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第二十二話 魚にも支払い能力はあります


「では、お支払い方法をお選びください」


マダイは笑顔で言った。


俺の目の前には、さっきまで俺たちの飯だったオキアミの残骸が漂っている。


俺は十五粒。

キンメダイは二十一粒。

キントキダイは九粒。


数えてない。


普通、魚は数えない。


「もう一回聞くけどさ」


「はい」


「俺、魚だよね?」


「チカメキントキですね」


「そう」


「十五粒です」


「そこじゃない」


マダイは首を傾げた。


「魚に支払い能力あるの?」


少し間があった。


「ございます」


「あるんだ」


嫌な回答だった。


「当機構では、魚類の生活実態を考慮し、複数の納付方法をご用意しております」


「用意すんなよ……」


「まず、現物納付」


「現物?」


「貝類、甲殻類、海藻類、その他保存可能な水産資源です」


「海で拾ってこいってこと?」


「採取方法について当機構は関知いたしません」


「急に責任から逃げたな」


マダイは笑顔のままだった。


「次に、役務納付」


「やくむ?」


「働いていただきます」


「労働あるじゃねえか!!」


魚になったばかりの頃、俺は思っていた。


労働もない。

税金もない。

確定申告もない。


完全なる自由。


全部あった。


「魚になった意味なんだったんだよ!!」


「存じ上げません」


「お前に聞いてねえよ!!」


横を見ると、キンメダイが気まずそうに目を逸らした。


「…………僕、二十一粒」


「お前の方が食ってんじゃねえか」


「…………美味しかったから」


悪びれてはいなかった。


キントキダイは九粒。


三匹合わせて四十五粒。


マダイは何かを確認すると、また笑顔を向けた。


「三名様ですので、共同役務による納付も可能です」


「なんだよ共同役務って」


「ちょうど一件ございます」


「嫌な予感しかしない」


そのときだった。


向こうから、ものすごい勢いで魚の群れがやってきた。


速い。

多い。


そして、うるさい。


「注文入りましたー!!」


「一件入りましたー!!」


「受取先確認済みー!!」


「鮮度優先でーす!!」


俺たちの前を、ソウダガツオの群れが駆け抜けていった。


「なんだあいつら」


「受付担当です」


「受付担当!?」


一匹のソウダガツオが急旋回して戻ってくる。


「マダイさーん!」


「はい」


「大島から注文一件!」


「内容をお願いします」


「伊東産ヤドカリ三つ!」


「届け先は?」


「大島のフエフキダイさん!」


「遠いわ!!!」


思わず叫んだ。


ソウダガツオが俺を見る。


「チカメ様?」


「その呼び方やめろ」


「配達員?」


「もっとやめろ」


マダイが笑顔で俺を見た。


嫌な笑顔ではない。


だから余計に嫌だった。


「ちょうどよろしいですね。こちらの配送業務で、今回のご利用分を相殺できます」


「十五粒で伊豆大島まで行かされるの!?」


「三名様分です」


「四十五粒でも割に合わねえよ!!」


キンメダイが小さな声で聞いた。


「…………大島って、遠いの?」


「遠い」


「…………どのくらい?」


「魚で行ったことねえから分かんねえよ!!」


人間だった頃なら、船で行く場所だった。


魚になってからの距離感なんて知らない。


「そもそも魚って、大島まで泳いでいいの?」


「いいんじゃないですか?」


「急に自由だな!!」


俺はソウダガツオを見る。


「誰が注文してんだよ」


「フエフキダイさん!」


「大島の?」


「うん!」


「大島にヤドカリいないの?」


「伊東産がいいんだって!」


「産地指定すんな!!」


マダイが補足する。


「近年、産地を指定される方も増えております」


「海産物が海産物を産地指定するなよ!!」


ソウダガツオが言った。


「伊東産、最近人気だよ」


「なんで?」


「教祖がいるから」


「ヤドカリ関係ねえだろ!!」


ブランドができていた。


俺の知らないところで、伊東ブランドができていた。


しかもヤドカリに。


「待って」


俺はマダイを見る。


「そもそも、なんでソウダガツオが注文取ってるの?」


「回遊しますので」


「それだけ?」


「はい」


「物流システムの構築理由が雑すぎるだろ」


だが考えてみれば、海に電話はない。ネットもない。


泳ぎ回る魚が情報を運ぶ。


合理的ではある。嫌なくらい。


「じゃあ、あいつらが相模湾コマセ機構を広めたのも?」


「一部はそうですね」


「一部?」


