第52話 本命、逃走しました
逃げる。
逃げる。
とにかく。
逃げる。
「どこまで行くんです?」
「知らん!!」
キンメダイが。
俺の横を。
普通に泳いでいる。
「目的地は?」
「今決めた!!」
イトヨリダイが。
スマホをぶら下げたまま。
こっちを見る。
「どこっすか?」
「仕掛けが落ちてこないところ!!」
「広いっすね」
「海だからな!!!」
*
俺たちは。
根を離れて。
泳いでいた。
いつもの場所から。
離れる。
サバタンから。
離れる。
船から。
離れる。
俺は。
何度も。
上を見る。
「…………」
エンジン音。
まだ。
遠くに。
聞こえる。
「来てます?」
キンメダイが。
聞く。
「分からん」
「じゃあ大丈夫ですね」
「その判断の早さ何!?」
キントキダイが。
言った。
「見えていないなら、追跡は不可能だ」
「さっき見えてないのに寄ってきただろ!!」
「あれは偶然だ」
「二回だぞ!?」
「偶然が二回あっただけだ」
キンメダイが。
キントキダイを見る。
「じゃあ三回来たら?」
「…………」
「偶然?」
「…………そうだ」
「何回まで偶然なの?」
「キンメくん!! そいつを追い詰めるな!!!」
キントキダイが。
俺の後ろへ。
少し。
移動した。
「あとお前は冷静ぶりながら俺を盾にすんな!!!」
「位置を変えただけだ」
「俺がいる方向にな!!!」
*
しばらく。
泳いだ。
エンジン音が。
小さくなる。
「…………」
さらに。
小さくなる。
「…………」
消えた。
俺は。
止まった。
全員も。
止まる。
「…………」
静か。
上から。
糸も。
落ちてこない。
サバタンも。
ない。
「…………」
逃げ切った。
たぶん。
「いなくなりましたね」
キンメダイが。
上を見る。
「ああ」
「じゃあ戻ります?」
「なんで!?」
「福音、残ってるかもしれません」
「お前は何のために逃げたんだよ!!!」
「チカメさんが逃げるって言ったから」
「主体性!!!」
*
イトヨリダイが。
スマホを。
いじっている。
「何してんの?」
「記録っす」
「何の?」
「本日の業務」
「俺たち業務してたの?」
イトヨリダイが。
画面を。
読み上げる。
「朝、船接近」
「うん」
「福音確認」
「うん」
「チカメキントキ一本宣言」
「嫌な記録だな」
「本命逃走」
「…………」
「以上っす」
「俺だけ業務内容がおかしい!!!」
*
そして。
気づいた。
「…………」
ここ。
どこ?
俺は。
周りを見る。
知らない。
岩。
知らない。
砂。
知らない。
海藻。
「…………」
逃げることしか。
考えていなかった。
元の根から。
どっちへ。
どれくらい。
泳いだ?
「…………」
分からん。
イトヨリダイが。
俺を見る。
「帰らないんすか?」
「帰るよ」
「じゃ、行きましょ」
「うん」
「…………」
「…………」
「どっちっすか?」
「…………」
右。
左。
前。
後ろ。
全部。
海。
「…………」
「分からん」
「迷子じゃないすか」
「海で迷子って言うな!!!」
「普通に迷子っすよ」
「魚としての尊厳を守って!!!」
*
キントキダイが。
前へ出た。
「任せろ」
「お前分かるの?」
「当然だ」
「おお」
「私は冷静だから」
「それ方位磁針じゃねえからな?」
キントキダイが。
周囲を。
見渡す。
少し。
考える。
「こっちだ」
泳ぎ出す。
「根拠は?」
「感覚」
「お前も勘じゃねえか!!!」
「魚の勘だ」
「さっき釣り人の勘で死にかけたんだよ!!!」
イトヨリダイが。
キントキダイを見る。
「それ大丈夫なんすか?」
「問題ない」
「その自信どっから来るんすか?」
「経験だ」
キンメダイが。
言った。
「キントキ、ここ来たことあるの?」
「…………」
「あるの?」
「…………これから経験する」
「未来の経験で道案内すんな!!!」
*
でも。
他に。
案もない。
俺たちは。
キントキダイに。
ついていった。
しばらく。
泳ぐ。
「…………」
さらに。
泳ぐ。
「…………」
キンメダイが。
止まった。
