第五十話 サバなら誰でもいいわけではありません
遠くを。
一匹の。
サバが。
泳いでいった。
「…………」
全員が。
見る。
「…………」
イトヨリダイが。
言った。
「あれでよくないすか?」
「よくねえよ!!」
「サバっすよ?」
「サバだけど!!」
「前のもサバ」
「そうだけど!!」
「何が違うんすか?」
「個体!!!」
*
イトヨリダイが。
首を。
傾げる。
「でも」
「何?」
「前のサバの名前、知ってるんすか?」
「…………」
俺は。
止まった。
知らない。
サバ。
ずっと。
サバ。
だった。
キンメダイが。
言った。
「僕もサバさんって呼んでました」
キントキダイが。
言った。
「私も」
姉イトヨリが。
言った。
「サバさんでしたね〜」
「…………」
イトヨリダイが。
言った。
「じゃ同じじゃないすか」
「違うよ!!!」
*
「サバさーん」
イトヨリダイが。
呼んだ。
「呼ぶな!!」
遠くの。
サバが。
こっちを見る。
そして。
普通に。
近づいてきた。
「何?」
「来た!!」
「そりゃサバって呼んだからだろ!!」
目の前に。
サバ。
昨日までいた。
サバとは。
違う。
たぶん。
「お前」
「何?」
「昨日ここにいた?」
「いない」
「よし」
違う。
確認。
終了。
*
キントキダイが。
サバを見る。
「泳げる」
「魚だからな」
「海面まで行ける」
「たぶんな」
「採用」
「待てええええ!!!」
サバが。
俺たちを見る。
「何に?」
「ほら本人も分かってねえだろ!!」
イトヨリダイが。
言った。
「人間の話聞いて、ここまで持ってくる仕事っす」
「仕事にするな!!」
サバが。
聞く。
「人間?」
「そうっす」
「なんで?」
「この人を狙ってる人間が来るんで」
イトヨリダイが。
俺を。
示した。
サバが。
俺を見る。
「この魚?」
「そう」
「…………」
「何?」
「チカメキントキ」
「へえ」
「興味薄っ!!」
*
俺は。
サバを見る。
「チカメキントキ知らない?」
「知らない」
「俺」
「そうなの?」
「だから興味薄いな!!」
サバが。
俺の。
大きな目を見る。
「目、大きいね」
「そこは気になるの!?」
姉イトヨリが。
にこにこ。
している。
「立派ですよね〜」
「お姉さんまで目の話に参加しなくていい!!」
*
キントキダイが。
言った。
「とりあえず頼んでみればいい」
「簡単に言うなよ」
「前のサバがいないんだから」
「…………」
事実。
だった。
現地の。
人間の会話を。
直接聞ける魚が。
いなくなった。
イトヨリの。
スマホでは。
ネットに出ていない情報は。
分からない。
「…………」
俺は。
新しいサバを見る。
「船の近くまで行ける?」
「行ける」
「海面すれすれまで?」
「行ける」
「人間の話、聞ける?」
「たぶん」
「針は分かる?」
「分かる」
「サバタンは?」
「好き」
「不採用!!!」
「なんで!?」
「前任者の退場理由だよ!!!」
*
サバが。
言った。
「サバタン美味しいよ」
「知ってるの?」
「食べたことある」
「針ついてた?」
「ついてた」
「どうなった!?」
「餌だけ食べた」
「…………」
俺は。
サバを見る。
「お前」
「何?」
「優秀なのでは?」
キントキダイが。
言った。
「即戦力だな」
「急に人材評価みたいになってきた!!」
キンメダイが。
聞く。
「どうやって餌だけ食べたんですか?」
「横から」
「なるほど」
「キンメは技術を学ぶな!!」
*
イトヨリダイが。
言った。
「じゃ、お試しで」
「試用期間みたいに言うな!!」
「一回行ってきてもらえばいいじゃないすか」
「…………」
それは。
そう。
なのか。
姉イトヨリも。
言った。
「お願いしてみたらどうですか〜?」
「お姉さんまで採用側に回らないで!!」
「あらあら〜」
*
サバが。
聞く。
「何すればいい?」
「もうやる気だよ!!」
俺は。
説明する。
「明日」
「うん」
「俺を狙ってる人間が来る」
「うん」
「その船を見つけたら、人間の話を聞いてほしい」
「分かった」
「何時に来るか」
「うん」
「どこで釣るか」
「うん」
「どんな仕掛けか」
「うん」
「あと」
俺は。
念を。
押す。
「絶対に餌を食うな」
「なんで?」
「なんでから始めるな!!」
「見るだけ?」
「見るだけ!!」
「サバタンでも?」
「特にサバタン!!」
「美味しいのに」
「前任者もそう思って消えたんだよ!!!」
*
サバが。
上へ。
泳いでいく。
俺は。
その後ろ姿を。
見送る。
「…………」
キントキダイが。
言った。
「これで現地担当も復旧した」
「復旧って言うな」
「欠員補充」
「会社みたいに言うな!!」
