第四十話 学習してください
ぱく。
「二回目ええええええええ!!!」
小さなマダイが。
また。
上へ消えていった。
「何で食うんだよ!!」
「餌だったからー!!」
「さっき釣られたばっかりだろ!!」
「お腹すいたからー!!」
「学習しろおおおおお!!!」
*
ぽちゃん。
戻ってきた。
「…………」
「おかえり」
キンメダイが言った。
「ただいま」
「帰宅みたいにすんな!!」
二回目も。
無事だった。
「今度は何て言われた?」
「またお前かって」
「同じ人!?」
「たぶん」
「それで?」
「学習しろって」
「人間と俺の意見が一致した!!」
珍しい。
釣り人と。
完全に。
意見が合った。
*
「いいか」
俺は。
小さなマダイの前に。
オキアミを置いた。
「これは?」
「餌」
「そう」
次に。
海藻を示した。
「これは?」
「海藻」
「そう」
そして。
落ちていた針を。
少し離れた場所から示した。
「これは?」
「針」
「そう!!」
分かってる。
ちゃんと。
分かってる。
「じゃあ」
俺は。
オキアミの横に。
針を置いた。
「これは?」
「餌」
「針を見ろ!!」
「餌の方が大きい」
「大きさの問題じゃねえよ!!」
*
キントキダイが。
小さなマダイを見た。
「人間に育てられたからじゃない?」
「何が?」
「上から来るもの、ずっと餌だったんでしょ」
「…………」
確かに。
小さなマダイが言った。
「上から来るのは餌だよ」
「違う」
「ずっとそうだったよ」
「ここでは違うんだよ」
「なんで?」
「海だから」
「…………」
俺は。
言ってから。
自分でも。
ずいぶん雑な説明だと思った。
でも。
海では。
上から。
いろんなものが来る。
餌。
針。
糸。
ゴミ。
たまに。
よく分からないもの。
人間に育てられていたこいつには。
その区別がない。
「じゃあ」
小さなマダイが聞いた。
「どうやって見分けるの?」
「よく見る」
「見たよ」
「針あっただろ」
「あった」
「じゃあ食うなよ!!」
「でも餌もあった」
「強いな、その理屈!!」
その時。
カワハギが。
横を通り過ぎた。
小さなマダイを見る。
「…………」
「何だよ」
カワハギが。
言った。
「素質がある」
「何のだよ!!」
そのまま。
泳いでいった。
*
俺たちは。
もう一度。
小さなマダイに。
針を教えた。
「とにかく」
「うん」
「針があったら食うな」
「分かった」
「餌が美味しそうでも」
「うん」
「食うな」
「分かった」
「腹が減ってても」
「うん」
「食うな」
「分かった」
「本当に?」
「分かった」
その時。
上から。
仕掛けが降りてきた。
オキアミが。
ゆらゆら。
揺れている。
小さなマダイが。
見る。
「…………」
「食うなよ」
「分かってる」
「針、見える?」
「見える」
「じゃあ離れろ」
「…………」
「何で近づいてんの?」
「見るだけ」
「離れろ」
「食べないから」
「その距離で信用できるか!!」
小さなマダイが。
じっと。
オキアミを見る。
その時。
「違うよ」
「…………」
カワハギが。
戻ってきた。
「何が?」
「餌は食べるんだよ」
「お前は来るな」
「針だけ残す」
「来るなって言ってんだろ!!」
小さなマダイの。
目が輝いた。
「できるの?」
「できるよ」
「教えるな!!」
*
カワハギが。
仕掛けに近づいた。
オキアミ。
針。
糸。
一瞬。
止まる。
ぱく。
「…………」
餌だけ。
消えた。
針だけが。
残っている。
「すごい……」
小さなマダイが。
感動していた。
キンメダイも。
感動していた。
「すごいですね」
「簡単だよ」
「簡単じゃねえよ!!」
俺は。
空になった針を見た。
「相変わらず腹立つ技術だな」
「褒めてる?」
「褒めてねえよ!!」
*
「やってみる?」
カワハギが聞いた。
「やる!」
「やらなくていい!!」
「でも釣られないよ」
「食わなきゃもっと釣られないんだよ!!」
小さなマダイが。
首を傾げた。
「でも餌は食べたい」
カワハギが。
頷いた。
「やっぱり素質ある」
「育てるな!!」
*
もう一本。
仕掛けが。
降りてきた。
「よく見て」
「うん」
カワハギが。
横で教えている。
「餌だけ」
「うん」
「針は残す」
「うん」
「人間は?」
「悲しむ」
「そこまで教えるな!!」
小さなマダイが。
仕掛けに近づく。
真剣だ。
さっきまでとは。
目が違う。
餌を見る。
針を見る。
糸を見る。
「…………」
いい。
ちゃんと。
見てる。
カワハギが。
小さく言った。
「今」
小さなマダイが。
動いた。
ぱく。
オキアミだけが。
消えた。
針は。
残った。
「…………」
「できた!」
「おお!!」
思わず。
俺も。
声が出た。
「やったね」
キンメダイが。
喜んでいる。
キントキダイも。
「すごいじゃん」
カワハギが。
静かに。
頷いた。
「やっぱり素質ある」
「…………」
俺も。
ちょっと。
感動した。
人間に育てられ。
海に放され。
何も知らなかった魚が。
自分で。
海を生きる方法を。
ひとつ。
覚えた。
「よかったな」
「うん!」
「もう簡単には釣られないぞ」
「うん!」
カワハギが。
言った。
「次は二本針」
「進級させるな!!」
*
その時。
海面から。
大量のコマセが。
降ってきた。
小さなマダイが。
振り向いた。
「餌!!」
「それは食っていい!!」
ぱく。
ぱく。
ぱく。
「そうそう」
ぱく。
ぱく。
「それは安全」
キンメダイも。
参加した。
キントキダイも。
参加した。
カワハギも。
参加した。
俺も。
一粒。
食べた。
その横を。
一本の針が。
ゆっくり。
沈んでいった。
餌は。
付いていない。
小さなマダイが。
見る。
「…………」
見る。
近づく。
「おい」
「餌ないね」
「そうだな」
「針だけだね」
「そうだな」
「…………」
嫌な予感がした。
「何考えてる?」
「餌ないから」
「うん」
「食べても盗んだことにならない」
「誰が倫理を教えた!?」
カワハギが。
首を振った。
「それは食べない」
「ほら!! 師匠も止めてるぞ!!」
小さなマダイが。
針を見る。
「でも」
「でも?」
「餌ないなら安全?」
「何でそうなるんだよ!!」
ぱく。
「針だけ食うなあああああああ!!!」
竿が。
上がった。
小さなマダイが。
三度目の。
空へ。
消えていった。
「なんでだよおおおおおおお!!!」
上から。
小さな声が。
返ってきた。
「餌なかったから安全だと思ったー!!」
「学習した結果悪化してるうううううう!!!」
カワハギが。
見上げた。
「…………」
「どうした師匠」
「素質なかった」
「見切るの早えよ!!!」
次回。
『三回目は返してもらえませんでした』




