第150話 落ちてきた
小サバとの話も終わった。
神子元まで来た目的は果たした。
「よし。帰るか」
「帰るっす!」
イトヨリが元気よく返事をする。
キンメもいる。
キントキダイもいる。
ホンガツオもいる。
全員無事だ。
イシナギは岩のようにおとなしくなり、ホンソメワケベラの双子は今度はハンマーヘッドを掃除している。
「ハンマーヤ、ハンマー♪」
「ハンマママ、ハンマーハンマー♪」
まだ歌っていた。
「それいつまでやるの?」
「まだ途中」
「こっちも途中」
「何が?」
「お掃除」
「歌の話だよ!!!」
まあいい。
もう好きなだけ歌ってくれ。
俺たちは川奈へ向かおうとした。
「…………ん?」
ハンマーヘッドが何か食っている。
さっきまで小サバを追い回していた奴とは別の一匹だった。
口から何かがはみ出している。
「何食ってんだ、あいつ」
イトヨリも振り返った。
「魚じゃないっすか?」
「それは分かる」
灰色っぽい体。
サメみたいな形。
どこかで見たような――
「あ」
思い出した。
イシナギが暴れた時、岩の近くにいた奴だ。
ほとんど動けず、騒ぎに巻き込まれて、そのまま流されていった。
「あいつじゃねえか!!!」
ハンマーヘッドが噛む。
「待て待て待て!!!」
もう一度噛む。
「お前それ食うの!?」
食うらしい。
「弱ってた奴っすか?」
「そう! さっき流されてった――」
ハンマーヘッドが大きく口を動かした。
「…………」
飲み込んだ。
「食った!!!」
「食ったっすね」
「食ったな」
キントキダイまで冷静に言う。
「いや、そうなんだけど!」
海では珍しいことじゃない。
弱った魚が食われる。
それだけだ。
分かっている。
分かっているけど、さっき見た奴が目の前で食われると、なんとも言えない気分になる。
「…………」
帰ろう。
そう思った時だった。
ポロッ。
「ん?」
ハンマーヘッドの口元から、何か落ちた。
小さい。
ものすごく小さい。
ひらひらと海底へ落ちていく。
「なんか葉っぱみたいの落ちたっす」
「見えてる」
ゴミではない。
動いている。
俺たちは近づいた。
「…………魚?」
「食べ残しじゃないっすか?」
小さな体。
頭のわりに大きなヒレ。
くっきりとした縞模様。
俺はその姿をじっと見る。
知っている。
「…………ネコザメ?」
「猫?」
「ネコザメだ」
「これがっすか?」
「たぶん。まだ赤ちゃんだな」
小さなネコザメは海底に着くと、その場でじっとしていた。
俺はネコザメを見る。
ネコザメも俺を見る。
上を見る。
ハンマーヘッド。
下を見る。
ネコザメ。
もう一度上を見る。
ハンマーヘッド。
「…………」
まさか。
「さっき食われたの……親?」
誰も答えない。
答えられる奴は、もうハンマーヘッドの中だ。
「親ーーーーー!!!」
イトヨリがハンマーヘッドを見る。
「丸ごといったっすね」
「言うな!!!」
小さなネコザメは、じっと俺たちを見ている。
「…………」
どうする。
どうすると言われても、どうしようもない。
海ではこういうこともある。
俺が親の代わりになれるわけでもない。
そもそもネコザメの育て方なんて知らない。
「…………行くか」
俺はネコザメに背を向けた。
少し泳ぐ。
「チカメさん」
「ん?」
「来てるっす」
振り返る。
小さなネコザメがいた。
「…………」
さっきまでいた場所から少しだけ移動している。
「偶然だろ」
また泳ぐ。
しばらく進む。
振り返る。
いる。
「…………」
止まる。
ネコザメも止まった。
右へ行く。
ついてくる。
左へ行く。
ついてくる。
止まる。
止まる。
「なんでだよ」
ネコザメは俺を見ている。
「食ったの俺じゃないからな?」
上を指す。
ハンマーヘッドはまだ双子に掃除されている。
「ハンマーヤ、ハンマー♪」
「ハンマママ、ハンマーハンマー♪」
「責任者あっち!!!」
ネコザメは動かない。
「いや、こっち来ても何もないぞ」
俺が泳ぐ。
ついてくる。
「川奈まで帰るんだぞ?」
ついてくる。
「遠いぞ?」
ついてくる。
イトヨリが笑った。
「懐かれたんじゃないっすか?」
「なんで俺に!?」
「最初に見たからじゃないっすか?」
「知らねえよ!」
俺はもう一度止まった。
ネコザメも止まった。
小さな体で、俺の少し後ろにいる。
「…………」
俺が近づく。
逃げない。
少し離れる。
ついてくる。
「…………猫じゃねえか」
そう言った瞬間、ネコザメが俺の下へ潜り込んだ。
「ん?」
長い腹びれの間に、すっぽり収まった。
「…………」
「そこじゃねえよ」
外へ出す。
ネコザメは少しだけその場にいた。
そしてまた、俺の腹びれの間に入った。
「…………」
もう一度出す。
また入る。
「なんでそこなんだよ!!!」
イトヨリが覗き込む。
「気に入ったんじゃないっすか?」
「俺の腹びれを寝床にするな!」
ネコザメは出てこない。
キンメが近づいて覗き込んだ。
ネコザメはさらに奥へ入った。
「隠れるな!!!」
俺が泳ぎ出すと、ようやく腹びれの間から出てきた。
そのまま後ろをついてくる。
止まる。
ネコザメも止まる。
「…………猫じゃねえか」
結局。
神子元を出る時には、一匹増えていた。
拾った覚えはない。
助けた覚えもない。
ただ。
ハンマーヘッドから落ちてきた。
それだけだった。




