第61話 返せないなら働いてください
翌朝。
昨日、福音を借りた魚が来た。
「すみません」
「どうした?」
「返せません」
「…………」
早速。
昨日作った信用が、
今日壊れた。
「早えよ!!!」
*
魚は申し訳なさそうに言った。
「福音が手に入らなくて」
「じゃあどうすんだよ」
「明日まで待ってください」
「明日なら返せるの?」
「たぶん」
「昨日もそれ聞いたぞ!!!」
キントキダイが言った。
「返せない場合も決めておく必要があるな」
「決めたくねえよ」
「貸すなら必要だ」
「俺、いつから貸す側になったの?」
イトヨリダイが言った。
「働いて返してもらえばよくないすか?」
「働く?」
「情報係とか」
「…………」
なるほど。
福音を返せない。
なら。
仕事をして、
その分を返す。
「…………」
普通。
ものすごく普通。
「魚じゃなければな!!!」
*
魚が聞いた。
「何をすればいいですか?」
「え?」
「働きます」
「決断早いな!」
「福音ないので」
「…………」
切実。
キントキダイが言った。
「情報係ならちょうどいい」
「そうだけど」
「人手は必要だ」
「まあ……」
「合理的だ」
「お前その言葉で何でも通そうとしてない?」
*
その魚は情報係に入った。
船の近くへ行き、
人間の話を聞く。
中継へ伝える。
戻ってくる。
その仕事の報酬から、
借りた福音の分を返す。
「返しました!」
「おお」
「これで終わりですか?」
「終わり!」
「ありがとうございます!」
魚は嬉しそうに泳いでいった。
「…………」
返せない。
働く。
返す。
「…………」
成立しちゃった。
*
イトヨリダイが言った。
「これなら返せない魚にも貸せますね」
「広げようとすんな」
「仕事ありますし」
「求人と借金を繋げんな」
キントキダイが頷く。
「返済手段が増えるのは悪くない」
「お前も広げんな!!!」
キンメダイが聞いた。
「僕も借りたら働くんですか?」
「借りなくていいだろ」
「福音欲しいです」
「今も食ってるだろ」
「これは僕のです」
「あるじゃねえか!!!」
*
昼。
知らない魚が来た。
「福音を借りたいんですけど」
「また来たよ……」
「どれくらい?」
キントキダイが普通に聞いた。
「お前が受付になるな!!!」
魚が言った。
「十くらい」
「多いな」
「情報を買いたくて」
「返せる?」
「たぶん」
「その『たぶん』禁止にしたいんだけど」
すると魚が言った。
「あ、じゃあいいです」
「え?」
「他で借ります」
「他?」
*
魚が泳いでいく。
俺たちは顔を見合わせた。
「他って何?」
イトヨリダイが言った。
「他にも貸してる魚いるんじゃないすか?」
「…………」
キントキダイが言った。
「昨日もういたな」
「…………」
そうだった。
俺から借りた福音を、
別の魚に貸して。
少し多く返してもらう。
あいつ。
「もう同業者いるのかよ……」
*
少し気になって。
魚の後を追った。
岩場を越える。
砂地へ出る。
そこに。
一匹のヒラメがいた。
「…………」
砂の上。
動かない。
その前に、
何匹か魚が並んでいる。
「福音、五つお願いします」
「いいよ」
「ありがとうございます」
「明日、六つね」
「はい」
次。
「三つ借りたいです」
「いいよ」
「明後日でも?」
「じゃあ五つ」
「分かりました」
「…………」
俺は遠くから見ていた。
「完全に営業してるじゃねえか!!!」
*
ヒラメが俺を見る。
「あ」
「どうも」
「チカメキントキ?」
「そうだけど」
「聞いてるよ」
「何を?」
「福音、貸してるんでしょ」
「俺は成り行きで!!」
ヒラメは静かだった。
別に怖くない。
声も普通。
むしろ、
妙に話しやすそう。
「こっちも昨日から始めた」
「昨日から!?」
