第四十九話 本命にも拒否権をください
俺が。
本命だった。
「…………」
嬉しくない。
人間だった頃。
本命。
という言葉は。
もっと。
いい意味だった。
第一志望。
狙っているもの。
一番欲しいもの。
「魚になると全部悪口になるな……」
キンメダイが。
言った。
「人気者ですね」
「殺しに来る人気はいらねえよ!!」
*
イトヨリダイが。
スマホを。
つついている。
「で、逃げるんすよね?」
「逃げる」
即答した。
「五十メートルから離れればいい?」
「たぶん」
「じゃ浅い方?」
「いや」
俺は。
少し。
考える。
人間だった頃の。
記憶。
魚を狙う時。
水深だけで。
場所を決めるわけじゃない。
根。
地形。
潮。
魚探。
釣果。
そして。
前に釣れた場所。
「単純に浅く行けば安全ってわけでもない」
「めんどくさ」
「人間の釣りはめんどくさいんだよ!!」
「魚捕るだけなのに?」
「それを何十年も趣味にできるくらい、めんどくさくしてんだよ!!」
*
キントキダイが。
言った。
「なら、もっと深く行けばいい」
「深く?」
「五十メートルを狙うなら、百メートルに行く」
「…………」
「合理的だろ」
キントキダイが。
得意げに。
俺を見る。
「なるほど」
「そうだろ」
「お前、百メートルまで行ったことある?」
「ない」
「…………」
「でも行けば着く」
「旅行を距離だけで考えるな!!」
「海は繋がってる」
「その理屈で世界中行けるわ!!」
キントキダイが。
少し。
考える。
「じゃあ行けるな」
「前向きに解釈するな!!」
*
キンメダイが。
言った。
「僕は深いところでも平気ですよ」
「そうだよな」
「もっと暗いところも好きです」
「行きましょう」
「…………」
強い。
こいつ。
こういう時だけ。
生息域が。
頼もしすぎる。
イトヨリダイが。
スマホから。
顔を上げる。
「あーし行かないっすよ」
「え?」
「百メートルとか嫌っす」
「…………」
そうだった。
全員。
同じ魚じゃない。
「おねぇも行かないよね?」
「あらあら〜」
姉イトヨリが。
にこにこしている。
「私はこの辺でいいです〜」
「ですよね」
「ごはんもありますし〜」
「ですよね」
「針もありますけど〜」
「それは避けようよ!!」
*
つまり。
逃げるなら。
全員一緒。
とは。
いかない。
「俺とキンメだけ深場に行くか」
「私も行く」
キントキダイが。
言った。
「お前も?」
「当然」
「本命じゃないぞ?」
「分かってる」
「じゃあここにいれば?」
「…………」
「何?」
「一人だけ残るのも危ないだろ」
「イトヨリ姉妹いるじゃん」
「…………」
「いるじゃん」
「私は深場を調査したい」
「怖いって言えよ!!」
「怖くない」
「じゃ残れよ!!」
「それは合理的じゃない」
「便利だな合理的!!」
*
サバが。
言った。
「俺は?」
「お前は自由にしてくれ」
「情報は?」
「欲しい」
「じゃ聞いてくる」
「いや待て」
俺は。
サバを見る。
昨日。
一昨日。
こいつは。
俺たちのために。
泳ぎ回っている。
「今日はもういい」
「でも明日来る」
「分かってる」
「場所も変えるかもしれない」
「…………」
それは。
ある。
釣り人は。
一か所で釣れなければ。
移動する。
俺たちが。
五十メートルから。
逃げたとして。
人間も。
移動したら。
意味がない。
「……情報、いるな」
「行ってくる」
「待て待て待て!!」
また。
同じだ。
俺が。
必要だと言う。
サバが。
勝手に働く。
報酬は。
ない。
「これ」
キンメダイが。
一匹のエビを。
差し出した。
「サバさんに」
「いいの?」
「昨日の分です」
サバが。
食べた。
「うまい」
「…………」
全員が。
止まった。
「…………」
やった。
今。
やった。
情報を。
持ってきた魚に。
餌を。
渡した。
*
キントキダイが。
言った。
「ほら」
「何?」
「情報と餌の交換」
「言うな」
「成立した」
「言うな!!」
イトヨリダイが。
言った。
「報酬っすね」
「違う!!」
「昨日の情報に対する報酬」
「お礼!! これはお礼!!」
「何が違うんすか?」
「…………」
分からない。
「気持ち!!」
「雑っすね」
「制度にするなって言ってんだよ!!」
*
サバが。
言った。
「じゃあ、もっと情報持ってきたら」
「待て」
「エビ増える?」
「待て待て待て」
「二匹?」
「成果報酬にするな!!!」
キントキダイが。
言った。
「情報の価値で変えればいい」
「お前は黙れ!!」
「場所なら一匹」
「決めるな!!」
「時間なら二匹」
「料金表を作るなああああ!!!」
イトヨリダイが。
スマホを。
つつく。
「あーしのネット情報は?」
「お前も!?」
「避難場所調べるんすよね?」
「頼んだけど!!」
「キャラメルフラペチーノ一杯で」
「海中にねえよ!!!」
「じゃ、将来で」
「ツケにするな!!」
姉イトヨリが。
言った。
「あら〜」
「お姉さんまで参加しないでね!?」
「私は大丈夫ですよ〜」
「よかった」
「イトちゃんの分と一緒で〜」
「二杯になった!!!」
*
俺は。
頭を。
抱えたかった。
ヒレしかない。
昨日まで。
ただ。
情報を。
教え合っていただけだった。
今日。
そこに。
対価が。
