第155話 伊豆のハワイアンズ赤沢温泉3
朝。
「チカメさん! 起きるっす!」
「ん……」
「朝食バイキング行くっす!」
「付いてんの!?」
目を開けると、イトヨリがすでに出かける気満々で俺の前を泳いでいた。
昨日は結局、じいちゃんが温泉から動かなくなり、俺たちもそのまま赤沢に泊まることになった。
泊まると言っても、海底で寝ただけだ。
宿泊施設に金を払った覚えはない。
それなのに朝食会場らしき場所の入口には、しっかり係の魚がいた。
「ご宿泊のお客様ですか?」
「違います」
「そうっす!」
「どっちだよ!」
係の魚が俺たちを数える。
「大人四匹と、お子様一匹ですね」
「お子様?」
見ると、ネコザメが俺の腹びれのそばにいる。
「こいつも数えるの?」
「ご宿泊のお客様は朝食無料で〜す」
「宿泊料金払ってないけど」
「…………」
「…………」
「どうぞ〜」
「いいんだ!!!」
朝食会場へ入る。
広い。
そして、あちこちに朝飯が並んでいた。
いや。
並んではいなかった。
『活きエビコーナー』
エビが歩いている。
「活きすぎだろ」
「うわっ! 逃げたっす!」
イトヨリが追いかけていく。
その隣には、
『お好きな貝をどうぞ』
砂地があった。
「…………」
キントキダイが砂を掘り始める。
「自分で掘るの?」
「新鮮ですね」
「普通に狩りじゃん」
さらに進む。
『朝採れ海藻』
海藻が生えている。
「今から俺が採るんだろ!!!」
キンメダイは何も言わず、小さな甲殻類を一匹捕まえていた。
「お前まで普通に順応すんなよ」
「…………朝ごはん」
「そうだけど」
ネコザメも俺のそばで、小さな貝を見つけて口に入れている。
まあ、こいつはいいか。
「チカメさん」
イトヨリが戻ってきた。
「どうした?」
「なんであの魚、ずっとあーしの後ろに並んでるんすか?」
イトヨリの後ろに、大きな魚が一匹いた。
じっとイトヨリを見ている。
「…………たぶんお前を朝飯だと思ってる」
「バイキングの列じゃないっす!!!」
イトヨリが逃げた。
大きな魚も追いかけた。
「食物連鎖をセルフサービスにするな!!!」
その時だった。
「GOOD MORNING!」
「うわっ!」
ペリーが来た。
「お前バイキング来ちゃダメだろ!!!」
「OH!」
ペリーの目が輝く。
その先には大量のオキアミがいた。
「KRILL!!!」
「待て!!!」
ごおおおおおおおおおっ!!!
オキアミの一角が消えた。
「一口じゃねえか!!!」
係の魚が笑顔で言う。
「おかわり自由で〜す!」
「店が潰れるぞ!!!」
「MORE PLEASE!」
「出すな!!!」
「ただいま補充しま〜す!」
「対応できるんだ!?」
赤沢、恐るべし。
少し離れたところでは、昨日の死滅回遊魚たちも普通に朝飯を食っていた。
「おはよう」
「昨日よく眠れた?」
「今日も温泉入ろう」
「お前らもう死滅する気ないだろ!!!」
「死滅回遊魚だよ?」
「名前だけ残ってんじゃねえか!!!」
そこへ二代目がやってきた。
「おい、じいちゃん。帰るぞ」
後ろには、昨日ようやく見つけたじいちゃんがいる。
「朝飯がまだだ」
「…………」
じいちゃんが朝食会場へ入っていく。
「昨日、明日帰るって言っただろ!」
「まだ朝だ」
「明日になっただろ!」
「朝飯を食ったら帰る」
「絶対だからな!」
じいちゃんは気にせず、朝飯を探し始めた。
二代目がため息をつく。
「いつもこれなんだよ」
「昨日から一個ずつ予定増えてるもんな」
「温泉行くと帰らねえんだよ」
「だから迎えに来たのか」
「飯食ったら帰るって言って、飯食ったら風呂入る」
「で、風呂入ったら?」
「腹減ったって言う」
「永久機関じゃん!!!」
「だから一人で帰すと何日も帰ってこねえんだよ!」
「じいちゃんを温泉に近づけるなよ!!!」
しばらくして、俺たちも朝飯を食い終えた。
「ごちそうさまでしたっす!!! 朝食バイキング最高っす!」
「ほとんど自分で捕まえてたけどね」
「新鮮だったっす!」
「そりゃ逃げてたからな」
じいちゃんも戻ってきた。
「食った」
二代目がすぐに前へ出る。
「帰るぞ!」
「もう一度、湯に――」
「帰るぞ!!!」
「また来る」
「しばらく来んな!!!」
二代目がじいちゃんを連れて、熱川の方へ泳ぎ出す。
「じゃあな、チカメ!」
「ああ。またな」
「ウヒッ!」
二匹のワニが遠ざかっていった。
「さて」
俺たちも川奈へ向かおうとしたところで、ペリーがやってきた。
「チカメ!」
「ん?」
「ワタシ、この子たちと小笠原へ行くことになりまシタ!」
ペリーの後ろから、朝食会場にいた派手な小魚が何百匹も出てくる。
「小笠原行ってくる」
「楽しみ」
「暖かいんだって」
「いつの間にそんな話になったの!?」
「朝ごはん食べながら決めた」
「旅行の予定立ててたの!?」
ペリーが楽しそうに身体を揺らす。
「小笠原まで一緒に行きマース!」
「小笠原楽しみ!」
「何食べよう」
「温泉あるかな」
「完全に旅行じゃねえか!!!」
ペリーが大きな尾びれを動かした。
「川奈はまた今度ネ〜!」
「ああ、またな!」
「SEE YOU!」
ペリーと小魚たちは、そのまま沖へ向かっていった。
「チカメさん!」
イトヨリが川奈の方を向く。
「今度こそ帰るっす!」
「ああ」
俺たちも赤沢を出た。