「サバ、ソウダガツオ、イワシなど、多数の回遊魚から同様の情報が寄せられました」


「何の情報だよ」


「コマセ利用に関する受益者負担の必要性です」


「そんな話、誰が始めたんだよ」


マダイが少し考えた。


「発信源までは確認できておりません」


「そこ一番確認しろよ!!」



――話は少し前に遡る。



伊東の海。


見覚えのある船が、水面に浮かんでいた。


海上レクサス。


白装束の男が、今日も一人で釣りをしていた。


教祖だった。


「うーむ」


教祖は仕掛けを上げた。


針には何もついていない。


「また餌だけ取られましたな」


新しいオキアミを針につけ、海へ落とす。


コマセを撒く。


待つ。


釣れない。


「…………」


またコマセを撒く。


「今日は随分食べますなあ」


魚はいる。


魚探にも映っている。


コマセもなくなる。


しかし針には掛からない。


「皆さんは朝から随分召し上がっているのに」


教祖は空のクーラーボックスを開けた。


「私には一匹も分けていただけませんなあ」


またオキアミを針につけ、海へ落とす。


ぱらぱら。


コマセを撒く。


「あなた方ばかり食べ放題というのも、いかがなものでしょうな」


ぱらぱら。


「オキアミも以前より高くなりましたしなあ」


ぱらぱら。


「ガソリンも高い」


ぱらぱら。


「駐車場も高い」


ぱらぱら。


「船も維持費がかかる」


少し考えた。


「魚はいいですなあ」


ぱらぱら。


「家賃もありませんし」


ぱらぱら。


「ガソリンも使わない」


ぱらぱら。


「税金も払いませんしな」


海の中で、数匹のソウダガツオが止まった。


「税金?」


「なんだろ」


「知らない」


「聞いとこ」


教祖は気づかない。


「これだけ毎回コマセを召し上がっているのですから」


仕掛けを上げる。


また餌がない。


「せめて食べた分くらい、払っていただきたいものですな」


ソウダガツオたちが顔を見合わせた。


「食べた分、払うんだって」


「魚も?」


「魚が」


「教祖が言ってた?」


「言ってた」


一匹が言った。


「みんなに教えよ」


群れが走り出した。


「魚も負担するんだってー!」


「食べた分払うんだってー!」


「教祖が言ってたー!」


「コマセ食べたら払うんだってー!」


声は、群れと一緒に遠ざかっていった。


教祖は何も知らない。


「さて」


教祖は竿を置き、クーラーボックスから自分の昼飯を取り出した。


一口食べる。


海を見る。


「私だけ食べるのも何ですな」


ぱらぱら。


またコマセを撒いた。


「どうぞ」


そして自分も食べ始めた。


ただの釣り人だった。


少し金のかかる、ただの釣り人だった。



*



「……なんか寒気がした」


「…………帯状疱疹?」


「そっちはもういい」


俺はマダイから配送物を受け取った。


ヤドカリ。


一匹。

二匹。

三匹。


生きている。


「これを大島まで?」


「はい」


「途中で食ったら?」


「商品代金が加算されます」


「聞かなきゃよかった」


キントキダイがヤドカリを見る。


「美味しそう」


「見るな」


キンメダイも見た。


「…………ちょっとだけなら」


「商品だぞ!!」


俺はヤドカリ三匹を守る側になった。


ついさっきまで、海にあるものは食えばいいと思っていた。


制度ができると、ヤドカリにも所有者ができるらしい。


「では、よろしくお願いいたします」


マダイが頭を下げた。


「待て」


「はい」


「大島って相模湾コマセ機構の管轄なの?」


「管轄外です」


「おい」


「ただし配送先としては対応しております」


「管轄外まで仕事取りに行くなよ!!」


ソウダガツオが先頭に立った。


「こっちー!」


「お前も来るの?」


「途中まで!」


「途中まで!?」


「黒潮に乗れば早いよ!」


「黒潮を高速道路みたいに言うな!!」


ソウダガツオはもう泳ぎ始めていた。


俺はヤドカリを見る。


三匹いる。


伊豆大島の方向を見る。


どっちか分からない。


最後にマダイを見た。


「これ、本当に行かなきゃダメ?」


「もちろん任意です」


「じゃあ行かない」


「承知しました。現物納付へ変更いたしますね」


「いくら?」


「こちらです」


提示された量を見た。


「大島行ってきます」


税金から逃げるために魚になった俺は。


税金を払えなくて、伊豆大島へ出前に行くことになった。


「鮮度優先でお願いしまーす!」


「ヤドカリに鮮度ってあるのかよおおおおお!!!」



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