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第二十三話 黒潮は上りですか下りですか



「こっちー!」


ソウダガツオが先を泳いでいる。


速い。


「待てえええええ!!」


速すぎる。


「途中まで案内するんじゃなかったのかよ!!」


「してるよー!」


「見えなくなる案内があるか!!」


少し先でソウダガツオが止まり、俺たちが追いつくのを待つ。


そして追いついた瞬間、


「こっちー!」


また泳ぎ出した。


「散歩中の犬かお前は!!」


俺とキンメダイとキントキダイ。


そして、伊東産ヤドカリ三匹。


現在、伊豆大島へ向かっている。


理由は税金が払えなかったからだ。


魚になってまで、こんな理由で遠出するとは思わなかった。


「で」


俺は前を泳ぐソウダガツオに聞いた。


「大島までどうやって行くの?」


「泳いで」


「それは知ってる」


ソウダガツオが不思議そうな顔をした。


「海だよ?」


「知ってるよ!!」


人間だった頃なら、伊豆大島は船で行く場所だった。


船なら航路がある。目的地を決めて、そっちへ走ればいい。


でも今は魚だ。


標識もない。

道路もない。

カーナビもない。


何より――


「大島、どっち?」


三匹が止まった。


キンメダイが俺を見る。

キントキダイも俺を見る。


「なんで俺を見るんだよ」


「元人間だから」


「元人間は海中から島の方角分かんねえよ!!」


上を見る。


水面。


右を見る。


海。


左を見る。


海。


下を見る。


海底。


「海、全部同じじゃねえか!!」


魚になって初めて知った。


海には交差点がない。


「こっちだよー」


ソウダガツオが言った。


「なんで分かるの?」


「行ったことあるから」


「急に頼もしいな」


俺たちはついていった。


しばらく泳ぐ。


さらに泳ぐ。


まだ泳ぐ。


「…………遠くない?」


「大島だからね」


「それは出発前に聞いた」


横を見ると、キンメダイが少し遅れ始めていた。


「キンメ、大丈夫?」


「…………大丈夫」


大丈夫じゃなさそうだった。


一方、ソウダガツオはまったく疲れていない。


「お前さ」


「なに?」


「ずっとその速度で泳げるの?」


「うん」


「俺らも?」


「知らない」


「配送業者として一番大事なところ知らねえの!?」


キントキダイが言った。


「そもそも魚によって泳ぐ速さ違うよな」


「…………」


当たり前だった。


同じ魚だからって、同じ性能じゃない。


人間だって全員が同じ速度でマラソンできるわけじゃない。


ましてや、こいつはソウダガツオだ。


名前からしてずっと泳いでそうな魚である。


「なんでお前基準で配送制度作ったんだよ!!」


「ぼくらが注文取ってるから」


「物流を運送会社の身体能力に合わせるな!!」


そのとき、ソウダガツオが急に向きを変えた。


「こっち」


「なんで?」


「流れが違う」


「流れ?」


俺もそっちへ進んでみる。


確かに違った。


同じように泳いでいるのに、進み方が変わる。


「潮か」


人間だった頃は散々気にしていた。


潮が速い。

潮が止まった。

二枚潮。

仕掛けが流される。


釣りをしていると、見えない水の動きばかり気にする。


なのに自分が水の中に入ってみると、もっと面倒だった。


「魚ってずっと潮の中で暮らしてたんだな……」


キントキダイが俺を見る。


「今さら?」


「元人間なんだよ!!」


ソウダガツオが先から呼ぶ。


「こっち乗った方が楽だよ」


「これ黒潮?」


「違うよ」


「違うの!?」


俺は止まった。


「さっき黒潮に乗れば早いって言ったよな?」


「言った」


「じゃあ黒潮どこ?」


「あっち」


「じゃあなんでこっち来たんだよ!」


「いきなり黒潮には乗れないよ」


「高速道路の入口みたいに言うな!!」


キンメダイが俺を見る。


「…………黒潮って何?」


「でっかい海の流れ」


「…………川みたいな?」


「まあ、そんな感じ」


「…………乗れば、大島まで行けるの?」


「…………」


分からない。


人間だった頃、黒潮という言葉は何度も聞いた。


黒潮が近い。

離れた。

水温が上がった。

青物が入った。


釣果情報では散々見てきた。


だが、黒潮に乗って大島へ行ったことはない。



「ソウダガツオ」


「なに?」


「黒潮って、大島に向かって流れてんの?」


「その時によるよ」


「その時によるの!?」


嫌な答えが来た。


「じゃあ今日は?」


「行けば分かる」


「道路情報確認してから出発しろよ!!」


ソウダガツオは笑った。


「大丈夫だよ」


「何が?」


「違ったら泳げばいいし」


「魚の解決方法が全部泳ぐなんだよ!!」


俺はヤドカリを確認した。


一匹。


二匹。


三匹。


よし。まだいる。


「お前らも大丈夫か?」


ヤドカリは何も答えなかった。


キントキダイが言う。


「商品に話しかけ始めたぞ」


「長距離配送ってこうなるんだよ」


「食べれば軽くなる」


「お前を最初に置いていくぞ」


さらに進む。


しばらくすると、海の様子が少しずつ変わってきた。


水温が違う。

流れも違う。

泳いでいる魚も違う。


境界線なんてどこにもないのに、さっきまでいた場所とは確実に何かが変わっていく。


魚になってから、海は全部つながった一つの場所だと思っていた。


でも違う。


道も標識もないのに、海にもちゃんと場所がある。


「なんか……」


俺は周囲を見た。


「ちょっと面白いな」


キンメダイが笑った。


「…………旅行みたい」


「出前だけどな」


キントキダイが言った。


「しかも税金」


「言うな」


一瞬で旅行気分が消えた。


そのとき、前を泳いでいたソウダガツオが止まった。


「じゃあ、ぼくここまで」


「え?」


俺も止まる。


「ここまでって何?」


「途中まで」


「本当に途中で帰るの!?」


「うん」


「大島は!?」


「あっち」


「どっち!?」


ソウダガツオが海の向こうを指した。


海だった。


「だから全部海なんだよ!!」


「大丈夫」


ソウダガツオが少し先を見る。


「ここからは、あの群れについていけばいいよ」


見る。


確かに魚の群れがいる。


「大島行くの?」


「たぶん」


「たぶん!?」


「じゃあねー!」


ソウダガツオは、ものすごい速度で来た道を戻っていった。


「待て!!」


遠くから声だけが返ってくる。


「鮮度優先でー!!」


「最後まで責任持てえええええ!!!」


消えた。


残されたのは俺たち三匹と、ヤドカリ三匹。


キンメダイが海の向こうを見る。


「…………どうする?」


「……あの群れについていくしかないだろ」


俺たちは泳ぎ出した。


群れに追いつき、一匹に声をかける。


「すみませーん!」


「はい?」


「大島行きます?」


魚は少し考えた。


「行かないよ」


「行かねえの!?」


「どこ行くんですか?」


「伊東」


「逆じゃねえか!!!」


振り返る。


もうソウダガツオはいない。


前を見る。


伊東へ向かう魚の群れ。


横を見る。


キンメダイ。

キントキダイ。


そして――


「…………」


キントキダイが言った。


「帰る?」


「それやったら何しに来たんだよ!!」


そのとき、キンメダイがヤドカリを見た。


少し間があった。


「…………チカメさん」


「何?」


「…………ヤドカリ、二匹しかいない」


「…………え?」


見る。


一匹。


二匹。


…………。


「三匹目どこいったああああああああ!!!」


伊豆大島には、まだ着いていない。



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