第三十一話 三粒くらい見逃してください
「なんでだよおおおおおおお!!!」
十五粒。
俺が食べたコマセは、
十五粒。
大島まで泳いだ。
ヤドカリを運んだ。
サザエも運んだ。
海藻まで運んだ。
注文変更にも付き合った。
配達容器まで借りた。
そして。
「三粒分、残っております」
マダイは言った。
「三粒だぞ!?」
「はい」
「三粒くらい見逃してよ!!」
「できません」
早い。
「考えて!!」
「考えました」
「早すぎるだろ!!」
マダイは、
いつもの穏やかな顔をしている。
「利用された分について、公平にご負担いただく制度ですので」
「三粒で公平を守るな!!」
キンメダイが横から言った。
「僕は二十一粒です」
「お前は黙ってろ!!」
キントキダイも言った。
「僕は九粒」
「未納者同士で数字比べるな!!」
二十一。
九。
三。
合計三十三粒。
大島まで行ったのに、
まだ三十三粒残っている。
「じゃあ何すれば三粒払えるの?」
マダイが答えた。
「現物納付でも結構です」
「何を?」
「同程度の価値を有する餌資源などを」
「三粒返せばいい?」
「相当量であれば」
「じゃあオキアミ三粒拾ってくる!!」
「人が撒いたものは対象外です」
「なんで!?」
「それを認めますと、コマセを食べて、コマセで納付することが可能になります」
「永久機関じゃん!!」
食べる。
払う。
また食べる。
また払う。
何も生み出していない。
「じゃあ自分で捕まえた餌なら?」
「対象になり得ます」
「最初からそれでよかったじゃん!!」
大島。
必要なかった。
俺はその場で、
しばらく動かなかった。
キンメダイも。
キントキダイも。
誰も、
大島という言葉を出さなかった。
優しさだと思う。
*
「そうだ」
俺は思い出した。
背中。
貝殻の配送容器。
「これ借りるのに金かかったんだけど」
「金?」
「巻貝二個」
「なるほど」
「仕事するために必要だったんだから、それはどうなるの?」
マダイが言った。
「必要経費として扱える場合があります」
「あるんじゃん!!」
初めて。
制度から、
俺に有利な言葉が出てきた。
「じゃあそれ引いて!」
「承知しました」
「やった!!」
「事業者として登録されていますか?」
「…………」
嫌な言葉が来た。
「魚だけど?」
「未登録ですね」
「今ので分かるの!?」
「では、今回の支出を証明できるものはございますか?」
「証明?」
「はい」
「巻貝二個払う約束した」
「記録は?」
「ない」
「帳簿は?」
「魚だぞ」
「では確認できません」
「終わるの早っ!!」
マダイは、
それ以上説明しなかった。
俺も聞かなかった。
聞いたら、
もっと嫌な言葉が出てくる。
それだけは分かった。
「もういい」
税務の扉は、
開けない方がいい。
魚の俺でも、
本能で分かる。
*
「じゃあ」
俺は三匹を見た。
「餌を探そう」
キンメダイが聞いた。
「三粒分?」
「俺はな」
「僕は二十一粒」
「僕は九粒」
「だから未納額を競うな!!」
自分で捕まえた餌なら、
納付できる。
それなら簡単だ。
俺たちは魚だ。
魚が餌を捕まえる。
これ以上、
魚らしいことはない。
「最初からこうすればよかったんだ」
俺は海底を見た。
小さな生き物。
甲殻類。
小魚。
いくらでもいる。
「よし」
俺たちは散った。
俺は、
岩の隙間を覗いた。
いた。
小さなエビ。
「これでいいじゃん」
近づく。
エビが逃げる。
追う。
逃げる。
追う。
速い。
「待て!!」
逃げる。
「税金なんだよ!!」
もっと逃げた。
当然だった。
エビにとって、
俺の納税事情は関係ない。
しばらく追い回して。
ようやく。
捕まえた。
「よし!!」
口の中。
小さなエビ。
これをマダイに渡せばいい。
「…………」
美味そう。
「…………」
腹も減っている。
大島まで往復した。
何も食べていない。
「…………」
いや。
これは税金だ。
食べてはいけない。
俺はエビを咥えたまま、
マダイのところへ戻った。
途中。
エビが動いた。
口の中で。
「…………」
反射的に。
ごくん。
「…………」
飲んだ。
止まった。
キンメダイが来た。
「取れました?」
「取れた」
「どこですか?」
「…………」
「チカメさん?」
「食べた」
「納付するやつを?」
「食べた」
キントキダイも来た。
「じゃあもう一匹捕まえればいいんじゃない?」
「そうだな」
簡単だ。
もう一匹。
捕まえる。
納付する。
俺はまた、
岩場へ向かった。
そのとき。
後ろからマダイの声がした。
「今、召し上がりましたか?」
「…………」
止まった。
振り返る。
マダイが見ている。
「何を?」
「エビです」
「…………」
「捕獲されたものを、ご自身で召し上がりましたね?」
「…………はい」
マダイは、
静かに何かを数えた。
嫌な予感。
ものすごく嫌な予感。
「何してるの?」
「受益量を追加しております」
「待って」
「一匹分」
「待って待って」
「追加です」
「自分で捕ったやつだぞ!?」
「召し上がりましたので」
「野生の餌まで課税対象なの!?」
「コマセではありませんので、コマセ利用負担の対象外です」
「よかった!!」
マダイは続けた。
「ただし」
「言うな」
「沿岸餌資源――」
「言うな!!」
「適正利用――」
「新しい制度を出すなああああああ!!!」
俺は逃げた。
もう聞かない。
正式名称も。
負担額も。
絶対に聞かない。
後ろから、
マダイの声だけが追ってきた。
「こちらは別制度ですのでー!」
「制度を分ければいいと思うなあああああ!!!」
次回。
『野生の餌にも管轄があります』




