第四十三話 本命はキントキ
翌朝。
俺と。
キントキダイは。
海面を見上げていた。
「…………」
「…………」
「来ると思う?」
「来るんじゃない?」
昨日。
ソウダガツオが。
人間の言葉を。
運んできた。
本命はキントキ。
今日は調査。
またすぐ来ます。
そして。
俺は。
チカメキントキ。
隣にいるのは。
キントキダイ。
「…………」
「どっちだよ」
「知らない」
朝から。
それしか。
話していない。
*
キンメダイが。
俺たちを。
見比べた。
「でも」
「何?」
「チカメさんは、チカメキントキですよね」
「そう」
「キントキダイさんは、キントキダイですよね」
「そう」
「じゃあ」
キンメダイが。
キントキダイを見る。
「キントキダイさんじゃないですか?」
「…………」
一瞬。
納得しかけた。
「いや」
俺は。
止まった。
「人間の言う『キントキ』が、キントキダイとは限らない」
「なんで?」
「魚の名前が雑だから」
「人間が付けたんでしょ?」
「そうだよ!!」
自分たちで。
名前を付けて。
自分たちで。
略して。
自分たちで。
分からなくなっている。
人間。
何をしている。
*
「そもそも」
俺は。
キントキダイを見る。
「お前を釣りに来る人間が『キントキダイ狙い』って言うか?」
「知らない」
「俺も知らない」
「じゃあ誰なら知ってるの?」
「人間」
「チカメ、元人間じゃん」
「全部の魚の呼び方まで覚えてねえよ!!」
キンメダイが。
聞いた。
「チカメさんは、人間だった頃、キントキを釣ったことあるんですか?」
「…………」
ない。
たぶん。
ない。
少なくとも。
本命にした記憶は。
ない。
「ない」
「人気ないんですね」
「今それを調査しに来てんだよ!!」
*
その時。
海面に。
影が落ちた。
「…………」
来た。
船。
俺と。
キントキダイが。
同時に。
少し下がった。
「人間?」
キンメダイが聞く。
「たぶん」
しばらくして。
上から。
仕掛けが。
落ちてきた。
俺と。
キントキダイが。
さらに。
下がった。
キンメダイだけ。
前に出る。
「餌ですね」
「待て!!」
「僕はキントキじゃないので」
「急に名前を防具として使うな!!」
仕掛けが。
ゆっくり。
沈む。
俺は。
見る。
針。
餌。
普通。
昨日の。
対カワハギ兵器みたいな。
殺意はない。
「専用じゃない?」
キントキダイが聞いた。
「たぶん」
「じゃあ安全?」
「専用じゃなくても釣れるからな」
「専用って何のためにあるの?」
「釣りやすくするため」
「専用じゃなくても釣れるの?」
「釣れる」
「…………」
キントキダイが。
海面を見る。
「人間ずるくない?」
「今さら!?」
*
俺たちは。
仕掛けから。
少し離れた。
「そういえば」
俺は。
ソウダガツオを見る。
「昨日、人間が何を釣ったかも聞いたんだよな?」
「うん」
「何が釣れた?」
ソウダガツオが。
考える。
「ウスバハギ」
「うん」
「ミノカサゴ」
「うん」
「ホウボウ」
「うん」
「ハギ」
「ハギ多いな」
「アヤメカサゴ」
「…………」
キンメダイが。
聞いた。
「キントキは?」
「釣れてない」
「本命どこ行った!?」
*
本命。
キントキ。
そのために。
人間は。
わざわざ。
来た。
調査までした。
そして。
釣った。
ウスバハギ。
ミノカサゴ。
ホウボウ。
ハギ。
アヤメカサゴ。
キントキ。
ゼロ。
「いっぱい釣れてますね」
キンメダイが言った。
「本命釣れてねえんだよ!!」
「でもいっぱい釣れた」
「そうだけど」
「じゃあ成功じゃないですか?」
「違う」
「なんで?」
「本命が釣れてないから」
「他の魚は?」
「嬉しい」
「じゃあ成功?」
「でも本命が釣れてない」
「…………」
キンメダイが。
俺を見る。
「面倒ですね」
「それは否定しない」
*
キントキダイが。
海面を見た。
「じゃあ」
「何?」
「本命が釣れるまで来るの?」
「…………」
その可能性。
ある。
釣れなかった。
だから。
諦める。
人間もいる。
釣れなかった。
だから。
また来る。
人間もいる。
今回は。
後者。
「またすぐ来ます」
そう。
言っている。
俺は。
昨日。
喜んでいた。
チカメキントキ専用の仕掛けなんて。
ない。
人間に。
研究されていない。
狙われてもいない。
安全。
そのはずだった。
「…………」
キンメダイが。
俺を見る。
「チカメさん」
「何」
「本命だったら嬉しくないんですか?」
「嬉しいわけあるか!!」
「人気なのに」
「魚の人気は死亡率に直結するんだよ!!」
キントキダイが。
言った。
「でも僕かもしれない」
「そうなんだよ」
俺たちは。
見つめ合った。
「…………」
「…………」
「どっちだと思う?」
「チカメ」
「何で?」
「珍しいから」
「…………」
それは。
否定できない。
「でも」
キントキダイが。
続けた。
「僕の方が名前はキントキに近い」
「そうなんだよ!!」
俺たちは。
二匹で。
海面を。
見上げた。
どちらが。
狙われているのか。
分からない。
分からないまま。
人間だけが。
俺たちの名前を。
呼んでいる。
*
その時。
サバが。
泳いできた。
「キントキー!」
「来た!!」
俺と。
キントキダイが。
同時に。
振り向く。
「人間の話、聞いた!」
「何キントキ!?」
「分かんない!」
「お前もかよ!!!」
サバが。
少し考えた。
「でも」
「何?」
「もっと詳しいやつならいるよ」
「…………」
俺は。
止まった。
「詳しいやつ?」
「うん」
「人間に?」
「たぶん」
「釣りに?」
「たぶん」
「キントキに?」
「それは知らない」
「何に詳しいんだよ!!」
サバが。
少し。
首を傾げた。
「人間のこと?」
「なんで疑問形なんだよ!!」
キントキダイが。
聞いた。
「何の魚?」
「イトヨリ」
「イトヨリダイ?」
「うん」
キンメダイが。
聞いた。
「どこにいるんですか?」
サバが。
泳ぎ出した。
「案内するよ」
「今から!?」
「近いよ」
俺たちは。
顔を見合わせた。
何キントキなのか。
分からない。
人間は。
また来る。
そして。
その答えを。
知っているかもしれない魚が。
いる。
「行くぞ」
「うん」
「僕も行きます」
俺たちは。
サバの後を。
追った。
しばらく泳ぐと。
サバが。
一匹の魚を指した。
「あいつ」
淡い赤。
黄色い線。
長く伸びた。
尾びれの糸。
イトヨリダイ。
そのイトヨリダイは。
岩の上で。
何かを。
つついていた。
「…………」
俺は。
止まった。
透明な。
防水ケース。
その中に。
黒い板。
画面。
ストラップ。
知っている。
俺は。
あれを。
知っている。
「…………スマホ?」
イトヨリダイが。
画面から。
目も離さずに。
言った。
「あー」
「…………」
「なんすか?」
「なんで魚がスマホ見てんだよ!!!」
次回。
『釣果情報』




