第二十五話 容器代は別料金です
「税金払うための仕事で借金増えるのおかしいだろおおおおお!!!」
海の中に、
俺の声だけが響いた。
配送魚は不思議そうな顔をしている。
背中には、
海藻のベルトで固定された大きな二枚貝。
どう見ても配達用リュックだった。
「借金ではありませんよ」
「じゃあ何?」
「容器利用料です」
「名前変えただけだろ!!」
魚になってまで、
こういう言葉を聞くとは思わなかった。
「いくら?」
「一件につき、巻貝二個です」
「持ってない」
「では後払いで」
「借金じゃねえか!!」
配送魚は少し考えた。
「役務でのお支払いもできます」
「絶対やらない」
俺は学習した。
労働を払うために労働を増やすと、
たぶん一生帰れない。
「そもそもさ」
俺は聞いた。
「この箱、機構のじゃないの?」
「違います」
「じゃあ誰の?」
「私のです」
「私物!?」
配送魚は、
背中の貝殻を少し見せた。
「自分で作りました」
「自作なの!?」
よく見る。
二枚貝の殻。
海藻のベルト。
中には仕切り。
蓋が勝手に開かないよう、
細い海藻が巻かれている。
思ったよりちゃんとしていた。
「配送を始めた頃は、皆さん口に入れて運んでいたんですけど」
「それでいいじゃん」
「途中で食べる方が多くて」
「ダメだった」
キントキダイが頷いた。
「分かる」
「お前は配送業やるなよ」
「それで容器を作ったら?」
キンメダイが聞いた。
「商品事故が減りました」
「事故って言うな」
「あと、たくさん運べます」
「なるほど」
ここまでは分かる。
必要があった。
誰かが工夫した。
便利になった。
普通の進歩だ。
「それで貸し出しを始めたら、巻貝が集まるようになりまして」
「…………」
「今では配送より容器貸し出しの方が多いです」
「事業転換すんな!!」
海の中でも、
儲かるところには誰かが気づくらしい。
「じゃあこの辺の配達魚、みんなそれ背負ってるの?」
「最近は増えましたね」
配送魚が向こうを見た。
俺も見る。
一匹。
いた。
貝殻の箱を背負って泳いでいる。
その向こうにも。
いた。
さらに向こうにも。
いた。
大小さまざまな魚が、
同じような箱を背負って海を行き交っている。
「…………」
知らないうちに、
海に配送業ができていた。
「Uberじゃん……」
キンメダイが聞いた。
「さっきから言ってるUberって何ですか?」
「人間の世界で、飯とか運んでくれるやつ」
「魚と同じですね」
「認めたくねえなあ……」
そのとき。
一匹の配送魚が横を通った。
「熱海方面二件入りまーす!」
別の魚が答えた。
「まとめて持ってくー!」
「帰りに初島一件お願いー!」
「はーい!」
「普通に営業してる!!」
さらに別の魚が通る。
「川奈方面の方いませんかー!」
「伊東までならー!」
「途中でお願いしますー!」
荷物が渡された。
「リレーまであるの!?」
配送魚が言った。
「遠距離は一匹だと大変ですから」
「俺たち、最初から大島まで直行させられてたんだけど!?」
「初めての方は、リレー配送をご存じないことが多いので」
「知ってて説明しなかったの!?」
「私は何とも」
「マダイいいいいいい!!!」
あいつ、
何も説明しなかった。
笑顔で、
ヤドカリ三匹だけ渡した。
今度会ったら絶対言う。
説明責任という言葉を、
長い正式名称で返されそうだからやっぱり言わない。
「大島なら途中まで運んでくれる魚いる?」
「探せばいると思いますよ」
「いるんじゃん!!」
希望が見えた。
「じゃあ頼もう」
「料金がかかります」
「全部金取るじゃねえか!!」
俺は諦めた。
自分で行く。
無料だから。
魚になってまで、
送料無料に弱い。
「分かった。容器借りる」
「ありがとうございます」
配送魚が、
予備の貝殻を持ってきた。
俺の背中に載せる。
海藻を回す。
締める。
「ちょっと待って」
「はい?」
「誰がこれ結ぶの?」
「私が」
「返すときは?」
「誰かに外してもらってください」
「一人じゃ脱げない服みたいにするな!!」
ぎゅっ。
固定された。
重い。
「…………」
