第二十六話 ついでの一件が一番増える
「サザエどこ!?」
言ってしまった。
自分から。
ついさっきまで、
追加注文なんて絶対受けないと思っていたのに。
「どうせ行くし」
この言葉は危険だ。
人間だった頃もそうだった。
どうせ近くまで行くし。
どうせ車出すし。
どうせ買い物するし。
気づけば、
最初の目的より用事が増えている。
そして今。
俺は魚になって、
伊豆大島までヤドカリを運んでいる。
もう十分おかしい。
これ以上は増やさない。
絶対に。
「サザエ一個お願いしまーす!」
向こうから声がした。
別のソウダガツオが、
サザエを運んできた。
「はい」
受け取る。
背中の配送容器に入れる。
ヤドカリ三匹。
サザエ一個。
蓋を閉める。
「以上」
俺は言った。
「もう入れないからな」
キンメダイが箱を見た。
「まだ入りますよ?」
「容量の話じゃない」
キントキダイも見た。
「半分くらい空いてるね」
「心を閉じたんだよ」
俺たちは大島へ向かって泳ぎ始めた。
今度こそ。
本当に。
もう寄り道しない。
しばらく進む。
「すみませーん!」
聞こえない。
「大島便の方ー!」
聞こえない。
「チカメ様ー!」
「誰だ!!」
反応してしまった。
後ろから、
アジが一匹泳いできた。
「大島まで行くんですよね?」
「行くけど」
「これお願いできます?」
「できません」
即答した。
アジの口元には、
小さな海藻の束があった。
「一束だけなんです」
「知らない」
「場所取らないです」
「知らない」
「届け先、さっきのフエフキダイさんです」
「またあいつかよ!!」
なんなんだ。
大島のフエフキダイ。
どれだけ伊東から取り寄せるんだ。
「何に使うの?」
キンメダイが聞いた。
聞くな。
「ヤドカリと一緒に食べるそうです」
「付け合わせまで別注文すんな!!」
アジが海藻を差し出した。
「お願いします」
「嫌だ」
「どうせ行くんですよね?」
「その言葉を俺に使うな!!」
俺は泳ぎ出した。
断った。
今度こそ断った。
少し進んだ。
止まった。
振り返った。
「…………それ軽い?」
「軽いです!」
「…………」
キントキダイが言った。
「心、開いた?」
「ちょっとだけ」
海藻一束が追加された。
ヤドカリ三匹。
サザエ一個。
海藻一束。
「これで最後だからな」
泳ぐ。
「大島便ー!」
「最後だっつってんだろ!!」
今度はイワシだった。
「伝言です!」
「物ですらなくなった!!」
「大島のフエフキダイさんから!」
「またあいつ!?」
イワシは言った。
「『ヤドカリは小さめでお願いします』」
「もう持ってるわ!!!」
背中を見る。
ヤドカリ三匹。
サイズなんて確認していない。
「注文変更は発送前に言え!!」
「あと」
「まだあるの!?」
「『サザエはやっぱり二個で』」
「増やすな!!」
「あと」
「まだ!?」
「『海藻はなくても大丈夫です』」
「もう積んだよ!!!」
俺は叫んだ。
「注文まとめろおおおおお!!!」
イワシは去っていった。
キンメダイが、
背中の箱を見た。
「海藻どうします?」
「届けるよ!!」
「いらないって」
「もう運び始めたんだよ!!」
キントキダイが言った。
「キャンセルじゃない?」
「海にキャンセル制度まで作るな!!」
しばらくして。
またソウダガツオが来た。
「大島便ー!」
「もう何も聞かない!!」
「サザエ追加一個!」
「聞いてしまった!!」
サザエ二個になった。
泳ぐ。
今度はサバが来た。
「大島便?」
「違います」
「その箱」
「趣味です」
「大島便だよね?」
「…………」
「フエフキダイさんから伝言」
「また変更!?」
「『やっぱり海藻も食べます』」
「何も変わってねえじゃねえか!!」
サバが去った。
俺は黙って泳いだ。
キンメダイも黙っていた。
キントキダイも黙っていた。
少しして。
俺は言った。
「サバってさ」
「はい」
「海の新聞なの?」
「違うと思います」
「でも毎回情報持ってくるよな」
「泳ぎ回ってますからね」
「そのうち号外とか出しそうだな」
前からサバが来た。
「大島便ー!」
「号外来た!!」
さっきとは別のサバだった。
「何!?」
「フエフキダイさんから!」
「もう嫌だ!!」
「『急がなくて大丈夫です』」
「最初に鮮度優先って言ってただろ!!!」
俺は止まった。
「注文って、こんなに自由に変えていいの?」
サバが答えた。
「知らない」
「お前ら本当に伝えるだけだな!!」
回遊魚は、
責任を持たない。
ただ聞いて。
泳いで。
伝える。
その結果、
情報だけがものすごい速度で海を移動していく。
教祖の独り言から制度ができた理由が、
少し分かった気がした。
こいつらに聞かれたら終わりだ。
「今度から大事な話は回遊魚のいないところでしよう」
「何の話をする予定なの?」
「分かんないけど」
俺たちは、
また泳ぎ始めた。
*
どれくらい泳いだだろう。
さすがに疲れてきた。
背中が重い。
ヤドカリ三匹。
サザエ二個。
海藻一束。
そして、
途中から追加された小さな貝が二個。
これはもう、
断った記憶すらない。
「なんで増えてるんだよ……」
キンメダイが言った。
「途中で頼まれましたよ」
「俺、返事した?」
「『もう好きにして』って」
「それ承諾になるの!?」
キントキダイが言った。
「なったみたい」
「契約って怖えな……」
さらに進む。
水の感じが、
少しずつ変わっていた。
周りを泳ぐ魚も、
さっきまでとは違う。
そして。
「チカメさん」
キンメダイが前を見た。
「何?」
「なんか、大きいのがあります」
俺も見る。
遠く。
海の向こうに、
黒い影が見えた。
大きい。
動かない。
「…………」
島だ。
たぶん。
いや。
今度こそ。
「大島?」
キントキダイが言った。
「じゃない?」
「着いた……?」
長かった。
税金を払うためだけに、
ここまで来た。
注文は増えた。
荷物も増えた。
容器代まで借りた。
でも。
ようやく。
「大島だあああああ!!!」
俺は泳いだ。
キンメダイも続く。
キントキダイも続く。
島が近づく。
海底の地形が見えてくる。
岩。
魚。
知らない景色。
そして。
向こうから一匹の魚が泳いできた。
大きな魚だった。
俺たちを見つけると、
まっすぐ近づいてきた。
「伊東から?」
「はい!」
やっと受取人だ。
「フエフキダイさん?」
「違うよ」
「違うの!?」
魚は、
俺の背中の箱を見た。
「配達だよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、入島手続きこっち」
「…………」
嫌な言葉が聞こえた。
「何手続き?」
「入島手続き」
「魚なのに!?」
「大島だから」
「理由になってねえよ!!」
魚は淡々と言った。
「相模湾から来た魚は、まず申告してください」
「何を?」
「持ち込み品」
俺は背中を見た。
ヤドカリ三匹。
サザエ二個。
海藻一束。
小さな貝二個。
「…………」
魚は言った。
「それ、全部?」
「たぶん」
「たぶん?」
「途中から俺も分かんなくなった」
魚は少し黙った。
そして。
「では、一点ずつ確認します」
「大島にも税関あるのかよおおおおお!!!」
次回。
『島には島のルールがあります』




