第三十七話 戻ってこない魚
「お前は黙ってろ!!」
ぱく。
「俺の目の前で食うなああああ!!!」
カワハギは。
餌だけ食べて。
またどこかへ行った。
「…………」
静かになった。
ネンブツダイが言った。
「でも」
「何?」
「戻ってこない魚もいるよね」
「…………」
俺は。
海面を見た。
マダイは。
戻ってこない。
チヌ爺も。
戻ってこなかった。
釣られて。
帰ってくる魚。
帰ってこない魚。
俺は。
その違いを知っている。
人間だったから。
知っている。
「どこに行くんですか?」
キンメダイが聞いた。
「…………」
クーラーボックス。
氷。
家。
台所。
包丁。
まな板。
刺身。
塩焼き。
煮付け。
「…………」
魚を前にすると。
ものすごく言いづらい。
「チカメさん?」
「食われる」
「…………」
言った。
キンメダイが。
俺を見る。
キントキダイも。
俺を見る。
周りの魚も。
俺を見る。
「人間に?」
「うん」
「魚を?」
「うん」
「食べるの?」
「食べる」
「…………」
沈黙。
俺は。
少し後悔した。
もっと。
言い方があった気がする。
すると。
キントキダイが言った。
「魚も魚食べるよ」
「…………」
そうだった。
「昨日も食べた」
「何を?」
「小魚」
「そういう報告はいらない」
キンメダイも言った。
「僕もエビ食べました」
「知ってる」
「四匹」
「納税用のやつな!!」
思ったより。
誰も気にしていなかった。
「じゃあ」
ネンブツダイが聞いた。
「釣られた魚を、人間が食べるの?」
「だいたいはな」
「なんで?」
「なんでって……」
魚だから。
とは。
言いづらい。
「美味しいから」
「…………」
また。
全員が俺を見る。
「俺を見んな!!」
イスズミが。
少し離れたところから聞いた。
「俺は?」
「聞くな!!」
ニザダイも。
「俺は?」
「お前も聞くな!!」
ネンブツダイ。
「僕は?」
「海の金魚!!」
「やった!」
「だから褒めてねえよ!!」
*
キンメダイが。
海面を見た。
「じゃあ」
「うん」
「釣られた後、人間に食べられるまで」
「うん」
「どこにいるんですか?」
「…………」
そこか。
「まず船の上」
「船」
「それからクーラーボックスに入れられたりする」
「その後は?」
「陸」
「りく?」
「…………」
全員。
知らない顔をした。
そうか。
魚に。
陸を説明するのか。
「海じゃないところ」
「川?」
「違う」
「浅いところ?」
「違う」
「干潮?」
「違う!!」
「じゃあ何?」
「水がない」
「…………」
全員。
止まった。
「水が」
キンメダイが聞く。
「ない?」
「ない」
「少ない?」
「ない」
「どのくらい?」
「ゼロ」
「…………」
ざわ。
魚たちが。
少しざわついた。
「水がゼロ?」
「そう」
「そんなところあるの?」
「あるよ!!」
「何があるの?」
「人間」
「…………」
ざわざわ。
なんだ。
この。
地獄を説明してる感じ。
*
「人間は」
キントキダイが聞いた。
「水なしで生きてるの?」
「そう」
「ずっと?」
「ずっと」
「苦しくないの?」
「苦しくない」
「なんで?」
「空気を吸うから」
「空気?」
「…………」
面倒になってきた。
「水じゃない透明なやつ」
キンメダイが。
周囲の海を見る。
「これ?」
「それ水!!」
「透明だけど」
「そういう話じゃない!!」
ネンブツダイが聞いた。
「人間は泳がないの?」
「泳ぐこともある」
「水ないのに?」
「水があるところで泳ぐんだよ!!」
「わざわざ?」
「わざわざ」
「なんで?」
「趣味」
「…………」
また。
全員が黙った。
「人間って」
キントキダイが言った。
「水がないところに住んでるのに、水に入りに来るの?」
「そう」
「魚を釣るために?」
「それもある」
