第四十一話 三回目は返してもらえませんでした
小さなマダイが。
三度目の。
空へ消えていった。
「なんでだよおおおおおおお!!!」
上から。
小さな声が。
返ってきた。
「餌なかったから安全だと思ったー!!」
「学習した結果悪化してるうううううう!!!」
カワハギが。
見上げた。
「…………」
「どうした師匠」
「素質なかった」
「見切るの早えよ!!!」
*
俺たちは。
待った。
「そろそろかな」
キンメダイが言った。
「一回目はすぐだったよね」
キントキダイが。
海面を見る。
「二回目も」
そう。
二回とも。
すぐだった。
上へ行って。
人間に見られて。
戻ってきた。
今回も。
そうなる。
はずだった。
「またお前かって言われてるんじゃない?」
キントキダイが言った。
「三回目だからな」
「今度こそ学習しろって」
「俺も言う」
キンメダイが。
少し笑った。
「人間とチカメさん、仲いいですね」
「よくねえよ」
俺たちは。
待った。
*
ぽちゃん。
「来た!」
全員。
振り向いた。
オキアミだった。
「…………」
キンメダイが。
食べた。
「食うんかい」
「もったいないので」
また。
待った。
*
「遅いね」
キンメダイが言った。
「…………」
遅い。
さっきまでなら。
もう戻ってきている。
「針、外すのに時間かかってるんじゃない?」
キントキダイが言った。
「かもな」
俺は。
海面を見た。
人間だった頃。
小さなマダイ。
チャリコ。
釣れたら。
どうしていただろう。
小さい。
逃がす。
もう少し大きければ。
持って帰る。
その境目は。
別に。
決まっていない。
釣った人間が。
決める。
「…………」
「チカメさん?」
「何でもない」
*
しばらくして。
カワハギが。
泳ぎ始めた。
「どこ行くんだ?」
「餌」
「待たないの?」
「何を?」
「マダイ」
カワハギが。
上を見る。
「戻ってこないよ」
「…………」
「何で分かるんだよ」
「もう餌が降ってきたから」
「…………」
俺は。
上を見る。
コマセが。
また。
降り始めていた。
釣りは。
続いている。
「別の仕掛けかもしれないだろ」
「そうかも」
カワハギは。
コマセを追っていった。
「…………」
何なんだよ。
その。
どうでもよさ。
*
キントキダイが。
聞いた。
「三回目は?」
「何が?」
「三回目に釣られると、戻れないの?」
「そんなルールねえよ」
「じゃあ戻ってくる?」
「…………」
分からない。
一回目。
戻ってきた。
二回目。
戻ってきた。
三回目。
戻ってこない。
それだけだ。
「人間が決めるんだよ」
「何を?」
「逃がすか」
「逃がさないか」
「うん」
「どうやって?」
「…………」
俺は。
少し考えた。
「その場で」
「何を見て?」
「大きさとか」
「他には?」
「魚とか」
「他には?」
「その日の気分とか」
「気分?」
「…………」
そう。
気分。
クーラーボックスに。
魚が少なければ。
持って帰るかもしれない。
もう十分釣れていれば。
逃がすかもしれない。
料理するのが。
面倒なら。
逃がすかもしれない。
「命なのに?」
キンメダイが聞いた。
「…………」
俺は。
キンメダイを見る。
魚が。
魚を食う時。
そんなこと。
考えない。
「お前、エビ四匹食った時に考えた?」
「考えてません」
「だろ」
「美味しかったです」
「そこまで聞いてねえよ」
*
キントキダイが。
海面を見た。
「じゃあ」
「うん」
「マダイ、美味しかったら戻ってこない?」
「…………」
「たぶん」
「美味しくなかったら?」
「それはそれで嫌だな」
「どっちがいいの?」
「知らねえよ」
魚として。
戻ってきてほしい。
人間だった俺は。
マダイなら。
食べたい。
「…………」
どっちも。
俺だった。
「面倒くせえな」
「何が?」
「俺が」
*
上から。
また。
仕掛けが降りてきた。
餌付き。
カワハギが。
すぐに来た。
「…………」
「お前、もういいの?」
「何が?」
「さっきのマダイ」
「いないよ」
「そうだけど」
「じゃあ餌食べる」
「…………」
ぱく。
餌だけ。
消えた。
針だけ。
残った。
「相変わらず腹立つ技術だな」
「褒めてる?」
「褒めてねえよ!!」
キンメダイも。
コマセを食べ始めた。
キントキダイも。
一粒。
食べた。
普通だった。
さっきまで。
あいつがいた場所にも。
別の魚が。
泳いでいた。
海は。
空席を。
空席のままにはしてくれない。
「…………」
俺も。
一粒。
食べた。
美味かった。
*
それから。
小さなマダイは。
戻ってこなかった。
誰も。
死亡届を出さない。
誰も。
確認しに行けない。
人間に。
食べられたのか。
まだ。
どこかにいるのか。
俺たちには。
分からない。
ただ。
戻ってこなかった。
それだけだった。
「チカメさん」
キンメダイが。
俺を呼んだ。
「何?」
「これ」
目の前に。
オキアミ。
「食べないんですか?」
「食べる」
ぱく。
「…………」
美味い。
やっぱり。
美味い。
その時。
カワハギが。
俺たちの横を。
ものすごい速さで。
通り過ぎた。
「逃げろ!!」
「え?」
「何!?」
「どうした!?」
カワハギが。
振り返らず。
叫んだ。
「人間が!!」
「人間が!?」
「針を変えた!!」
「…………」
「何に!?」
カワハギの声が。
遠ざかっていく。
「ハゲ針!!」
「お前専用きたあああああああ!!!」
さっきまで。
弟子を取っていた。
師匠が。
全力で逃げていた。
「学習してる!!」
「カワハギさん、すごいですね」
「そこだけは見習え!!!」
次回。
『専門性を持つな。もっと適当に海と接してくれ。』




