第三十八話 水のない世界
「お前は一生行けねえよ!!!」
カワハギは。
俺の話なんか聞かずに。
次の餌を探しに行った。
「…………」
海面を見る。
水のない世界。
陸。
昨日まで。
そんなもの。
魚たちは。
ほとんど気にしていなかった。
だが。
一度知ってしまうと。
気になるらしい。
「チカメさん」
キンメダイが来た。
「何?」
「陸の話してください」
「嫌だ」
「なんで?」
「面倒なことになるから」
「まだ何もしてませんよ」
「お前らは何もしてなくても面倒になるんだよ」
キントキダイも来た。
「人間は水なしでどうやって寝るの?」
「ほら始まった!!」
*
「普通に寝るよ」
「どこで?」
「家」
「家?」
「人間が住む場所」
「穴?」
「穴じゃない」
「岩陰?」
「違う」
「海藻の中?」
「海から離れろ!!」
俺は。
考えた。
魚に。
家を説明する。
難しい。
「壁があって」
「壁」
「屋根があって」
「屋根」
「部屋がある」
「部屋」
「その中で寝る」
キンメダイが。
首を傾げた。
「なんで?」
「なんで!?」
「その辺で寝ればいいのに」
「人間はその辺で寝ないんだよ!!」
キントキダイが言った。
「家がないと寝られない?」
「まあ、寝ようと思えば寝られるけど」
「じゃあいらない」
「人間社会を開始五秒で否定するな!!」
*
「家って」
キンメダイが聞いた。
「どうやって手に入れるんですか?」
「…………」
嫌なところへ来た。
「買ったり」
「買う」
「借りたり」
「借りる」
「金を払う」
「…………」
キンメダイが。
俺を見る。
「食べなくても?」
「払う」
「住んでるだけで?」
「払う」
キントキダイが聞いた。
「毎日?」
「賃貸なら、だいたい月ごと」
「住んだ分を数える魚がいるの?」
「魚じゃねえよ!!」
「誰が数えるの?」
「大家とか管理会社とか……」
「徴収担当?」
「違う!!」
違う。
はずだ。
急に。
自信がなくなった。
「陸にもマダイみたいな奴いるじゃん」
「…………」
違う。
と。
言い切れなかった。
*
「じゃあ餌は?」
キントキダイが聞いた。
「昨日言っただろ。店で買う」
「捕らないの?」
「普通はな」
「落ちてこない?」
「落ちてこない」
「…………」
二匹が。
驚いた。
そこなのか。
「コマセは?」
「人間はコマセ食わない」
「じゃあ何食べるの?」
「米とか、肉とか、魚とか」
「魚」
しまった。
「魚?」
キンメダイが。
聞き返した。
「…………」
「魚を買うんですか?」
「まあ」
「魚なのに?」
「人間がな!!」
キントキダイが。
俺を見る。
「どこで?」
「スーパー」
「すーぱー」
「食べ物とか色々売ってる店」
「魚も?」
「売ってる」
「生きてる?」
「…………」
「チカメ?」
「次の質問」
「生きてる?」
「次の質問!!」
キンメダイが。
少し考えた。
「どんな魚?」
「次!!」
「キンメダイも?」
「次いいいいいい!!!」
なんで。
自分から。
鮮魚売り場に近づいてしまったんだ。
*
ネンブツダイも。
話を聞きに来た。
「人間は魚を買って、どうするの?」
「…………」
「飼う?」
「そういう店もある」
「じゃあスーパーは?」
「…………」
俺は。
ネンブツダイを見る。
海の金魚。
「お前はたぶん売ってない」
「なんで!?」
「喜ぶところだよ!!」
*
話が広まった。
当然。
広まった。
「陸では餌が降ってこないらしい」
「自分で買うんだって」
「寝る場所にも金がいるって」
「水もないって」
「魚も売ってるって」
情報だけ並べると。
ひどい。
「水がない」
「餌もない」
