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第三十六話 釣られた魚はどこへ行く




「ビュッフェだああああ!!!」



「福音追加!!」



「こっちにも来たぞー!!」



「押すなー!!」



まだやっていた。



相模湾は。



まだ祭りだった。



海面からコマセが降るたび。



魚たちが。



一斉に突っ込んでいく。



ぱく。



ぱく。



ぱく。



「…………」



昨日まで。



一粒食べるたびに。



マダイが数えていた。



そのマダイは。



もういない。



上へ。



釣られていった。



「…………」



俺は。



海面を見た。



「チカメさん」



キンメダイが来た。



口から。



オキアミの尻尾が出ている。



「何?」



「食べないんですか?」



「食ってるよ」



「さっきから上ばっかり見てます」



「…………」



見ていた。



マダイが消えた場所。



あそこから。



上へ行った。



それっきり。



戻ってこない。



「釣られた魚ってさ」



俺は言った。



「どこ行くんだろうな」



キンメダイが。



首を傾げた。



「上ですよ?」



「そこまでは俺も見てたよ」



キントキダイも来た。



「船」



「それも知ってる」



「じゃあ人間」



「雑に正解へ行くな」



俺は。



人間だった。



だから。



知っている。



釣った魚が。



どうなるのか。



持って帰る。



食べる。



逃がす。



写真を撮る。



魚拓を取る。



人にあげる。



魚によって。



釣り人によって。



全然違う。



でも。



魚になってから。



一つ。



気づいたことがある。



釣られた側からしたら。



何一つ。



分からない。



「戻ってきた魚に聞けばいいんじゃない?」



キントキダイが言った。



「いるの?」



「いるよ」



「どこに?」



「その辺」



「魚の住所ざっくりしすぎだろ」



*



いた。



思ったより。



普通にいた。



最初に来たのは。



大きなスズキだった。



「俺は何回もあるぞ」



「何回も!?」



「上に行くと、人間がいる」



「うん」



「持ち上げられる」



「うん」



「写真を撮られる」



「うん」



「戻される」



「…………」



キンメダイが聞いた。



「なんで?」



スズキが。



俺を見る。



俺を見るな。



「まあ……シーバスはキャッチ・アンド・リリースする人も多いからな」



「シーバス?」



「お前のこと」



「俺はスズキだぞ」



「人間はお前を横文字にすると急に逃がしたくなるんだよ」



「なんで?」



「俺に聞くな!!」



人間だった頃も。



そこは。



ちょっと不思議だった。



*



次に来たのは。



イスズミだった。



「俺も戻された」



「何された?」



「釣られた」



「それから?」



「人間が俺を見た」



「うん」



「嫌そうな顔をした」



「…………」



「それから戻された」



キンメダイが聞いた。



「なんで嫌そうな顔したんですか?」



「…………」



俺を見るな。



「まあ」



言いにくい。



「人によっては……臭いっていうか」



「臭い?」



イスズミが。



こっちを見た。



「俺が?」



「俺は言ってない!!」



「人間は言ったの?」



「言う人はいる!!」



「臭いから海に戻されたの?」



「そういう場合もある!!」



イスズミが。



自分の体を嗅ごうとした。



「届かない」



「確認しなくていい!!」



*



その横から。



ニザダイが出てきた。



「俺もだ」



「お前も?」



「釣られて」



「うん」



「見られて」



「うん」



「戻された」



「…………」



嫌な予感がする。



ニザダイが聞いた。



「俺も臭い?」



「俺に聞くなって!!」



イスズミが。



ニザダイを見る。



ニザダイも。



イスズミを見る。



「お前も?」



「お前も?」



「そこで仲間意識を持つな!!」



*



次。



小さな魚が来た。



ネンブツダイ。



「僕も釣られたことあるよ」



「どうなった?」



「海の金魚って言われた」



「…………」



「それから戻された」



キンメダイが。



目を輝かせた。



「金魚なんですか?」



「違う」



「でも海の金魚って」



「人間が勝手に言ってるだけ!!」