「必要なことだろ」
「お前こういう時だけ妙に冷静だな」
「いつも冷静だ」
その時。
上から。
小さな。
海藻が。
落ちてきた。
「来た!!」
キントキダイが。
俺の後ろへ。
隠れた。
「…………」
ひら。
ひら。
海藻。
「…………」
「冷静?」
「確認しただけ」
「何をだよ!!」
*
しばらくして。
上の方から。
何かが。
降りてきた。
一本の。
糸。
そこから。
伸びる。
短い枝。
針。
そして。
白っぽい。
魚の身。
「…………」
サバタン。
また。
胴突き仕掛け。
「…………」
嫌な。
予感がした。
キンメダイが。
言った。
「またサバですね」
「うん」
「サバさん、大丈夫ですかね」
「…………」
大丈夫。
さっき。
言った。
絶対。
食うな。
あいつは。
針も。
分かる。
サバタンから。
餌だけ取ったことも。
ある。
前任者とは。
違う。
はず。
*
上の方に。
サバが。
見えた。
「あ」
イトヨリダイが。
言った。
「いましたね」
サバが。
仕掛けに。
近づいていく。
「おい」
さらに。
近づく。
「おいおい」
サバタンを。
見る。
「やめろよ」
サバが。
俺たちの方を。
見る。
「…………」
俺は。
首を。
振る。
「食うな」
サバが。
また。
サバタンを見る。
「食うなよ」
ぱくっ。
「あ」
糸が。
張った。
「またかよおおおおおお!!!」
*
サバが。
上へ。
引かれていく。
「二代連続!!」
キントキダイが。
言った。
「採用基準に問題があるな」
「サバだからじゃねえの!?」
キンメダイが。
上を見る。
「今度も戻ってきませんかね」
「…………」
サバは。
どんどん。
上へ。
消えていく。
「情報一個も持ってきてねえぞ!!」
イトヨリダイが。
言った。
「試用期間終了っすね」
「そういう終了じゃねえよ!!!」
*
しばらく。
誰も。
喋らなかった。
二匹。
二日。
サバ。
二匹。
消失。
「…………」
俺は。
言った。
「もうサバ採用するのやめよう」
キントキダイが。
頷く。
「合理的だな」
「初めてその言葉に納得したよ」
イトヨリダイが。
言った。
「じゃ次、何の魚にするんすか?」
「求人の魚種を変更するな!!!」
*
その時。
キンメダイが。
上を。
見た。
「あ」
「何?」
「戻ってきました」
「え!?」
俺も。
見上げる。
いた。
サバ。
さっき。
釣られた。
サバ。
泳いでいる。
こっちへ。
戻ってくる。
「お前!!」
俺は。
思わず。
近づいた。
「戻ってきた!!」
イトヨリダイも。
言った。
「早かったっすね」
キントキダイが。
言った。
「前任者より優秀だな」
「生還能力で評価するな!!」
でも。
よかった。
釣られて。
そのまま。
いなくなったと。
思った。
サバは。
ちゃんと。
泳いでいる。
「大丈夫だったのか?」
「うん」
「逃がされた?」
「分かんない」
「分かんない?」
「うん」
「まあいい!!」
戻ってきた。
それで。
いい。
*
「…………」
俺は。
止まった。
何か。
おかしい。
サバは。
泳いでいる。
でも。
「…………」
イトヨリダイが。
聞く。
「どうしたんすか?」
「いや」
俺は。
サバに。
近づく。
「…………」
「何?」
「お前」
「うん」
「なんか」
「うん」
「身体から糸出てない?」
「…………」
全員が。
見る。
糸。
サバの。
身体から。
上へ。
伸びている。
「…………」
俺は。
さらに。
近づく。
そして。
見えた。
針。
サバの身体を。
針が。
貫いている。
「お前それ何!?」
「分かんない」
「分かんないじゃねえよ!!」
サバは。
普通に。
泳いでいる。
身体を。
貫く。
針。
そこから。
上へ伸びる。
糸。
「…………」
俺は。
知っている。
この状態を。
人間だった頃。
俺も。
やったことがある。
生きた魚に。
針をつける。
海へ。
戻す。
泳がせる。
そして。
もっと。
大きな魚に。
食わせる。
「…………」
「チカメキントキ?」
サバが。
俺を見る。
名前。
覚えたのか。
「逃げろ」
「え?」
「サバ」
「何?」
「逃げろ!!!」
「どこに?」
「どこでもいい!!」
サバが。
泳ぐ。
でも。
糸が。
ついてくる。
「これ取って」
「取れねえよ!!」
「なんで?」
「お前それ――」
俺は。
叫んだ。
「泳がせ釣りの餌にされてる!!!」
*
「餌?」
サバが。
言った。
「お前が餌なんだよ!!」
「俺が?」
「そう!!」
「何の?」
「もっとでかい魚の!!」
「…………」
サバが。
少し。
考える。
「俺、サバなのに?」
「サバだからだよ!!!」
*
キントキダイが。
言った。
