公式マーク
「公式のチカメ様お守りを作りましょう!」
「作らない」
俺は即答した。
「どうしてですか?」
「どうしても何もないだろ。俺はお守りじゃないし、チヌ様も信じてないし、海上奉仕もしたくない」
「なるほど……」
魚は真剣な顔で頷いた。
最近、こいつらが「なるほど」と言ったあとに、ろくなことが起きない。
*
翌日。
「チカメ様!」
来た。
昨日の魚だ。
口に貝殻をくわえている。
「今度はなんだよ」
「公式です!」
「何が!?」
魚が嬉しそうに貝殻を差し出した。
昨日と同じ、目が異常に大きく描かれた俺。
長すぎる腹びれ。
なぜか王冠。
ただし今回は、隅に小さな印がついていた。
×
「…………」
俺はしばらく見た。
「このバツ何?」
「チカメ様の公式マークです!」
「なんで!?」
「チカメ様は昨日、お守りを見て『作らない』とおっしゃいました」
「言ったな」
「つまり、否定されました」
「うん」
「なので、チカメ様に否定された証としてバツをつけました」
「うん?」
嫌な予感がする。
「これが本人確認です!」
「待て待て待て」
俺は貝殻を見る。
確かにバツがついている。
「これ、俺がつけたバツじゃないよな?」
「はい!」
「お前がつけたんだよな?」
「はい!」
「じゃあ本人確認されてないだろ!」
魚は少し考えた。
「でも、チカメ様は否定しました」
「否定した」
「否定されたものにバツをつけました」
「お前がな」
「なので、本人確認済みです」
「どこで俺の手を離れた!?」
いや、最初から俺の手には入っていない。
魚だから手もない。
「じゃあ俺が今、『これは公式じゃない』って言ったら?」
「本人から否定された本物になります」
「…………じゃあ『公式だ』って言ったら?」
「公式になります」
「詰んでるじゃねえか!!」
何を言っても公式になる。
肯定しても公式。
否定しても本人確認済み。
黙ったらたぶん「黙認」とか言い出す。
「…………」
俺は黙ってみた。
魚が俺を見る。
「黙認ですね」
「やっぱり言った!!」
逃げ道がない。
公式という言葉を海に持ち込んだのは俺だ。
完全に自業自得だった。
「それ、本物ですか?」
後ろから別の魚がやってきた。
「はい。チカメ様本人から否定されました」
「おお……!」
「ありがたがるな!!」
魚は貝殻のバツ印をじっと見る。
「これが公式マーク……」
「違う!」
「本物にしかついてない?」
「偽物にも勝手につけられるだろ!」
二匹が顔を見合わせた。
「じゃあ、チカメ様に否定してもらえばいい」
「そうか!」
「そうかじゃない!」
嫌な予感がした。
非常に嫌な予感がした。
「私のチカメ様石も否定してください!」
別の魚が来た。
「俺の海藻人形も!」
もう一匹来た。
「こっちの貝殻にもお願いします!」
「増えるな!!」
気づけば俺の前に、貝殻、赤い石、海藻の塊が並んでいた。
「これは公式じゃない!」
「おお!」
「これも違う!」
「本人確認!」
「これはそもそも俺に見えない!」
「強い否定だ!」
「強い否定ってなんだよ!」
否定するたびに、魚たちは嬉しそうにバツをつけていく。
×
×
×
全部に同じ印がついた。
「サイン会みたいにするな!!」
俺は何も書いていない。
ただ怒っているだけだ。
なのに俺の前を通ったグッズが、次々と「本人確認済み」になっていく。
「人気者だな」
キントキダイが横で見ていた。
「違う」
「公式グッズもできたしな」
「非公式だ!」
「でもお前が否定したんだろ?」
「だから公式らしい」
「よく分からんな」
「俺も分からない!」
キンメダイが、バツ印のついた貝殻を眺めている。
「…………昨日より、分かりやすいね」
「何が?」
「…………本物っぽい」
「お前までブランド価値を感じるな!」
まずい。
バツがある方が本物っぽく見えてきた。
人間だった頃にもあった。
ロゴ。
認証マーク。
限定シール。
正規品の証。
違う。
これは全部違う。
ただのバツだ。
「もういい! 俺は行く!」
俺は逃げた。
キンメダイとキントキダイがついてくる。
後ろから声が聞こえる。
「チカメ様ー!」
「次も否定してください!」
「持ってくるな!!」
「新作できたらお願いします!」
「新作を作るな!!」
全力で泳いだ。
*
しばらくして。
ようやく静かになった。
「…………もういないな?」
俺は後ろを確認した。
誰も追ってきていない。
「やっと終わった……」
そのとき、岩陰に小さな魚がいるのが見えた。
そいつは何かを大事そうに抱えている。
貝殻だった。
俺が描かれている。
そして隅には――
小さなバツ印。
「…………」
俺は何も言わずに向きを変えた。
「どうした?」
キントキダイが聞く。
「帰る」
「どこに?」
「どこでもいい」
「…………何かあったの?」
キンメダイが岩陰を見る。
「見るな」
「…………あ」
「見るなって!」
キントキダイも気づいた。
「バツがついてるな」
「言うな」
「さっきのやつとは違う魚だぞ」
「知ってる」
「じゃあ、あれは――」
「言うな!!」
もう本人確認すら必要なかった。
俺が否定しなくてもいい。
俺が見なくてもいい。
俺が知らなくてもいい。
バツさえついていれば、本物。
公式マークだけが、勝手に泳ぎ始めていた。
「…………もう広まってる」
「何が?」
「公式マークがだよ!!」




