第154話 伊豆のハワイアンズ赤沢温泉2
「待てえええええ!!!」
俺の声なんか聞いちゃいない。
カンパチは熱い湯へ突っ込んだ。
「うおおおおお!!!」
「行ったぞ!」
「早い早い!」
「まだ上がってきてねえぞ!」
周囲が一斉に沸く。
「盛り上がるな!!!」
その直後。
ぷかぁ……。
横になっていたオジサンの身体が、ゆっくり浮き始めた。
「来たぞ!!!」
上で待っていたブリ、イナダ、ヒラマサたちが一斉に動く。
「オジサンだ!」
「こっち来るぞ!」
「頭は俺だ!」
「早い者勝ちだ!」
「お前らさっきまで勝敗に賭けてただろ!!!」
オジサンが熱い湯を抜け、上へ浮かんでいく。
そこへ真っ先に飛び込んだカンパチが食いついた。
「いただき――」
「あ」
カンパチが止まった。
「…………」
「…………」
カンパチの身体が震える。
「熱っっっっっ!!!」
「だから言っただろ!!!」
オジサンを咥えたまま、カンパチが暴れ回る。
「熱い熱い熱い!!!」
「離せよ!!!」
「離したら取られる!!!」
「命と昼飯を天秤にかけるな!!!」
それでもカンパチは離さない。
周囲のブリたちが見守る。
「根性あるな」
「いい食いっぷりだ」
「頑張れ」
「応援するな! 助けろよ!」
監視員もカンパチを見ていた。
「お客様! 競技エリア内です!」
「だから助けろって!!!」
「参加受付されますか!?」
「今!?」
カンパチの動きが止まった。
「…………」
「カンパチ?」
ゆっくり身体が傾く。
「おい」
横になった。
「増えた!!!」
ぷかぁ……。
今度はカンパチが浮き始めた。
一瞬、静かになった。
そして。
「カンパチ来たぞ!!!」
「そっち食うか!」
「身が多い!!!」
「切り替え早えな!!!」
さっきまでオジサンを狙っていた魚たちが、一斉にカンパチへ向かう。
オジサンが取り残された。
「お前のために死んだのに!!!」
「カンパチの方がでかい!」
「脂もあるぞ!」
「オジサン誰か食えよ!!!」
その時だった。
どこからともなく、明るい声が響いた。
「新しいお料理到着しました〜!」
「到着したんじゃなくて今死んだんだよ!!!」
魚たちがカンパチへ群がる。
ブリ。
イナダ。
ヒラマサ。
さらに周囲にいた魚まで加わった。
「おいしい!」
「熱々だ!」
「獲れたてで〜す!」
「獲ってもいねえよ!!!」
俺はカマスを見る。
三匹とも普通に食べ始めていた。
「お前らも食うの!?」
「そりゃ食うだろ」
「賭けは!?」
「外れた」
「切り替えが早すぎる!」
ペリーまで口を開ける。
「ワタシもいただきマース!」
「お前が食ったら全部なくなるだろ!!!」
少し離れたところでは、最初に浮いてきたオジサンを、さっきの死滅していない死滅回遊魚たちがつついていた。
「おいしい」
「柔らかい」
「ここ、ご飯もあるし最高」
「それが『ご飯ある』の正体だったの!?」
赤沢に死滅回遊魚が居着く理由を知りたくなかった。
しばらくすると、カンパチの周りにいた魚たちが少しずつ離れていった。
残っているのは頭と骨と、わずかな身だけだ。
そこへ一匹のウツボがやってきた。
「もうこのお料理食べる方いませんかぁ〜?」
「ん?」
「下げますね〜」
ガボン!!
残っていたカンパチを丸ごと飲み込んだ。
「下げるって食うことなの!?」
ウツボは何事もなかったように次へ向かう。
オジサンの方では、まだ小さな魚たちがつついていた。
「こちらも下げますねぇ」
「まだ食ってるぞ!」
ウツボがにこやかに声をかける。
「危ないので小魚さんは下がってくださいね〜」
「はーい」
「はーい」
小魚たちがぱらぱらと離れる。
「ちゃんと安全管理するんだ……」
ガボン!!
オジサンの残りが消えた。
ウツボはそのまま泳いでいく。
「ご利用ありがとうございました〜」
「最後だけ普通の温泉みたいにすんなよ……」
すると、小さな魚が一匹戻ってきた。
「あれ?」
辺りを見回している。
もう一匹も探し始めた。
「お父さんがいない!」
「おとうさんどこいったの!?」
「…………」
遠ざかっていくウツボを見る。
「…………」
見なかったことにした。
「チカメ!」
振り返ると、二代目が戻ってきていた。
「じいちゃんいねえんだよ。探すの手伝ってくれ」
「まだ見つかってなかったの?」
「温泉が広すぎんだよ!」
「海底にこんなの作るからだよ!!!」
仕方なく、俺たちもじいちゃんを探すことになった。
「じいちゃーん!」
「じいちゃーん!」
イトヨリまで一緒になって呼んでいる。
温泉をいくつか回ったところで、イトヨリが止まった。
「あれじゃないっすか?」
少し離れた温かい水の中に、一匹のイリエワニがいた。
でかい。
目を閉じて、完全にくつろいでいる。
二代目が飛んでいく。
「じいちゃん!!!」
じいちゃんが薄く目を開けた。
「おお」
「おおじゃねえよ! 何日いるんだよ!」
「分からん」
「帰ってこねえから迎えに来たんだぞ!」
「そうか」
「帰るぞ!」
「明日帰る」
「なんでだよ!」
じいちゃんは再び目を閉じた。
「今日はもう湯に入った」
「毎日入ってんだろ!!!」
「赤沢の湯は違う」
「ワニまで言うの!?」
二代目が俺を見る。
「こうなると動かねえんだよ」
「じゃあ何しに迎えに来たんだよ!」
「だから手伝えって言っただろ!」
「魚が何を手伝えるんだよ!」
「チカメさん!」
イトヨリが飛んでくる。
「じゃあ今日はここに泊まるっす!」
「なんで嬉しそうなの?」
「赤沢温泉一泊っす!!!」
「海底だぞ」
「朝風呂もあるっす!」
「ずっと風呂だよ!!!」
結局、じいちゃんが動かないので、俺たちも赤沢で一晩過ごすことになった。
日が落ちる。
昼間あれだけ騒がしかった温泉街も、少しずつ静かになっていった。
イトヨリも眠った。
キントキダイも眠った。
キンメも眠っている。
ネコザメは俺の腹びれの間で丸くなっていた。
少し離れたところでは、二代目もじいちゃんの近くで眠っている。
静かな赤沢の海。
その中で。
二代目の身体から、小さな影が離れた。
ゆっくり。
誰にも気づかれないまま。
小さな影は俺のところまでやってくる。
「おじゃましま!」
すぽっ。
俺は起きなかった。




