第三十四話 払っている途中で食べないでください
「一粒追加でーす」
遠くから。
マダイの声がした。
「んんんんんんんんんんんんんん!!!!!」
俺はまだエビを咥えている。
喋れない。
キントキダイは。
もう喋れる。
納税用のエビを食ったから。
「美味しい」
「んんんんんん!!!」
しかも。
コマセまで一粒食った。
未納。
九粒から十粒。
こいつ。
払っている途中で増やしやがった。
「キントキダイ様」
マダイが近づいてきた。
「はい」
「ただいまの一粒につきましても、受益として記録いたしました」
「はい」
「はいじゃねえ!!」
思わず叫んだ。
エビが。
ぽろっ。
「あ」
落ちた。
「…………」
俺。
エビ。
俺。
エビ。
すぐ追った。
ぱく。
間に合った。
「危なっ!!」
また咥える。
「んんんんん!!」
マダイが言った。
「チカメキントキ様。納付予定の現物を紛失されますと――」
「んんんんんん!!!」
分かってる。
だから拾っただろ。
もう。
何も喋れない。
何も食べられない。
目の前にはコマセ。
口には納税用のエビ。
俺は何をしているんだ。
*
ぱらぱら。
また。
上からコマセが降ってきた。
キンメダイが来た。
「あ」
ぱく。
食べた。
「んん!?」
「僕は完納してますから」
ぱく。
もう一粒。
「美味しい」
「んんんんんん!!!」
腹立つ。
完納した魚が。
目の前で自由を満喫している。
キントキダイも。
ぱく。
「お前は食うな!!」
今度はエビを落とさないように。
口の端から無理やり叫んだ。
「まだ十粒あるんだぞ!!」
「でも降ってくるよ」
「降ってきても食うな!!」
「もったいない」
「お前の未納が増える方がもったいないわ!!」
ぱらぱら。
コマセ。
キンメダイは食う。
キントキダイも食う。
俺だけ食えない。
前世の俺が撒いたコマセを。
今世の俺が税金を理由に我慢している。
何なんだ。
この転生。
*
マダイは。
上を見ていた。
「どうした?」
俺はエビを咥えたまま聞いた。
「散布状況を確認します」
「ん?」
「現在の散布量と受益状況に差異がないか、確認が必要ですので」
「…………」
仕事熱心だな。
マダイは。
ゆっくり上へ泳いでいった。
降ってくるコマセの中へ。
「お前も食うの?」
「いいえ」
即答だった。
「調査中の摂食はいたしません」
「そこはちゃんとしてんだな」
マダイは。
コマセを食べない。
一粒も。
周囲の魚が食べる様子を見ている。
「一匹、二粒」
「二匹目、三粒」
「三匹目――」
数えている。
本当に。
数えている。
「…………」
こいつがいなくなったら。
誰が数えるんだろう。
一瞬。
そんなことを考えた。
その時だった。
海の上で。
竿が動いた。
*
教祖は。
釣れていなかった。
「おかしいですなあ」
船の上。
魚探には反応がある。
コマセも撒いている。
だが。
釣れない。
「皆さん、随分召し上がっているようですが」
竿先を見る。
動かない。
「食後に一匹くらい、こちらへ来ていただいてもよろしいのですがね、、、」
少し待つ。
何もない。
教祖は竿を持ち上げた。
「誘ってみますかな」
竿を。
すっと上げる。
仕掛けが。
海中で動いた。
*
マダイの横を。
針が通った。
「危な――」
通らなかった。
引っ掛かった。
マダイの体。
腹の横。
少し後ろ。
「…………」
マダイが止まった。
俺も止まった。
キンメダイも。
キントキダイも。
「…………」
マダイが自分の体を見る。
糸。
針。
「何かが」
「うん」
「掛かっています」
「うん」
「私は餌を食べていません」
「知ってる」
「コマセも摂食していません」
「見てた」
「では」
糸が。
張った。
マダイの体が。
ぐん。
上へ動いた。
「これは受益ではありません」
「今そこ!?」
ぐん。
「待ってください」
ぐん。
「摂食を伴わないため、受益行為には――」
「制度の話してる場合じゃねえ!!」
マダイが。
引っ張られていく。
「スレ掛かりだ!!」
食ったんじゃない。
針が。
体に掛かった。
ただそれだけ。
なのに。
上がっていく。
「マダイ!!」
「はい」
「外せ!!」
「試みています」
冷静。
こんな時まで。
冷静。
体を振る。
外れない。
「チカメキントキ様」
「何!?」
「先ほどの現物納付につきましては」
「今いい!!」
「まだ受領しておりませんので」
「今いいって!!」
「未納二粒のままです」
「最後にそれ言うなああああ!!!」
マダイが。
どんどん小さくなる。
「キントキダイ様は十粒です」
「お前も言われてるぞ!!」
キントキダイが上を見る。
「聞こえた」
「なんでそんな冷静なんだよ!!」
さらに。
遠く。
マダイの声。
「なお、沿岸餌資源適正利用に関する――」
「正式名称言うなああああああ!!!」
聞こえなくなった。
マダイは。
海面の向こうへ消えた。
*
船の上。
教祖が竿を上げる。
「おや」
赤い魚。
マダイ。
だが。
針は口ではない。
体の横に掛かっている。
「スレでしたか」
教祖は。
少し残念そうに言った。
マダイを見る。
「これはこれで、立派なマダイですな」
マダイも。
教祖を見る。
「…………」
教祖は。
魚が自分を見ていることを。
特に不思議には思わなかった。
「痛かったでしょう」
針を外す。
マダイの体。
腹の横。
そこに。
細い傷が残った。
「申し訳ありませんな」
教祖は言った。
そして。
マダイを見た。
少し考えた。
「さて」
*
海の中。
俺たちは。
待っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
戻ってこない。
キンメダイが言った。
「遅いですね」
「うん」
キントキダイが言った。
「海上奉仕?」
「分からない」
釣られた魚が。
戻ってくることもある。
戻ってこないこともある。
俺たちは。
もう知っている。
上で何が起きているのかは。
分からない。
「…………」
俺は。
口の中のエビを見た。
マダイに渡すはずだった。
納税用のエビ。
「これ」
誰に渡せばいいんだ。
キンメダイが言った。
「マダイさんが戻ってきたら渡せばいいんじゃないですか?」
「そうだな」
「戻ってこなかったら?」
キントキダイが言った。
「…………」
誰も答えなかった。
その横を。
一匹の魚が泳いできた。
そして。
上から降ってくるコマセを。
ぱく。
食べた。
俺たちは見た。
魚も。
俺たちを見た。
「…………」
「…………」
しばらくして。
魚が聞いた。
「何粒?」
「え?」
「今の」
魚が言った。
「何粒食べた?」
「一粒」
「誰に言えばいい?」
「…………」
俺は。
キンメダイを見る。
キンメダイも。
俺を見る。
キントキダイを見る。
キントキダイは。
コマセを一粒食べた。
「おい」
もう一粒。
ぱく。
「おい!!」
魚が聞いた。
「それも数える?」
「…………」
俺は。
マダイが消えた海面を見た。
そして。
答えた。
「知らない」
ぱく。
魚が。
もう一粒食べた。
誰も数えなかった。
次回。
『徴収担当者が不在です』




