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第三十話 大島で三匹に増えたらしい




「やっと帰ってきた……」



見慣れた海だった。



岩。


海藻。


魚。



伊東。



たった一度、


大島まで行って戻ってきただけなのに。



ものすごく懐かしい。



「疲れましたね」


キンメダイが言った。



「もう大島行きたくない」


「僕もです」



キントキダイが言った。



「ヤドカリ美味しそうだったね」


「お前は最後までそれだったな」



俺の背中には、


空になった貝殻の配送容器。



これを返す。



マダイに納税確認する。



終わり。



ようやく、


普通の魚に戻れる。



「帰ったら何食べようかな」



キンメダイが言った。



「コマセ以外」


「なんで?」


「また税金取られるだろ」


「ああ」



魚になって。



コマセを避けるようになった。



釣り針より、


税金が怖い。



「普通の餌探そう」


「何がいいですかね」


「エビとか」


「いいね」


「小魚でもいい」


「うん」



平和な会話だった。



そのとき。



前から一匹の魚が来た。



俺たちを見る。



止まった。



「…………」



俺も見る。



「何?」



魚は、


俺をじっと見ている。



そして。



「一匹だ」



「何が?」



魚は慌てて泳ぎ去った。



「一匹だったー!!」



「何の確認!?」



向こうで魚が集まった。



ざわざわ。



「一匹?」


「一匹だって」


「戻った?」


「三匹じゃなかったの?」


「二匹は大島?」



「…………」



嫌な感じがする。



俺は近づいた。



「何の話?」



魚たちが、


一斉にこっちを見た。



「チカメ様」



「その呼び方まだ生きてたの!?」



一匹が聞いた。



「大島で三匹になったんですよね?」



「…………」



何が?



誰が?