「冷静に考えよう」
「何を!?」
「糸がついてるなら遠くには逃げられない」
「冷静に絶望的なこと言うな!!」
キンメダイが。
針を見る。
「噛めば取れませんか?」
「下手に触るな!! お前まで釣られる!!」
イトヨリダイが。
スマホを。
つつく。
「泳がせ釣り、調べます?」
「今検索して間に合う!?」
「電波ないっす」
「役に立たねええええ!!!」
*
その時。
サバの。
後ろ。
暗い。
海の。
向こう。
何かが。
動いた。
「…………」
大きい。
速い。
銀色。
「サバ」
「何?」
「後ろ」
サバが。
振り向く。
来る。
「逃げろ!!!」
サバが。
泳ぐ。
糸が。
張る。
逃げられない。
銀色の。
身体が。
一気に。
距離を。
詰める。
「サバ!!!」
「何!?」
「速く!!!」
「糸が!!」
「知ってる!!!」
次の。
瞬間。
ばくん。
「…………」
サバが。
消えた。
大きな。
ブリの。
口の中へ。
「サバああああああ!!!」
*
ブリが。
俺たちの前を。
泳いでいく。
「…………」
俺は。
その姿を。
見る。
大きい。
速い。
サバより。
圧倒的に。
強い。
海面まで。
余裕で行ける。
船にも。
ついていける。
サバタンにも。
食いつかない。
なぜなら。
サバタンではなく。
サバそのものを。
食う側だから。
「…………」
こいつ。
現地担当に。
向いてるんじゃないか?
「…………」
いや。
何を考えてる。
俺は。
さっきまで。
魚を採用するなと。
言っていた。
その時。
イトヨリダイが。
ブリに。
近づいた。
「一緒に働かないっすかー?」
「言ったあああああ!!!」
ブリが。
振り向く。
「何?」
「ちょっと人間の船、見に行く仕事っす」
「仕事にするなって言ってんだろ!!」
イトヨリダイが。
俺を見る。
「でもチカメさんも今、同じこと考えてませんでした?」
「…………」
「その顔、考えてたっすよね」
「…………」
姉イトヨリが。
にこにこ。
している。
「考えてましたね〜」
「ちょっとだけだよ!!!」
*
ブリが。
俺を見る。
「何すればいいの?」
「…………」
話。
進んでる。
「いや、その」
「うん」
「人間の船の近くまで行って」
「うん」
「人間が何を話してるか聞いて」
「うん」
「ここまで戻ってきてほしい」
「いいよ」
「いいの!?」
「泳ぐだけでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「じゃあやる」
「…………」
イトヨリダイが。
言った。
「採用っすね」
「…………」
俺は。
何も。
言い返せなかった。
ついに。
現地担当が。
決まった。
サバではない。
大きい。
速い。
ブリ。
今度こそ。
いける。
「じゃあ明日の朝――」
ぴん。
「…………」
糸が。
張った。
「…………」
ブリが。
止まった。
俺も。
止まった。
「…………」
何だ?
この糸。
どこから。
「…………」
あ。
「そうだったー!!!」
全員が。
俺を見る。
「泳がせの餌のサバ食ったんだったー!!!」
「え?」
ブリが。
言った。
次の瞬間。
ぐん。
ブリの身体が。
持っていかれた。
「うわ」
「掛かったあああああ!!!」
ブリが。
走る。
横へ。
下へ。
一気に。
走る。
糸が。
海を。
切っていく。
それでも。
離れない。
「仕事は!?」
俺が。
叫ぶ。
ブリが。
引かれながら。
答える。
「一身上の都合により退職させていただきます」
「採用直後にいいいいいい!!!」
ブリが。
さらに。
上へ。
引かれていく。
「待て!!」
「何!?」
「まだ一回も働いてないぞ!!」
「一身上の都合!!」
「都合がデカすぎる!!!」
「じゃあ!!」
「軽いな!!!」
そして。
ブリも。
暗い海の。
上へ。
消えた。
「…………」
静かに。
なった。
*
イトヨリダイが。
言った。
「辞めちゃいましたね」
「辞めたんじゃねえ!! 釣られたんだよ!!」
キントキダイが。
言った。
「離職率が高いな」
「まだ二日目だよ!!!」
キンメダイが。
聞いた。
「次、誰にします?」
「もう採用活動やめろ!!!」
*
俺は。
上を見る。
最初のサバ。
サバタンを食って。
消えた。
次のサバ。
サバタンを食って。
戻ってきたと思ったら。
泳がせ釣りの餌になっていた。
そのサバを。
ブリが食った。
そのブリを。
イトヨリが。
スカウトした。
採用された。
釣られた。
「…………」
情報網。
二日目。
現地担当。
二匹目。
消失。
緊急採用。
ブリ。
勤続。
数秒。
「魚の人事が安定しねえええええ!!!」
次回。
『チカメキントキ一本で行きます』