発生した。
サバ。
現地情報。
イトヨリ。
ネット情報。
キンメ。
エビ。
キントキダイ。
「私は?」
「お前は何も提供してねえよ!!」
「避難案」
「百メートルに行こうって言っただけだろ!!」
「採用された」
「まだ採用してねえ!!」
「相談料」
「取るな!!!」
*
その時。
サバが。
上を。
見た。
「来た」
「何が!?」
俺たちも。
上を見る。
遠い。
海面の方。
ぶううううう。
低い。
船の音。
「…………」
俺は。
イトヨリダイを見る。
「明日じゃなかったの?」
「ブログには何も出てないっす」
サバを見る。
「明日って聞いたんだよな!?」
「聞いた」
キントキダイが。
言った。
「別の船じゃない?」
「…………」
なるほど。
そうか。
船なんて。
一隻じゃない。
俺を。
狙っている人間とは。
限らない。
「そうだよな」
「慌てる必要はない」
そう言いながら。
キントキダイが。
俺の後ろへ。
移動した。
「お前も慌ててんじゃねえか!!!」
「後方警戒」
「船は上だよ!!!」
*
音が。
近づいてくる。
やがて。
上から。
何かが。
落ちてきた。
カゴ。
ではない。
一本の。
糸。
そこから。
何本か。
短い糸が。
伸びている。
その先に。
針。
胴突き仕掛け。
そして。
針には。
白っぽい。
魚の身。
「…………」
俺は。
止まった。
これ。
知ってる。
「サバタンじゃねえか!!」
サバが。
俺の横から。
覗き込む。
「サバだね」
「分かるの!?」
「うん」
「お前から見てもサバなの!?」
「サバ」
「じゃあ近づくなよ!!」
サバが。
近づく。
「なんで近づくの!?」
「うまそう」
「共食い!?」
サバが。
俺を見る。
「魚だよ?」
「お前も魚だよ!!」
「うん」
「それサバだよ!?」
「うん」
「お前もサバだよ!!!」
「うん」
「なんで全部理解して食おうとしてんだよ!!!」
*
キンメダイも。
サバタンを。
見る。
「美味しそうですね」
「お前まで参加するな!!」
「魚ですし」
「魚が魚を食うのは知ってるよ!!」
知ってる。
俺だって。
知っている。
前世では。
サバの切り身を。
針につけて。
魚を釣っていた。
何も。
おかしくない。
何も。
おかしくないはずなのに。
目の前に。
サバがいる。
針についているのも。
サバ。
「急に倫理が難しい!!」
*
サバが。
餌の前まで。
泳いでいく。
「やめろ」
「大丈夫」
「何が!?」
「針、見えてる」
「じゃあ食うな!!」
「餌だけ取る」
「お前カワハギじゃねえんだぞ!!」
ぱくっ。
「あ」
糸が。
張った。
サバが。
止まった。
「…………」
「…………」
「サバ?」
「刺さった」
「でしょうね!!!」
次の瞬間。
サバの身体が。
上へ。
引かれた。
「チカメ様ーーー!!!」
「サバああああああ!!!」
*
速い。
俺たちが。
追う。
でも。
サバは。
どんどん。
上へ。
「待て!!」
サバが。
叫ぶ。
「情報!!」
「何!?」
「明日の船!!」
「今それ言う!?」
「朝――」
上へ。
「サバ!!」
「根の――」
さらに。
上へ。
「聞こえねえ!!」
「――時――!!」
「何時いいいいい!?」
サバは。
暗い海の。
上へ。
消えた。
「…………」
誰も。
喋らない。
*
しばらく。
待った。
サバは。
戻ってこなかった。
イトヨリダイが。
スマホを見る。
「…………」
「何?」
「ネットには出てないっす」
「…………」
現地情報。
消失。
しかも。
サバが。
サバを。
食って。
消失。
「情報源が共食いの末に消失したあああああ!!!」
キントキダイが。
言った。
「冷静に考えよう」
「何を!?」
「サバが食べたサバが、知り合いだったとは限らない」
「そこじゃねえよ!!!」
キンメダイが。
上を見る。
「戻ってきませんね」
「…………」
戻ってこない。
釣った人間が。
逃がすのか。
持って帰るのか。
それも。
分からない。
ただ。
昨日まで。
海面すれすれを泳いで。
人間の話を聞いて。
俺たちに。
情報を運んでいた。
サバは。
いなくなった。
「…………」
情報網。
開設。
一日目。
現地記者。
消失。
「脆弱すぎるだろおおおおお!!!」
*
イトヨリダイが。
言った。
「じゃ、どうするんすか?」
「何が?」
「現地情報」
「…………」
「サバ、いなくなったし」
「…………」
キントキダイが。
言った。
「別のサバに頼めばいい」
「切り替え早っ!!」
「サバならいるだろ」
「いるけど!!」
「合理的だ」
「さっきまで一緒にいた奴だぞ!!」
キントキダイが。
少し。
考える。
「じゃあ、少し待つ?」
「時間の問題じゃねえよ!!!」
キンメダイが。
言った。
「次はエビを二匹用意します?」
「報酬制度だけ引き継ぐな!!」
*
その時。
遠くを。
一匹の。
サバが。
泳いでいった。
全員が。
見る。
「…………」
「…………」
イトヨリダイが。
言った。
「あれでよくないすか?」
「求人みたいに言うな!!!」
俺たちの。
情報網は。
開始。
一日目にして。
人員。
いや。
魚員を。
募集することになった。
「組織にするなって言っただろおおおおお!!!」
次回。
『サバなら誰でもいいわけではありません』