ネンブツダイは。



少し嬉しそうだった。



「金魚って何?」



「そこからかよ!!」



*



次。



小さなフグみたいな魚が。



ゆっくり来た。



キタマクラ。



「俺も戻された」



「まあ、お前はな」



「人間が怒ってた」



「何て?」



「ぜいきんどろぼう」



「…………」



俺は。



固まった。



キンメダイも。



キントキダイも。



俺を見る。



「チカメさん」



「何も言うな」



「税金」



「言うな」



「泥棒」



「やめろ!!」



キタマクラが聞いた。



「税金泥棒って何?」



「今いちばん聞きたくない言葉だよ!!」



昨日まで。



俺は。



税金を払っていた。



今日は。



税金泥棒と話している。



魚生。



自由になったと思ったら。



まだ税金が追ってきた。



*



「俺もあるぞ」



低い声がした。



岩の隙間から。



長い魚が出てきた。



ウツボ。



「…………」



口元に。



針が刺さっていた。



「それ」



俺は言った。



「針?」



「そうだ」



「外してもらえなかったの?」



「糸を切られた」



「うわ」



人間側の光景が。



簡単に想像できた。



釣れた。



ウツボだった。



暴れる。



危ない。



面倒。



ハリスを切る。



終了。



「痛くないの?」



キンメダイが聞いた。



「慣れた」



「慣れた?」



俺は。



ウツボをよく見た。



口の反対側にも。



針があった。



「…………」



「何だ」



「それも?」



「ああ」



「二回やられてんの!?」



「三回だ」



「もう一本どこだよ!!」



ウツボは。



答えなかった。



「いや怖い怖い怖い!!」



どこにあるんだ。



三本目。



ウツボは。



何事もなかったように。



岩の隙間へ戻っていった。



「…………」



人間。



もうちょっと。



頑張って外してやれよ。



*



「僕も!」



カワハギが来た。



「お前も釣られたの?」



「餌食べた」



「それから?」



「また餌食べた」



「それから?」



「針だけになった」



「釣られてねえじゃねえか!!」



「人間、悲しそうだった」



「そりゃそうだよ!!」



「また餌が来た」



「追い打ちかけるな!!」



「それも食べた」



「帰れ!!」



カワハギは。



満足そうに帰っていった。



*



話を聞いて。



分かった。



釣られて。



戻ってきた魚は。



結構いる。



写真を撮られて。



戻された魚。



臭いと言われて。



戻された魚。



金魚扱いされて。



戻された魚。



税金泥棒と罵られて。



戻された魚。



針を残されたまま。



戻された魚。



そもそも。



釣られていない魚。



「人間って」



キンメダイが言った。



「魚を釣って、何がしたいんですか?」



「…………」



俺は。



答えられなかった。



人間だった頃なら。



簡単だった。



釣りがしたい。



魚を釣りたい。



それだけ。



でも。



魚になってから聞くと。



ものすごく。



説明しづらい。



「釣って」



キントキダイが言った。



「戻す」



「うん」



「また釣る」



「うん」



「戻す」



「うん」



「何してるの?」



「趣味だよ!!」



「変な趣味」



「知ってるよ!!」



俺だって。



やってたんだよ。



*



その時。



ネンブツダイが。



ぽつりと言った。



「でも」



「何?」



「戻ってこない魚もいるよね」



「…………」



誰も。



喋らなかった。



海面を見る。



マダイは。



戻ってこない。



チヌ爺も。



戻ってこなかった。



釣られた魚が。



全員。



海へ帰ってくるわけじゃない。



俺は。



その先を知っている。



人間だったから。



知っている。



「…………」



キンメダイが。



俺を見る。



「チカメさん?」



「…………」



その時。



横から。



カワハギが戻ってきた。



「また餌来たよ」



「…………」



「食べる?」



「お前は黙ってろ!!」



ぱく。



「俺の目の前で食うなああああ!!!」



次回。


『戻ってこない魚』

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