公式ではありません
「チカメ様?」
「…………」
俺は目を閉じた。
「帯状疱疹が悪化した」
「目を閉じても帯状疱疹は治らないぞ」
「現実を見なくて済む」
「目を開けろ」
嫌だ。
せっかく逃げてきたのに。もう少しだけ、俺を知らない海で暮らさせてくれ。
「チカメ様ですよね?」
仕方なく目を開けると、岩陰から出てきた魚が俺をじっと見ていた。
「違います」
「大きな目」
「寝不足です」
「長い腹びれ」
「伸びました」
「赤い体」
「海焼けです」
「チカメ様だ!」
「このくだり前にもやったよ!」
もう身元を隠すのは無理らしい。
「それで、何の用だ」
「見てほしいものがあります!」
「嫌な予感しかしない」
魚は嬉しそうに岩陰へ戻っていった。
しばらくして、何かをくわえて戻ってくる。
「これです!」
「…………何それ」
貝殻だった。
ただの貝殻ではない。表面に何かが描かれている。
赤い魚。大きな目。長い腹びれ。
「…………俺?」
「はい!」
「なんで?」
どう見ても俺らしき魚だった。
「チカメ様のお守りです!」
「お守り!?」
俺の知らないところで、俺のお守りができていた。
「持っていると海上奉仕できると言われています!」
「捨てろ!!」
呪物じゃねえか。
「誰が作ったんだよ!」
「知りません!」
「流通経路が不明!」
本人確認どころか、製造元すら確認できない。
昨日まで存在しなかったはずの俺の信仰が、もう海のどこかで勝手に生産され、勝手に流通している。
俺は貝殻をよく見る。
「…………ちょっと待て」
描かれている魚の目がでかい。
異常にでかい。
「俺こんなに目でかくないだろ」
「特徴です!」
「特徴を誇張するな!」
腹びれも長い。長すぎる。
もはやマントみたいになっている。
「腹びれもこんな長くねえよ!」
「格好いいです!」
「勝手にデザイン変更するな!」
そして、頭の上に何か乗っている。
「これは何?」
「王冠です!」
「俺、王じゃないよ?」
どこから出てきた。
「チカメ様なので」
「様に王位継承権はない」
キントキダイが横から貝殻を覗き込む。
「似てるじゃないか」
「どこがだよ」
「赤い」
「赤い魚ならだいたい似るだろ!」
キンメダイもじっと見ている。
「…………目は、ちょっと似てるよ」
「こんなにでかくない」
「…………でも、チカメの目は大きいよ」
「それは知ってる!」
なんだろう。
腹が立つ。
勝手に作られたものなのに、ちょっとだけ似ているのが余計に腹が立つ。
「他にもありますよ」
「他にも?」
魚が再び岩陰へ行った。
嫌な予感しかしない。
「これです!」
今度は小さな石だった。赤い色がついている。
「チカメ様石です!」
「ただの赤い石だろ」
「チカメ様です!」
「俺を石にするな」
「こちらも!」
次に出てきたのは、海藻を丸めたものだった。
「チカメ様人形です!」
「魚形ですらねえじゃねえか!」
もうなんでもありだった。
「これ全部、誰が作ってるんだ?」
「みんなです!」
「みんな!?」
最悪だ。
権利という概念がない。
「俺の許可は?」
「なんですか、それ?」
「だよな!」
海に著作権はなかった。
前世なら弁護士とか利用規約とか権利者とか、いろいろ出てくるところだ。
ここには魚しかいない。
「せめて本人に確認してから作れよ!」
「では、確認します!」
「おう」
魚が貝殻を俺の前に出した。
「作っていいですか?」
「ダメです」
「わかりました!」
よし。
話のわかるやつだ。
18話で学んだ。
本人確認は大事だ。
「では、もう作ってしまったものは?」
「回収」
「海上奉仕のお守りとして配ります!」
「話聞いてた!?」
ダメだ。
こいつもダメだ。
本人確認しても、本人の意思が反映されない。
「だいたい、俺は海上奉仕を勧めてない!」
「知っています!」
「じゃあなんで海上奉仕のお守りなんだ!」
「チカメ様は謙虚なので!」
「またそれかよ!」
俺が否定する。
謙虚になる。
謙虚になる。
信仰が強くなる。
最悪の永久機関が完成している。
「いいか!」
俺は貝殻を指した。
「これは俺じゃない!」
「チカメ様です!」
「俺だけど俺じゃない!」
「?」
「とにかく!」
俺は叫んだ。
「これは公式じゃない!!」
静かになった。
「…………公式?」
「…………」
しまった。
前世の言葉を使ってしまった。
「公式とはなんですか?」
「えーと……」
説明が難しい。
「本人が認めた、本物というか……」
「なるほど!」
魚の目が輝いた。
嫌な予感がした。
「では、公式のチカメ様お守りを作りましょう!」
「作らねえよ!!」
「本人が作れば公式です!」
「作らない!」
「本人が認めれば公式です!」
「認めない!」
「本人が監修すれば――」
「監修もしない!!」
「…………監修?」
「新しい言葉を拾うな!!」
危ない。
俺が前世の言葉を一つ持ち込むたびに、海に新しい商売の仕組みが生まれていく。
キントキダイが首を傾げる。
「作ればいいじゃないか」
「なんで俺が自分のお守り作るんだよ!」
「偽物が嫌なんだろ?」
「そうだけど!」
「本物を作ればいい」
「その理屈で公式グッズ事業を始めさせるな!」
キンメダイが貝殻を見る。
「…………でも、少し格好いいよ」
「どこが?」
「…………腹びれ」
「マントになってるやつ!?」
「…………うん」
「お前が肯定すると揺らぐからやめろ!」
危なかった。
一瞬だけ、公式版ならもう少し目を小さくして、腹びれも実物に近づけて――と考えてしまった。
「…………」
待て。
今、俺は何を考えた?
「チカメ様?」
「何でもない!」
こうして俺は、魚類で初めて。
非公式グッズに悩まされ――
そして一瞬だけ、公式グッズのデザイン修正を考えた魚になった。