「借りたい魚、多いから」
「市場見つけるの早すぎない!?」
*
俺は聞いた。
「ちゃんと返せるか確認してんの?」
「してないよ」
「え?」
「貸してって言われたら貸す」
「誰にでも?」
「だいたい」
「危なくない!?」
ヒラメは首をかしげた。
「何が?」
「返ってこないかもしれないだろ!」
「うん」
「困るだろ!?」
「別に」
「…………」
何だ。
この余裕。
*
その時。
一匹のサバが来た。
「福音、借りたいんですけど」
「いくつ?」
「五つ」
「明日六つね」
「はい!」
サバは福音を受け取ると、
さっさと泳いでいった。
イトヨリダイがその後ろ姿を見る。
「ご利用はご計画的に、っすね」
「どこで覚えたんだよそれ!!!」
*
キントキダイがヒラメに聞いた。
「今のは回遊魚だぞ」
「うん」
「明日ここにいるとは限らない」
「そうだね」
「それでも貸すのか?」
「貸すよ」
「…………」
俺は聞いた。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫」
「なんで?」
「返ってこなかったら探すから」
「どこを?」
「その辺」
「回遊魚だぞ!?」
ヒラメは、
少し考えた。
「まあ、そのうち会うでしょ」
「気長すぎるだろ!!!」
*
翌日。
またヒラメのところへ行った。
「昨日のサバ、返しに来た?」
「来てない」
「ほら!!!」
イトヨリダイが言った。
「飛びましたね」
「飛んだ?」
「借りたまま、いなくなるやつっす」
「…………」
俺は、
サバが消えていった方を見る。
「回遊魚だからな……」
別の魚が言った。
「昨日、ソウダも借りてましたよ」
「そいつは!?」
「いません」
「飛んでる!!!」
さらに別の魚。
「イワシも」
「イワシ!?」
「群れでいなくなりました」
「飛びすぎだろ回遊魚!!!」
*
ヒラメは。
別に慌てていなかった。
「…………」
俺の方が心配になってきた。
「なあ」
「何?」
「本当に平気?」
「うん」
「貸した福音、返ってきてないんだぞ?」
「そのうち返してもらうよ」
「どうやって?」
「見つけたら」
「返せなかったら?」
「…………」
ヒラメが、
普通の顔で言った。
「体で払ってもらう」
「…………」
俺は止まった。
「待て」
イトヨリダイも止まる。
キントキダイがヒラメを見る。
キンメダイだけ、
よく分かっていない。
「体で……?」
「いや待て待て待て」
「何?」
「その言い方、人間社会だとかなり――」
その時。
昨日とは別の魚が、
申し訳なさそうにやって来た。
「すみません」
「うん」
「今日、返す分なんですけど」
「うん」
「福音が足りなくて……」
「そう」
ヒラメが。
砂から。
ふわっと浮いた。
「じゃあ、体でいいよ」
「え?」
ぱくっ。
「…………」
「…………」
「…………」
俺は。
ヒラメを見る。
魚がいた場所を見る。
もう一度、
ヒラメを見る。
「そっちの意味かよおおおおおおおお!!!」
*
キンメダイが聞いた。
「返したんですか?」
「食われたんだよ!!!」
キントキダイが言った。
「貸した福音以上の栄養は回収できたかもしれないな」
「債権回収をカロリーで計算すんな!!!」
イトヨリダイが言った。
「現物回収っすね」
「現物が本人なんだよ!!!」
*
俺はヒラメを見る。
「だから誰にでも貸せるの!?」
「?」
「返せなくても困らないから!?」
ヒラメは少し考えて。
「まあ」
と答えた。
「最悪のビジネスモデル完成してんじゃねえか!!!」
*
ヒラメは、
また砂の上に戻った。
そこへ。
何も知らない魚が来る。
「福音、借りられますか?」
「いいよ」
「審査しろおおおおおお!!!」
次回。
『回遊魚には貸せません』




