろ!!」
「…………」
なんだろう。
サバの言ってることが、
ちょっと正しく聞こえる。
*
ヒラメは静かに言った。
「じゃあ十」
「え?」
「五つ貸す。明日十」
「倍!?」
「回遊魚だから」
「魚種差別だ!!」
俺は思わず言った。
「でもお前、明日ここにいないかもしれないだろ!!」
サバが俺を見る。
「…………」
「…………」
「すまん」
*
イトヨリダイが言った。
「ご利用はご計画的に、っすね」
「今言う!?」
サバはしばらく悩んだ末、
「じゃあいいです!」
と言って泳いでいった。
ヒラメが見送る。
「ほら」
「何?」
「もういなくなった」
「回遊してんだよ!!!」
*
しばらくして。
今度はソウダガツオが来た。
「福音、借りられます?」
「回遊魚?」
「はい」
「ダメ」
「俺、戻ってきますよ」
「いつ?」
「そのうち」
「ダメ」
「なんで!?」
「そのうちだから」
「…………」
俺は思った。
これは。
ヒラメが正しい。
「くそっ!!!」
*
昼。
一匹の魚が来た。
昨日、
ヒラメから借りていた魚だ。
「すみません」
「何?」
「七つ返す約束だったんですけど」
「うん」
「五つしかなくて……」
ヒラメは五つを受け取った。
「あと二つ」
「明日でもいいですか?」
「いいよ」
魚の顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「明日、四つね」
「…………」
俺は聞き間違えたかと思った。
「待って」
ヒラメを見る。
「今、二つ足りないんだよな?」
「うん」
「それを明日返すんだよな?」
「うん」
「四つ?」
「うん」
「なんで倍になるんだよ!!!」
*
魚が困った顔をする。
「四つはちょっと……」
「じゃあ今日返して」
「今日はないです」
「じゃあ四つ」
「…………」
「どうする?」
逃げ道がない。
魚は小さく答えた。
「……明日、返します」
ヒラメが頷く。
「うん」
「怖えええええええ!!!」
*
キンメダイが聞いた。
「明日、四つなかったらどうなるんです?」
「聞くな!!」
ヒラメが答える。
「食べる」
「答えるな!!!」
キンメダイは納得した。
「なるほど」
「何に納得した!?」
*
午後。
別の魚がヒラメのところへ来た。
「今日返す福音なんですけど」
「うん」
「もう少し待ってください」
「昨日も待ったよ」
「明日には必ず」
「昨日も聞いた」
「…………」
ヒラメは動かない。
ただ砂の上から、
その魚を見ている。
「明日の朝」
「はい」
「持ってきて」
「はい!」
「いなかったら探すから」
「…………」
「分かった?」
「……はい」
魚が泳いでいった。
「…………」
俺はヒラメを見る。
「お前、静かに言う方が怖いな」
*
キントキダイが聞いた。
「見つからなかった場合は?」
「探す」
「どこまで?」
「いるところまで」
「回遊魚なら?」
「追う」
「遠くても?」
「追う」
「…………」
ヒラメは平然としている。
「返してもらわないと困るから」
「昨日、返せなかった奴食ってたよね!?」
「うん」
「返してもらってねえじゃん!!」
「返してもらったよ」
「何を!?」
ヒラメが自分の腹を見る。
「体」
「債務者を返済物として数えるな!!!」
*
そこへ一匹の魚が来た。
「昨日のソウダ、向こうにいましたよ」
ヒラメが少しだけ砂から浮いた。
「どこ?」
「沖の方」
「誰が見た?」
「俺です」
「いつ?」
「さっき」
「分かった」
ヒラメが泳ぎ出す。
「…………」
「待て待て待て!!」
ヒラメが振り返る。
「何?」
「何しに行くの?」
「返してもらいに」
「何を!?」
「福音」
「なかったら!?」
「…………」
ヒラメは答えなかった。
「答えろよ!!!」
*
ヒラメが沖へ泳いでいく。
イトヨリダイが言った。
「取り立てっすね」
「その言葉は知ってんの?」
「取りに行ったんで」
「意味がそのままだった!!!」
キントキダイが聞く。
「追いつけるのか?」
「知らねえよ!」
キンメダイが言った。
「ヒラメって、ソウダより遅いですよね」
「そうだよ!」
「じゃあ逃げられますね」
「…………」
そうだ。
逃げればいい。
回遊魚だ。
ずっと泳いでる。
ヒラメが追いかけたところで、
追いつけるわけがない。
*
翌日。
ヒラメが帰ってきた。
「…………」
俺は聞いた。
「どうだった?」
「いたよ」
「追いついたの!?」
「待ってた」
「どこで!?」
「通りそうなところ」
「怖っ!!!」
*
キントキダイが聞いた。
「返してもらったのか?」
「うん」
俺も聞く。
「福音で?」
「…………」
ヒラメは答えない。
「なんで黙るんだよ!!!」
*
その日から。
妙な話が広がった。
福音を借りるなら、
返せる分だけにした方がいい。
返せないなら、
借りない方がいい。
特に。
ヒラメからは。
イトヨリダイが言った。
「ご利用はご計画的に、っすね」
「急に重みが違うんだよ!!!」
*
それでも。
福音が必要な魚はいる。
今日も一匹。
ヒラメの前にやって来た。
「福音、借りたいです」
「いくつ?」
「五つ」
「何の魚?」
「アジです」
「回遊する?」
「…………」
アジが考えた。
「たまに」
「正直!!!」
ヒラメも少し考えた。
「じゃあ八つ」
「そこ返す量に関係するのかよ!!!」
*
俺はようやく分かった。
ちゃんと返した魚なら、
少なくていい。
返すか分からない魚なら、
多く返す。
いなくなりそうな魚なら、
もっと多く返す。
返さなかったら。
探す。
それでも返せなかったら。
食う。
「…………」
誰も名前なんか知らない。
なのに。
仕組みだけは、
完全に出来上がっていた。
銀行じゃない。
これは。
もっとダメなやつだ。
「魚社会に闇金できてんじゃねえかああああああ!!!」
次回。
『情報屋、取り立てに使われる』




