第三十九話 その魚、どこから来ました?
「人間が持ってきた魚!!」
「…………」
遠くから。
一匹の魚が。
ゆっくり。
泳いできた。
小さい。
赤い。
「…………」
俺は。
嫌な予感がした。
キントキダイが言った。
「マダイ」
「…………」
キンメダイも。
目を丸くした。
「マダイさん?」
「いや」
俺は。
近づいてくる魚を見る。
小さい。
明らかに。
小さい。
「別のマダイだ」
「マダイさん、小さくなった?」
「別のマダイだって言ってんだろ!!」
魚は。
俺たちの前まで来た。
「こんにちは」
「…………」
普通だ。
マダイなのに。
長い組織名を。
名乗らない。
「こんにちは」
キンメダイが返した。
俺は。
念のため聞いた。
「徴収?」
「何が?」
「よし」
違う。
安心した。
*
「で」
俺は。
ソウダガツオを見る。
「陸から来たってどういうこと?」
「人間が持ってきた!」
「それは聞いた」
「いっぱい!」
「いっぱい?」
「この魚みたいなのがいっぱい!」
俺は。
小さなマダイを見る。
「お前、人間に捕まってたの?」
「ううん」
「じゃあ船に?」
「乗ってた」
「どこから?」
「分かんない」
「その前は?」
「水」
「そりゃそうだよ!!」
魚に出生地を聞く。
難しい。
「海?」
「違う」
「川?」
「違う」
「じゃあどこ?」
小さなマダイが。
考えた。
「四角いところ」
「四角いところ?」
「うん」
「広い?」
「狭い」
「底は?」
「平ら」
「岩は?」
「ない」
「海藻は?」
「ない」
「餌は?」
「上から来る」
「…………」
キンメダイが。
俺を見る。
「オールインクルーシブ」
「違う!!」
*
分かった。
たぶん。
人間に育てられた魚。
水槽か。
生け簀か。
種苗施設。
そこから。
放流された。
「お前」
俺は聞いた。
「ずっと人間から餌もらってた?」
「うん」
「毎日?」
「うん」
「決まった時間に?」
「だいたい」
「…………」
すごい。
キントキダイが言った。
「働かなくていい?」
「働く?」
小さなマダイが。
首を傾げる。
「知らない」
キンメダイが聞いた。
「税金は?」
「税金?」
「知らない?」
「知らない」
「…………」
全員。
黙った。
「完全なる自由」
キントキダイが言った。
「待て」
「餌は毎日無料」
「待て待て」
「住む場所も無料」
「そうだけど」
「外敵もいない?」
小さなマダイが言った。
「いなかった」
「…………」
キントキダイが。
俺を見る。
「チカメ」
「何」
「そっちの方がよくない?」
「…………」
否定。
しづらい。
*
「でも」
キンメダイが。
小さなマダイに聞いた。
「なんで海に来たんですか?」
「人間が連れてきた」
「自分で?」
「ううん」
「出たかった?」
「分かんない」
「帰りたい?」
「…………」
小さなマダイは。
少し考えた。
「帰るって?」
「前にいたところへ」
「どうやって?」
「…………」
キンメダイが。
俺を見る。
「俺を見るな」
帰れない。
放流された魚に。
元の施設へ戻る方法なんて。
あるわけがない。
でも。
小さなマダイは。
特に困った顔をしていなかった。
「ここ、餌ある?」
「あるよ」
キンメダイが答えた。
「上から降ってきます」
「同じだ」
「同じじゃない」
俺は。
すぐ止めた。
「こっちの餌には針が入ってる場合がある」
「針?」
「食べると上に連れていかれる」
「上?」
「水のない世界」
「…………」
小さなマダイが。
固まった。
「怖っ」
「そうなるよな!!」
やっと。
まともな反応が返ってきた。
*
「でもコマセなら大丈夫です」
キンメダイが言った。
「だいたい」
「だいたいを付けろ!!」
「今は無料です」
「無料になったわけでもない!!」
キントキダイが。
小さなマダイに教える。
「いっぱい食べていいよ」
「お前が言うな!!」
「今、誰も数えてないから」
「制度の穴を新人に教えるな!!」
小さなマダイが。
俺を見る。
「数える?」
「忘れていい」
「何を?」
「全部だ」
この子には。
相模湾コマセ機構を。
知らないまま育ってほしい。
*
その時。
上から。
コマセが降ってきた。
ぱら。
ぱらぱら。
小さなマダイが。
反応した。
速い。
ぱく。
一粒。
ぱく。
二粒。
ぱく。
三粒。
「…………」
俺たちは。
見ていた。
「すごい食べるね」
キンメダイが言った。
「毎日もらってたから」
ぱく。
ぱく。
ぱく。
迷いがない。
降ってくる餌は。
食べる。
そういう環境で。
育った魚。
「…………」
俺は。
少し嫌な予感がした。
「おい」
「何?」
「それ全部コマセだからいいけど」
「うん」
「針についてるやつは食うなよ」
「分かった」
「絶対だぞ」
「分かった」
「上から来るもの全部が飯じゃないからな」
「分かった」
よし。
通じた。
その時。
一本の仕掛けが。
降りてきた。
針に。
オキアミ。
小さなマダイの。
目の前。
「…………」
小さなマダイが。
見る。
俺も。
見る。
「それ」
「うん」
「さっき言ったやつ」
「うん」
「食うなよ」
「うん」
オキアミが。
揺れた。
小さなマダイが。
揺れた。
「…………」
「おい」
「食べない」
「よし」
オキアミが。
ふわ。
「…………」
マダイも。
ふわ。
「餌と一緒に動くな」
「食べない」
「なら離れろ」
「食べない」
「近い近い近い!!」
オキアミが。
また。
ふわ。
ぱく。
「食ったあああああ!!!」
竿が。
上がった。
小さなマダイも。
上がった。
「言っただろおおおおお!!!」
「餌だったからー!!」
「針もあっただろ!!」
「見えなかったー!!」
どんどん。
上へ。
上へ。
小さなマダイが。
消えていく。
「…………」
キンメダイが。
見上げた。
「陸から来て」
キントキダイが続けた。
「陸に帰った」
「帰省みたいに言うな!!!」
*
しばらくして。
ぽちゃん。
「…………」
小さなマダイが。
落ちてきた。
「戻ってきた!!」
俺は。
駆け寄った。
「大丈夫!?」
「うん」
「何された!?」
「見られた」
「それから!?」
「小さいチャリコか……捌くのめんどくさいな」
「って」
「それで?」
「ぽい」
「命の分岐がめんどくさいで決まった!!」
「…………」
小さなマダイが。
俺を見る。
「水のない世界」
「うん」
「眩しかった」
「そうか」
「人間いた」
「いたか」
「大きかった」
「そうだろうな」
少し。
震えている。
でも。
無事だった。
「もう針食うなよ」
「うん」
その時。
また。
仕掛けが降りてきた。
小さなマダイが。
見る。
俺も。
見る。
「…………」
「…………」
「食うなよ」
「分かってる」
オキアミが。
ふわ。
小さなマダイも。
ふわ。
「だから餌と一緒に動くな!!」
「食べない」
「絶対?」
「絶対」
ぱく。
「二回目ええええええええ!!!」
次回。
『学習してください』