「寝るだけで金がかかる」
「魚が売られている」
「…………」
一匹が言った。
「なんで人間、そんなところに住んでるの?」
「俺も今ちょっと分からなくなってきた」
魚として聞くと。
陸。
ものすごく住みにくい。
*
さらに。
イスズミが来た。
「陸では、臭い魚はどうなる?」
「まだ気にしてたの!?」
ニザダイも来た。
「俺も聞きたい」
「二匹で来るな!!」
「売られる?」
「魚による」
「俺は?」
「知らない!!」
「食べられる?」
「食べる地域も人もいる!!」
イスズミが。
少し嬉しそうにした。
「じゃあ俺、美味しい?」
「その質問、俺に答えさせるな!!」
ニザダイが。
イスズミを見る。
「俺は?」
「競うな!!」
なんで。
リリース組が。
商品価値を確認し始めてるんだ。
*
岩陰から。
ウツボが。
顔を出した。
口元には。
針。
「俺は?」
「…………」
「売ってる?」
「地域によっては食う」
「そうか」
それだけ言って。
戻ろうとする。
「待って」
キンメダイが。
ウツボを止めた。
「陸に行きたいんですか?」
「別に」
「じゃあなんで聞いたんですか?」
ウツボが。
少し考えた。
「三回も釣られたから」
口元の針が。
揺れた。
「一回くらい、何のためだったのか知りたかった」
「…………」
ちょっと。
いい話みたいにするな。
全部。
途中でハリス切られてる。
「三回とも人間が諦めただけだよ」
「そうか」
「納得すんな!!」
ウツボは。
帰っていった。
強い。
精神が。
強い。
*
夕方。
魚たちの間で。
陸についての情報が。
まとまった。
水がない。
餌は有料。
住む場所も有料。
魚が売られている。
人間が大量にいる。
釣られると。
連れて行かれることがある。
「…………」
キンメダイが言った。
「怖いところですね」
「普通だよ」
「チカメさん、そこに住んでたんですよね?」
「住んでた」
「なんで?」
「人間だったから」
キントキダイが。
聞いた。
「楽しかった?」
「…………」
俺は。
少し考えた。
楽しかった。
たぶん。
それなりに。
釣りもした。
美味いものも食べた。
車にも乗った。
仕事もした。
金も使った。
税金も払った。
確定申告も――
「…………」
嫌な記憶が。
最後に来た。
「魚の方がいいかもしれない」
「そうなの?」
「今のところ」
俺は。
周りを見る。
水は。
無料。
寝る場所も。
だいたい無料。
餌は。
今。
上から降ってきた。
ぱら。
「福音だー!!」
遠くで。
魚たちが突っ込んでいく。
「…………」
キンメダイが言った。
「オールインクルーシブですね」
「その言葉まだ残ってたの!?」
キントキダイも。
コマセへ向かう。
「陸よりいいじゃん」
「…………」
否定できない。
俺も。
一粒食べた。
ぱく。
美味い。
家賃。
ゼロ。
食費。
ゼロ。
水道代。
ゼロ。
「…………」
俺。
なんで人間だった頃。
あんなに金払ってたんだろう。
その時。
ソウダガツオが。
ものすごい勢いでやって来た。
「チカメ様ー!!」
「様やめろ!!」
「大変!!」
「今度は何!?」
「陸から魚が来たって!!」
「…………」
俺は。
止まった。
「何?」
「陸から!」
ソウダガツオが。
叫んだ。
「魚が海に来た!!」
「魚は最初から海にいるだろ!!」
「違う!」
ソウダガツオが。
俺の後ろを指した。
「人間が持ってきた魚!!」
「…………」
俺は。
振り返った。
魚たちも。
振り返った。
遠くから。
見たことのない魚が。
一匹。
ゆっくり。
こちらへ泳いできていた。
次回。
『その魚、どこから来ました?』




