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有名魚になりたくない

帯状疱疹になった。


たぶん。


確認する方法はない。


「まだ痛いのか?」


「痛い気がする」


「気がする?」


「魚になってから帯状疱疹になったことないから、正解がわからないんだよ」


「人間だった頃はあるのか?」


「ない」


「じゃあ何もわからないじゃないか」


「症状は知ってる!」


体の片側がピリピリする。気がする。


ストレス。絶対ストレスだ。


「海上奉仕!」


「やめろ!!」


小さな魚が言っただけで、また体の片側がピリッとした。


「ほら! 今ピリッとした!」


「泳いだからじゃないか?」


「違う! これは帯状疱疹のピリッだ!」


「その違いがわかるのか?」


「気持ちの問題だ!」


もういい。


帯状疱疹の話は終わりだ。


それより問題は――


「お前」


「海上奉仕!」


「それじゃない。もうそれ言うな」


俺は小さな魚に近づいた。


「さっき俺の名前を言ったよな」


「チカメキントキ!」


「そう、それ」


嫌な予感しかしない。


「なんで知ってる?」


「サバ!」


「またサバか」


あいつら本当にどこにでもいるな。


「サバが何て言ってた?」


「チカメキントキ!」


「だから、そのチカメキントキがなんなんだよ」


「すごい!」


「何が?」


「魚拓!」


「まだ魚拓になってねえよ!」


勝手に完成させるな。


俺は生きている。少なくとも今のところは。


「チカメキントキ! 大きな目!」


「まあ、大きいな」


「長い腹びれ!」


「あるな」


「赤い!」


「お前らもだろ!」


俺の特徴が全部広まっていた。


なんだこれ。


指名手配じゃないか。


「他には?」


「珍しい!」


「…………」


そこだけは少し嫌だった。


人間だった頃なら、「珍しい」は別に悪い言葉じゃない。


珍しい人。珍しい物。


でも魚になった今は違う。


珍しい魚。


釣ったことがない魚。


見たことがない魚。


魚拓にしたい魚。


全部、釣り人が喜ぶ言葉だ。


「……最悪だな」


「何がだ?」


キントキダイが聞いた。


「珍しいって言われることだよ」


「珍しいならいいじゃないか」


「魚の場合は良くないんだよ」


珍しい。大きい。見たことがない。


人間だった頃の俺なら、全部釣りたくなる。


「もっとこう……どこにでもいる感じになりたい」


「無理だろ」


「なんでだよ」


「お前はチカメキントキだから」


「種族から否定された」


俺はキンメダイを見る。


「お前と入れ替われない?」


「…………無理だよ」


「ちょっとキンメダイになってみたい」


「…………名前を変えても、体は変わらないよ」


「じゃあ今日から俺はアジだ」


キンメダイが俺を見た。


「…………赤いアジ?」


「そういう新種ということで」


「…………目も大きいよ」


「寝不足のアジ」


「…………腹びれも長い」


「個性だよ!」


キントキダイが呆れたように俺を見る。


「無理があるぞ」


「じゃあサバでもいい」


「もっと無理がある」


俺は赤い。目が大きい。腹びれが長い。


どう見てもアジでもサバでもない。


「じゃあキントキダイ」


「やめろ」


キントキダイが即答した。


「なんでだよ。同じキントキダイ科だろ」


「俺がややこしくなる」


「もう十分ややこしいだろ」


「お前がいるからだ」


失礼な。


そのとき、暗闇の向こうから数匹の魚が近づいてきた。


「いたぞ」


「どこだ?」


「あれじゃないか?」


「目が大きいやつ」


俺は固まった。


魚たちがまっすぐ俺を見ている。


「チカメキントキ?」


「違います」


即答した。


「でも目が大きい」


「寝不足です」


「腹びれも長い」


「伸びました」


「赤い」


「日焼けです」


「海の中で?」


「海焼けです」


苦しい。


「やっぱりチカメキントキだ!」


「違うって言ってるだろ!」


魚たちが一斉に集まってきた。


「本物だ!」


「初めて見た!」


「本当に目が大きい!」


「腹びれ長い!」


「触っていい?」


「触るな!」


なんだこれ。


珍獣扱いじゃないか。


「海上奉仕するのか?」


「しねえよ!」


「いつ?」


「しない!」


「魚拓になる?」


「ならない!」


「ランキング何位?」


「知らねえよ!」


逃げてきたはずだった。


チヌ様から。海上奉仕から。魚拓ランキングから。


誰にも知られていない場所へ来たはずなのに――俺の名前だけが先に着いていた。


「チカメキントキだ!」


「本物だ!」


「こっち向いて!」


「腹びれ見せて!」


「…………」


俺はキンメダイとキントキダイを見る。


「なあ。もっと深いところ行こう」


「…………また行くの?」


「ここにも俺の名前が届いてる」


キントキダイが暗い海の底を見る。


「どこまで行くつもりだ?」


「俺を知らないやつがいるところまで」


そう言って泳ぎ出そうとした、そのとき。


「待って!」


一匹の魚が俺を呼び止めた。


「なんだよ」


魚は少し恥ずかしそうに俺を見ている。


「ずっと会いたかったんです」


「…………」


嫌な予感がした。


「チカメキントキさんの――」


魚が目を輝かせる。


「魚拓のファンです!」


「まだ魚拓になってねえよ!!」


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