「キントキ」
「何だ」
「さっきもここ通りましたよ」
「似た岩だ」
「同じ岩ですよ」
「なぜ分かる」
「僕、ここでエビ食べました」
「…………」
岩の横に。
小さな。
殻。
「まだあります」
「…………」
キントキダイが。
殻を見る。
「確認しただけだ」
「何を?」
「道を」
「迷ってんじゃねえか!!!」
*
キンメダイが。
前へ出た。
「僕、分かるかもしれません」
「本当!?」
「はい」
キントキダイが。
キンメダイを見る。
「根拠は?」
「匂い」
「…………」
キンメダイが。
水の流れを。
確かめる。
「こっちです」
泳ぎ出す。
俺たちは。
ついていく。
「何の匂い?」
「知ってる匂いです」
「おお」
「福音です」
「…………」
嫌な。
予感がする。
*
しばらくして。
キンメダイが。
止まった。
「ここです」
「…………」
何もない。
「どこ?」
「この辺です」
「元の根?」
「?」
「帰ってきたんだよな?」
「福音の匂いを追ってきただけですよ」
「…………」
「元の場所は知りません」
「福音に帰ってきただけかよ!!!」
キントキダイが。
言った。
「しかし、匂いを追跡できた」
「はい」
「合理的だ」
キンメダイが。
キントキダイを見る。
「でも帰れてないですよ」
「…………」
「合理的?」
「…………」
キントキダイが。
俺を見る。
「キンメは今日よく喋るな」
「俺に助け求めんな!!!」
*
その時。
イトヨリダイが。
言った。
「Googleマッピ使えばよくないすか?」
「…………」
俺は。
止まった。
キンメダイが。
イトヨリダイを見る。
キントキダイも。
見る。
イトヨリダイが。
スマホを。
ひらひら。
させる。
「…………」
「あるじゃん!!!」
「あーし、最初から持ってますけど」
「最初から言えよ!!!」
「いや、なんかみんな魚の勘で盛り上がってたんで」
「遭難しかけてんだよ!!」
「それはわかりみが深い」
「お前も遭難してんだよ!!!」
*
「で、どこ帰るんすか?」
「いつもの根!!」
イトヨリダイが。
スマホを。
操作する。
「…………」
「どう?」
「Googleマッピにないっすね」
「だろうな!!!」
「じゃあ、とりあえず浅場にします?」
「それでいい!!」
「浅場のどこ?」
「知らん!!」
「目的地、雑すぎないすか?」
「魚の逃走に住所を求めるな!!!」
イトヨリダイが。
画面を。
操作する。
「じゃ、この辺で」
「どの辺だよ!!」
「浅い辺」
「雑なのはお前もだよ!!!」
*
現在地を。
取るため。
俺たちは。
少し。
浅い方へ。
移動した。
「まだ?」
「まだっす」
さらに。
移動。
イトヨリダイが。
スマホを見る。
「あ」
「何!?」
「出た」
「現在地!?」
「出たっす」
俺たちは。
スマホの周りへ。
集まる。
青い。
点。
「…………」
俺は。
画面を見る。
海。
拡大する。
海。
縮小する。
海。
「…………」
「海じゃねえか!!!」
「そりゃ海っすからね」
「もっと何かあるだろ!!!」
キンメダイが。
画面を。
覗き込む。
「僕たち、青い丸なんですか?」
「現在地だよ!!」
「四匹いるのに一個?」
「そこ気にする!?」
キントキダイが。
画面を見る。
「海岸線は分かる」
「…………」
確かに。
陸。
海岸。
そして。
現在地。
これなら。
大体の方向は。
分かる。
イトヨリダイが。
画面を。
押した。
『ルート案内を開始します』
「…………」
文明。
勝った。
魚の勘に。
文明が。
勝った。
*
『300メートル、直進です』
俺たちは。
泳ぐ。
「…………」
『そのまま直進です』
「…………」
キンメダイが。
言った。
「この人、ずっとついてきますね」
「ナビだからな!!」
「誰です?」
「知らねえよ!!」
「知らない人についていってるんですか?」
「言い方が怖えよ!!!」
*
しばらくして。
『まもなく、右方向です』
「右だって」
キントキダイが。
真っ先に。
右へ。
曲がる。
キンメダイも。
俺も。
続く。
「…………」