俺は泳いでみた。
ぐらっ。
「うおっ」
傾いた。
戻す。
また傾く。
「泳ぎづらっ!!」
背中に箱をつけて泳ぐように、
チカメキントキはできていない。
当たり前だ。
進化の過程で、
伊豆大島への出前は想定されていない。
「慣れますよ」
「何世代かかる!?」
キンメダイが俺を見た。
「似合ってますよ」
「嬉しくねえよ」
キントキダイも見た。
「配達員っぽい」
「魚として褒めろよ!!」
三匹のヤドカリを、
背中の貝殻に入れる。
一匹。
二匹。
三匹。
蓋を閉める。
海藻で留める。
完璧だ。
もう逃げない。
「…………」
少しだけ、
罪悪感が増した。
「見えない方が怖いな」
「何が?」
「いや、何でもない」
俺は泳ぎ出した。
重い。
遅い。
でも、
さっきみたいにヤドカリを追い回すよりはマシだった。
「よし」
今度こそ。
大島へ行く。
「大島はあっちです」
配送魚が教えてくれた。
「ありがとう!」
俺たちは進んだ。
今度は、
方向も聞いた。
荷物も固定した。
準備はできている。
しばらく泳いだ。
キンメダイが言った。
「チカメさん」
「何?」
「それ、返すためにここまで戻ってくるんですよね?」
「…………」
止まった。
背中の箱を見る。
大島を見る。
今いる場所を見る。
「…………」
配送魚の声が、
遠くから聞こえた。
「三日以内にお願いしまーす!」
「返却期限まであるの!?」
「延滞すると巻貝一個追加でーす!」
「レンタルDVDみたいな商売すんなああああ!!!」
*
それから。
俺たちは泳いだ。
今度こそ、
本当に大島を目指した。
海の流れを選びながら、
進む。
途中で何度か、
貝殻リュックを背負った魚とすれ違った。
もう驚かなくなった。
一匹は小魚を運んでいた。
一匹は貝を運んでいた。
一匹は海藻を大量に詰めていた。
「結構いるな……」
キントキダイが言った。
「便利なんじゃない?」
「便利なんだろうな」
俺は背中のヤドカリを感じた。
便利。
確かに便利だ。
誰かが欲しいものを、
別の場所から運んでくる。
それだけだ。
人間の世界にもあった。
海にもできた。
ただ。
「魚が魚介類を運んでるの、まだ慣れねえな」
キンメダイが言った。
「人間も運ぶんですよね?」
「…………」
そうだった。
むしろ人間の方が、
大量に運んでいた。
トラックで。
飛行機で。
冷凍して。
世界中から。
「人間よりマシかもしれない」
「そうなんですか?」
「今のなし」
そのとき。
前方から、
一匹のソウダガツオが突っ込んできた。
「大島便ー!?」
「そうだけど!」
「ちょうどよかったー!」
嫌な言葉だった。
最近、
「ちょうどよかった」で、
いいことが起きた記憶がない。
ソウダガツオが俺の前で止まった。
「追加注文一件!」
「断る!!」
「まだ何も言ってないよ!」
「言われる前に断る!!」
「大島まで行くんでしょ?」
「行くけど!」
「同じ場所だから!」
「嫌だ!!」
ソウダガツオは、
俺の背中の箱を見た。
「まだ入るよ?」
「空き容量で仕事増やすな!!」
キントキダイが聞いた。
「何を運ぶの?」
「聞くな!!」
ソウダガツオが答えた。
「伊東産のサザエ、一個!」
「現地で食え!!!」
「大島の魚が伊東産好きなんだって」
「なんでそんなブランドになってんだよ!!」
「受取先は?」
キントキダイが聞いた。
「さっきと同じフエフキダイさん!」
俺は止まった。
「…………」
ヤドカリ三匹。
サザエ一個。
同じ客。
「そいつ注文まとめろよ!!!」
ソウダガツオは、
もう去っていった。
「よろしくー!」
「まだ受けるって言ってねえぞ!!」
俺は背中の箱を見た。
少し空いている。
「…………」
キンメダイが言った。
「入りますね」
「言うな」
キントキダイも言った。
「どうせ行くし」
「言うな」
「容器代の足しになるんじゃない?」
「…………」
俺は振り返った。
「サザエどこ!?」
こうして。
税金を払うために始めた俺の仕事は、
少しずつ、
普通の仕事になり始めていた。
次回。
『ついでの一件が一番増える』




