第51話 チカメキントキ一本で行きます
朝。
まだ。
海の上は。
薄暗かった。
俺たちは。
根の近くで。
待っていた。
「…………」
キンメダイが。
上を見る。
「来ませんね」
「何が?」
「昨日のサバ」
「来ねえよ!!」
「そうですか」
「そうですかじゃねえ!!」
昨日。
現地担当として採用したサバは。
サバタンを食べて。
釣られた。
そして。
泳がせ釣りの餌として。
戻ってきた。
ブリに食われた。
そのブリを。
採用した。
釣られた。
「…………」
情報網。
三日目。
現地担当。
ゼロ。
「もう採用しないからな」
イトヨリダイが。
スマホを見ながら。
言った。
「でも現地担当、必要じゃないすか?」
「必要だけど、採用した端から釣られるんだよ!!」
「じゃあ求人出します?」
「どこに!?」
「ハタトラックとか」
「何それ」
「ハタに宣伝つけて泳いでもらうんすよ」
「ラッピングトラックみたいに言うな!!」
イトヨリダイが。
少し考える。
そして。
歌った。
「小魚♪ 小魚♪ 小魚♪ 求人!」
「やめろ」
「回遊♪ 底物♪ 高収入!」
「海中でバニラカーやるな!!!」
キンメダイが。
首を傾げる。
「高収入って、何がもらえるんです?」
「エビじゃないすか?」
「じゃあ僕も働きます」
「お前はもう身内だろ!!」
キントキダイが。
言った。
「宣伝効率は悪くない」
「検討すんな!!」
「ハタなら目立つ」
「魚種で広告媒体を選ぶな!!!」
「ではオオモンハタ」
「車種みたいに言うな!!!」
*
俺は。
上を見る。
昨日。
サバが。
途中まで。
持ってきた情報。
明日の船。
朝。
根の――
そこまで。
何時に来るのか。
どこへ来るのか。
何人なのか。
分からない。
分かっているのは。
一つだけ。
俺を。
狙っている。
「…………」
嫌だ。
ものすごく。
嫌だ。
元釣り人だから。
分かる。
本命。
という言葉の。
嫌さが。
今なら。
よく分かる。
釣る側だった頃は。
何とも思わなかった。
「今日はアジ一本で」
「今日はマダイ狙い」
「青物一本」
普通に。
言っていた。
魚の都合など。
一度も。
考えたことがない。
「…………」
キンメダイが。
俺を見る。
「どうしました?」
「いや」
「顔が怖いですよ」
「元からだよ」
「目、大きいですしね」
「そこ関係ねえだろ!!」
*
しばらくして。
遠くから。
音がした。
ぶううううううん。
「…………」
船。
俺は。
上を見る。
まだ見えない。
だが。
聞こえる。
エンジン音。
近づいてくる。
「来た」
キントキダイが。
俺の後ろへ。
移動した。
「おい」
「何?」
「なんで俺の後ろにいる?」
「全体を見ている」
「俺越しに!?」
「冷静に」
「盾にしてるだけだろ!!」
「違う」
「じゃあ前に出ろよ」
「ここでいい」
「認めろよ!!」
*
船が。
止まった。
音が。
変わる。
そして。
上から。
人間の声。
微かに。
聞こえた。
「…………」
聞き取れない。
遠い。
イトヨリダイが。
言った。
「上、行ってきます?」
「ダメ」
「でも聞こえないじゃないすか」
「ダメ」
「情報」
「ダメ!!」
「じゃ、誰が行くんすか?」
「…………」
誰も。
いない。
現地担当。
ゼロ。
キンメダイが。
言った。
「チカメさんが行けばいいんじゃないですか?」
「本命が偵察に行くな!!!」
*
その時。
上から。
何かが。
落ちてきた。
ぱら。
ぱら。
小さな。
赤い粒。
「福音です」
キンメダイが。
近づく。
「待て」
「はい?」
「食うな」
「どうして?」
「昨日言ってた奴らかもしれない」
キンメダイが。
オキアミを見る。
「チカメさんを狙ってる人たち?」
「そう」
「じゃあ僕は大丈夫ですね」
ぱくっ。
「そういう意味じゃねえええええ!!!」
「美味しいです」
「感想いらねえよ!!」
キントキダイも。
一粒。
食べた。
「お前も食うな!!」
「これは確認だ」
「何を!?」
「餌の状態」
「釣られる側が品質検査するな!!」
*
だが。
針は。
落ちてこない。
糸も。
ない。
コマセだけ。
少し。
間を置いて。
また。
ぱら。
ぱら。
俺は。
その流れを見る。
「…………」
分かる。
これ。
知っている。
「何です?」
「寄せてる」
「?」
「魚を」
元釣り人の。
記憶が。
勝手に。
答えを出す。
先に。
コマセを撒く。
魚を。
寄せる。
そこへ。
仕掛けを。
入れる。
「…………」
俺は。
オキアミを見る。
昨日まで。
福音だったもの。
今日は。
俺を呼ぶための。
撒き餌にしか。
見えない。
「…………」
キンメダイは。
普通に。
食っている。
「お前!!」
「はい?」
「まだ食ってんの!?」
「まだありますから」
「在庫の話じゃねえよ!!」
*
やがて。
コマセが。
止まった。
「…………」
何も。
降ってこない。
静かになった。
俺は。
上を見る。