簡単じゃん。
最初から。
これ使えば――
すううううう。
「…………」
目の前に。
何かが。
降りてきた。
糸。
針。
白っぽい。
魚の身。
「…………」
サバタン。
「…………」
俺は。
スマホを見る。
「Googleの言う通りに曲がったら仕掛け落ちてきたんだけど!!!!!」
イトヨリダイが。
画面を見る。
「Googleマッピ、そこまでは知らんす」
「知っとけよ!!!」
「無茶言わないでもらっていいすか?」
*
俺たちは。
サバタンを。
避ける。
一気に。
方向を変える。
『ルートを外れました』
「仕掛け避けたんだよ!!!」
『ルートを再検索しています』
「今それどころじゃねえ!!!」
キンメダイが。
後ろを見る。
「サバタン、まだありますよ」
「戻らねえからな!?」
『可能な場所で、Uターンしてください』
「戻すなああああああ!!!」
キントキダイが。
言った。
「ナビより現場判断を優先すべきだ」
「さっき一番最初に右へ曲がったのお前だからな!!」
「…………」
「Googleマッピ信じ切ってたよな!?」
「確認しただけだ」
「何を!?」
「ルートを」
「針の前で確認すんな!!!」
*
俺たちは。
仕掛けから。
距離を取った。
「…………」
でも。
おかしい。
また。
サバタン。
また。
胴突き。
「…………」
まさか。
また。
俺?
イトヨリダイが。
スマホを見る。
「ルート戻します?」
「戻さない!!」
「でも浅場、あっちっすよ」
「仕掛けがあるんだよ!!!」
『ルートを再検索しました』
「お前は黙ってろ!!!」
*
その時。
上から。
人間の声。
微かに。
聞こえた。
「この辺どうです?」
別の声。
「やってみましょう」
「チカメ出ますかね?」
「…………」
俺は。
固まった。
やっぱり。
俺を。
追って――
「いや」
「ここはアカハタ狙いです」
「…………」
アカハタ。
「…………」
俺じゃ。
ない。
*
イトヨリダイが。
俺を見る。
「チカメさん」
「何」
「本命から外れましたね」
「…………」
「よかったじゃないすか」
「…………」
そう。
よかった。
助かった。
狙われていない。
ただの。
別の釣り。
ただの。
サバタン。
ただの。
アカハタ狙い。
「…………」
なのに。
なんだろう。
この。
微妙な。
気持ち。
キンメダイが。
俺を見る。
「寂しいんですか?」
「違う!!!」
「さっきまで一本だったのに」
「違うって!!」
「もうアカハタです」
「言い方!!!」
キントキダイが。
言った。
「釣り人は切り替えが早いな」
「…………」
さっきまで。
俺を。
探して。
俺一本で。
来て。
見つからなければ。
アカハタ。
「…………」
俺は。
上を見る。
「もうちょっと探せよ!!!」
キンメダイが。
俺を見る。
「やっぱり寂しいんですか?」
「違うっつってんだろ!!!」
*
イトヨリダイが。
スマホを。
操作する。
「記録、更新しときますね」
「何を?」
「業務記録」
「まだ続いてたの!?」
読み上げる。
「チカメキントキ」
「うん」
「本命」
「うん」
「逃走」
「うん」
「捜索打ち切り」
「…………」
「アカハタへ変更」
「書くな!!!」
「事実っす」
「事実でも書くな!!!」
キンメダイが。
言った。
「求人みたいですね」
「何が!?」
「採用見送り」
「俺は応募してねええええええ!!!」
*
『300メートル、直進です』
「…………」
俺たちは。
また。
泳ぎ出した。
海の上では。
もう。
別の魚を。
釣っている。
俺たちの横では。
Googleマッピが。
普通に。
道案内を。
続けている。
『まもなく、右方向です』
「…………」
俺は。
右を見る。
「また仕掛けないだろうな!?」
イトヨリダイが。
スマホを見る。
「知らんす」
「Googleマッピ信用できねえええええ!!!」
次回。
『帰ってきたら求人が増えてました』
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