「俺が?」



「はい」



「なんで?」



「大島だから」



「大島にそんな機能ねえよ!!」



魚たちがざわついた。



「違うの?」


「でも聞いたよ」


「三匹になったって」


「大島で増えたって」


「聖地だって」



「最後のやつ誰が足した!?」



俺は頭を抱えた。



頭を抱える手はないので、


その場でぐるっと回った。



「俺は増えてない!!」



「でも三匹で帰ってきたよ?」



「最初から三匹で行ったんだよ!!」



俺は横を見る。



キンメダイ。



キントキダイ。



俺。



「この三匹!!」



魚たちが三匹を見る。



「…………」



少し沈黙。



「じゃあ、どれが増えたチカメ様?」



「全部違うわ!!」



「一匹はチカメ様でしょ」


「そうだけど!!」



「じゃあ二匹増えたんじゃないの?」



「種類を見ろ!!」



俺はキンメダイを示した。



「キンメダイ!!」



次にキントキダイ。



「キントキダイ!!」



そして自分。



「チカメキントキ!!」



魚たちが頷いた。



「赤いね」



「そこから先に進め!!」



一匹が、


キンメダイを見た。



「チカメ様の分身?」


「違います」



キンメダイは即答した。



「僕は最初からキンメダイです」



「喋った」



「僕は喋りますよ」



別の魚が、


キントキダイを見る。



「こっちは?」



「キントキダイ」



「チカメ様に似てるね」



「似てない」



「赤いよ」



「赤い魚いっぱいいるよ」



「…………」



キントキダイが強かった。



俺が二十話以上かけて苦しんでいる問題を、


数秒で処理した。



「とにかく!」



俺は言った。



「大島では何も起きてない!」



「何も?」



「配達しただけ!」



「何を?」



「ヤドカリ三匹!」



魚たちがざわついた。



「三匹」



「また三匹だ」



「やっぱり三だ」



「何がやっぱりなんだよ!!」



しまった。



数字を出すべきじゃなかった。



「サザエ二個も!」


「二」



「海藻一束!」


「一」



魚たちが黙った。



一匹が言った。



「三、二、一」



「…………」



別の魚が言った。



「減ってる」



「数えただけだよ!!」



「三から一へ」



「だから何!?」



「何か意味があるのかも」



「ない!!」



俺は断言した。



魚たちは、


顔を見合わせた。



そして。



「チカメ様は、意味がないとおっしゃっている」



「そう!!」



「意味がないことに意味があるのかも」



「なんでだよ!!!」



また始まった。



否定すると深くなるやつだ。



魚拓のときと同じだ。



公式ではありません。



そう言ったら、


公式という概念が生まれた。



偽物だ。



そう言ったら、


本物が生まれた。



そして今。



意味はない。



そう言ったら。



「無意味の教え……」



「作るなあああああ!!!」



俺は逃げた。



*



「なんで毎回こうなるんだよ……」



泳ぎながら、


俺は呟いた。



キンメダイが後ろからついてくる。



「有名だからじゃないですか?」



「なりたくてなったんじゃない」



キントキダイが言った。



「でも大島まで行ったのは本当だよね」



「税金払うためにな!!」



「聖地巡礼?」


「納税だよ!!」



嫌な言葉が増えた。



そのとき。



見覚えのある魚がいた。



赤い。



整った体。



妙に姿勢がいい。



マダイ。



相模湾コマセ機構。



今回のすべての始まり。



「あ」



向こうも俺たちに気づいた。



「お帰りなさいませ」



丁寧だった。



腹が立った。



「帰ったよ!!」



「大島はいかがでしたか?」



「遠かったよ!!」



「そうですか」



「それだけ!?」



マダイは、


俺の背中を見た。



「配送容器をご利用になったのですね」



「お前これ知ってたの!?」



「はい」



「なんで最初に教えなかった!?」



「お問い合わせがありませんでしたので」



「知らないものをどうやって問い合わせるんだよ!!」



やっぱりこいつだった。



俺は決めた。



今日は全部聞く。



一個ずつ。



逃がさない。



「まず」



俺は言った。



「配達した」



「はい」



「大島のフエフキダイに」


「はい」



「ヤドカリ三匹」


「承知しております」



「…………」



止まった。



「知ってるの?」



「はい」



「もう伝わったの!?」



「配達完了の報告を受けております」



「ちゃんと!?」



「はい」



俺は驚いた。



あの伝言ゲーム。



ちゃんと届いた。



「俺の名前は?」



「チカメキントキ様」



「そう!!」



「同行者は、キンメダイ様、キントキダイ様」



「そう!!」



完璧だ。



「ヤドカリ三匹!」


「はい」



「サザエ二個!」


「はい」



「海藻一束!」


「はい」



「全部合ってる!!」



俺は感動した。



海の通信網。



すごい。



やればできるじゃないか。



「じゃあ納税完了?」



「いいえ」



「…………」



一瞬。



意味が分からなかった。



「何が?」



「役務納付です」



「したよ?」



「確認しております」



「じゃあ完了じゃん」



「いいえ」



「なんで!?」



マダイは、


いつもの穏やかな顔で言った。



「今回確認された役務は、配送一件です」



「そうだよ」



「一件分として処理されます」



「うん」



「三名様分ではありません」



「…………」



俺は。



ゆっくり。



キンメダイを見た。



キンメダイも俺を見る。



キントキダイを見る。



キントキダイも俺を見る。



嫌な予感。



ずっとしていた。



帰り道から。



「誰の分?」



マダイが答えた。



「配送担当者様です」



三匹の視線が。



俺の背中の貝殻へ集まった。



「…………」



俺だ。



「じゃあ」



キンメダイが聞いた。



「僕たちは?」



マダイは微笑んだ。



「未納です」



「…………」



キントキダイが聞いた。



「僕も?」



「九粒分、未納となっております」



「…………」



俺は聞いた。



「キンメは?」



「二十一粒分です」



「…………」



キンメダイが小さく言った。



「僕が一番多い」



「今そこ気にする!?」



待て。



もっと大事なことがある。



「俺は!?」



「十五粒分につきまして、今回の役務により――」



マダイが少し間を置いた。



「十二粒分が充当されます」



「…………」



「三粒分、残っております」



「なんでだよおおおおおおお!!!」



大島まで行った。



帰ってきた。



容器代まで借りた。



聖地まで生まれた。



それでも。



三粒。



残った。



次回。


『三粒くらい見逃してください』

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