嫌な。
間。
だった。
そして。
上の方から。
人間の声。
「昨日の場所でいいですよね」
別の声。
「そうですね」
「…………」
俺の。
胸びれが。
固まる。
昨日の場所。
ここ。
「チカメさん」
「言うな」
「ここじゃないですか?」
「言うなって!!」
さらに。
声。
「他は狙わなくていいですか?」
「…………」
俺は。
上を見る。
返事。
「はい」
「…………」
そして。
はっきり。
聞こえた。
「今日はチカメキントキ一本で行きます」
「…………」
海が。
静かになった。
俺も。
キンメダイも。
キントキダイも。
イトヨリダイも。
誰も。
喋らない。
「…………」
一本。
で。
行きます。
「…………」
俺は。
元釣り人だ。
意味は。
分かる。
他の魚は。
いらない。
マダイも。
カワハギも。
青物も。
いらない。
今日。
欲しいのは。
チカメキントキ。
だけ。
「…………」
キンメダイが。
俺を見る。
「人気者ですね」
「嬉しくねええええええ!!!」
*
しばらくして。
上から。
一本の。
糸。
その先。
胴突き仕掛け。
針。
そして。
白っぽい。
魚の身。
「…………」
サバタン。
一つ。
二つ。
三つ。
ゆっくり。
降りてくる。
さっきまでの。
コマセは。
もうない。
今。
降りてきているのは。
俺を釣るための。
仕掛けだけ。
「…………」
昨日までと。
同じ。
サバタン。
同じ。
胴突き。
なのに。
今日は。
全部。
俺宛て。
キントキダイが。
言った。
「贈り物みたいだな」
「殺意のあるお中元だよ!!!」
イトヨリダイが。
スマホを向ける。
「写真撮っときます?」
「何の記念だよ!!」
「初指名」
「店みたいに言うな!!!」
キンメダイが。
サバタンを見る。
「食べないんですか?」
「食うわけねえだろ!!」
「全部チカメさん用ですよ」
「だから食わねえんだよ!!!」
*
仕掛けが。
底へ。
着いた。
少し。
上がる。
止まる。
サバタンが。
ゆら。
ゆら。
揺れる。
「…………」
俺は。
距離を取った。
こんなところに。
いる必要はない。
少し。
根の向こうへ。
泳ぐ。
「…………」
これでいい。
見えているわけがない。
水深。
五十メートル。
人間から。
俺の姿なんか。
見えるわけがない。
*
しばらくして。
ぶうううううん。
「…………」
上で。
エンジン音がした。
船が。
動いている。
「…………」
まさか。
少しして。
また。
糸が。
降りてきた。
ゆっくり。
底へ。
その先に。
サバタン。
「…………」
俺の。
近くへ。
「…………」
キンメダイが。
言った。
「また来ましたね」
「なんで!?」
見えてない。
絶対に。
見えてない。
俺は。
さらに。
場所を変える。
今度は。
少し大きく。
根を離れる。
キンメダイたちも。
ついてくる。
しばらく。
待つ。
ぶうううううん。
「…………」
また。
船が動いた。
そして。
しばらくして。
また。
上から。
糸。
サバタン。
「…………」
近い。
「…………」
見えてない。
五十メートル下だぞ。
見えるわけがない。
なのに。
来る。
「釣り人の勘、怖っ!!!」
キントキダイが。
俺の後ろで。
言った。
「偶然かもしれない」
「じゃあお前、前に出ろよ!!」
「それは別の話だ」
「お前も怖がってんじゃねえか!!!」
*
今まで。
釣られた。
間違えられた。
値段を調べられた。
リリースされた。
コマセで集められた。
いろいろあった。
でも。
今日は。
違う。
俺を。
知っている。
俺を。
探している。
俺を。
釣るために。
サバを。
切ってきた。
「…………」
元釣り人だから。
分かる。
これ。
釣る側からしたら。
ただの。
準備。
ポイントを。
少し変えるのも。
ただの。
勘。
「こっちかな」
その程度。
俺も。
やっていた。
「…………」
でも。
魚からしたら。
見えてない奴が。
なぜか。
来る。
「…………」
釣り人。
怖い。
*
上から。
人間の声。
「反応あります?」
「まだですね」
「少し場所ずらしますか?」
「いや」
間。
「ここで出ると思います」
「…………」
怖い。
何を根拠に。
俺は。
ゆっくり。
後ろへ。
下がった。
キンメダイが。
ついてくる。
キントキダイも。
ついてくる。
イトヨリダイも。
ついてくる。
「お前ら」
「はい?」
「逃げるぞ」
「どこへ?」
「知らん!!」
キントキダイが。
言った。
「合理的じゃないな」
「今日は合理性より命だよ!!!」
俺たちは。
泳ぎ出した。
遠く。
後ろで。
サバタンが。
ゆら。
ゆら。
揺れていた。
今日。
人間は。
チカメキントキ一本で。
来ている。
「釣りって何なんだよおおおおおお!!!」
次回。
『本命、逃走しました』
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