「釣った魚を水がないところに持っていくの?」
「そう」
「食べるために?」
「そう」
「…………」
キントキダイが。
俺を見る。
「何してるの?」
「人間だよ!!」
説明を。
諦めた。
*
そこへ。
ソウダガツオが来た。
「何の話ー?」
最悪のタイミングだった。
「何でもない」
「水がないところの話?」
「なんで知ってんの!?」
「今聞いた!」
「じゃあ聞くな!!」
キンメダイが言った。
「陸っていうらしいですよ」
「キンメ!!」
「陸?」
ソウダガツオが。
目を輝かせた。
嫌な目だった。
「水ないの?」
「ないよ」
「魚いる?」
「基本いない」
「人間いる?」
「いる」
「いっぱい?」
「いっぱいいる」
「へえええええ!!」
「待てよ」
もう。
遅い。
ソウダガツオは。
泳ぎ出していた。
「水のないところに人間がいっぱいいるってー!!」
「それだけ伝えるなあああああ!!!」
遠くで。
別の魚が聞いた。
「何ー!?」
「水がないー!!」
「どこがー!?」
「上ー!!」
「雑!!!」
さらに。
向こう。
「上には水がないってー!!」
「知ってる魚は知ってるだろ!!」
その先。
「海の上、水なくなったってー!!」
「災害情報にするなあああああ!!!」
魚たちが。
ざわつき始めた。
「水なくなったの?」
「大丈夫?」
「こっちまでなくなる?」
「避難する?」
「どこに!?」
「深いところ!」
「待て待て待て!!」
俺は。
ソウダガツオを追った。
「海の水はなくなってない!!」
「でも上にはないんでしょ!?」
「最初からないんだよ!!」
「いつから!?」
「ずっとだよ!!」
「ずっと水がない!?」
「そう!!」
「大変だー!!」
「大変じゃねえよ!!!」
人類。
魚から。
ずっと水不足だと思われ始めた。
*
噂を訂正するのに。
少し時間がかかった。
結局。
魚たちには。
こう伝わった。
海面の向こうには。
水のない場所がある。
そこを。
陸という。
人間は。
そこで暮らしている。
「…………」
まあ。
間違ってはいない。
キンメダイが。
上を見た。
「陸かあ」
「興味あるの?」
「ちょっと」
「やめとけ」
「なんで?」
「お前、呼吸できないから」
「チカメさんは?」
「俺も魚だから無理だよ」
「でも昔は人間だったんですよね?」
「昔はな」
「陸にいた?」
「いたよ」
「何してたんですか?」
「…………」
仕事。
釣り。
買い物。
飯。
車。
サウナ。
いろいろ。
「普通に暮らしてた」
「水なしで?」
「その確認毎回いる!?」
キントキダイが聞いた。
「餌は?」
「店で買う」
「店?」
「金を払って食べ物を買う場所」
「…………」
嫌な沈黙。
キンメダイが。
ゆっくり俺を見る。
「食べた分、払うんですか?」
「…………」
やめろ。
「人間も?」
「…………」
やめろ。
「陸でも?」
「…………」
やめろ。
「チカメ」
キントキダイが言った。
「同じじゃん」
「違ああああああう!!!」
逃げても。
逃げても。
税金と。
支払いが。
追ってくる。
陸まで。
相模湾コマセ機構だった。
「もう陸の話やめよう!!」
俺は。
強引に話を終わらせた。
その時。
海面から。
一本の仕掛けが。
降りてきた。
魚たちが。
一斉に見る。
針。
餌。
その向こう。
水のない世界。
「…………」
ネンブツダイが。
俺に聞いた。
「これに食いついたら、陸に行ける?」
「行ける」
「…………」
「でも帰ってこられるとは限らない」
ネンブツダイは。
針から離れた。
「やめとく」
「賢明だ」
横から。
カワハギが来た。
ぱく。
餌だけ。
なくなった。
「…………」
針だけが。
残った。
カワハギが言った。
「陸、遠いね」
「お前は一生行けねえよ!!!」
次回。
『水のない世界』




