第149話 食べられるのは嫌だけど
「他のみんなにも言っておく!」
「頼む!」
小サバとの話はまとまった。
川奈へ移住するわけじゃない。これからまた回遊の途中で川奈や伊東にも寄る。それを他の群れにも伝えてもらう。
これで、メジナの爺さんに頼まれたことは果たせそうだった。
「じゃあね!」
「ああ。また川奈でな」
小サバが巨大な群れへ戻っていく。
一匹の銀色が、数え切れない銀色の中へ溶けていった。
「終わったっすねえ」
イトヨリが言った。
「ああ」
神子元まで来た目的は果たした。
あとは――
群れの端が消えた。
「…………ん?」
銀色の帯が、不自然にへこんだ。
次の瞬間。
小サバの群れが爆発した。
「うわああああああ!!!」
「なんだ!?」
さっきまで一つの巨大な生き物みたいにまとまっていた群れが、一斉に四方へ散る。
その真ん中を。
ハンマーヘッドが突っ切っていた。
「お前かよ!!!」
「ごはん」
「またかよ!!!」
ハンマーヘッドが小サバを追う。
小サバが逃げる。
ハンマーヘッドが曲がる。
群れも曲がる。
また突っ込む。
また割れる。
「食べられる!!!」
さっき話していた小サバが、俺たちの方へ逃げてきた。
「助けて!!!」
「ほら見ろ!!!」
「何が!?」
「神子元だって食われるじゃねえか!!!」
「今それ言う!?」
「川奈だけ危険みたいに言いやがって!」
「今それどころじゃないよ!!!」
ハンマーヘッドがこっちへ来る。
「来たっす!!!」
「散れ!!!」
俺たちも散った。
小サバも散った。
ハンマーヘッドだけが楽しそうだった。
「待って!ご飯達」
「待つわけないだろ!!!」
その時。
どこからともなく、歌が聞こえてきた。
「ハンマーヤ、ハンマー♪」
「…………」
「ハンマママ、ハンマーハンマー♪」
「また始まった!!!」
ホンソメワケベラの双子だった。
二匹は歌いながらハンマーヘッドへ近づいていく。
「ハンマーヤ、ハンマー♪」
「ハンマママ、ハンマーハンマー♪」
ハンマーヘッドの動きが止まった。
「止まるのかよ!!!」
「お掃除するよ」
「お掃除するよ」
双子が左右からハンマーヘッドの体へつく。
さっきまで小サバを追い回していたハンマーヘッドが、おとなしくなった。
「…………」
「…………」
小サバの群れも止まった。
俺たちも止まった。
「この歌、何にでも効くのかよ」
「歌じゃないよ?」
「お掃除だよ?」
「じゃあ歌う必要ねえだろ!!!」
双子は答えず、そのままハンマーヘッドを掃除している。
「ハンマーヤ、ハンマー♪」
「ハンマママ、ハンマーハンマー♪」
もう好きにしてくれ。
小サバが恐る恐る俺のところへ戻ってきた。
「やっぱり海って危ないね」
川奈だろうが神子元だろうが、食う奴はいる。
小サバがもう一度、群れへ戻ろうとした。
「あ、そうだ」
「今度はなんだ?」
「川奈にイワシいる?」
「いるよ」
「キビナゴは?」
「いる」
小サバは少し考えた。
「じゃあ、福音がない日でもご飯あるね」
「…………」
俺は小サバを見た。
小サバも俺を見た。
「お前らも食う側だったのかよ!!!」
「食べるよ?」
「今ハンマーヘッドから泣きながら逃げてたじゃねえか!」
「食べられるのは嫌だよ」
「食べるのは?」
「好き」
「海だなあ!!!」
小サバは今度こそ群れへ戻っていった。
一匹だった銀色が群れに混ざり、もうどこにいるのか分からなくなる。
やがて巨大な群れは形を変えながら、神子元の海を泳いでいった。
俺たちは、その姿を見送った。
――それからしばらくして。
川奈では、また昔のように小サバの群れが見られるようになった。
福音が降れば、小サバたちが集まってくる。
福音がない日も、小サバたちは元気だった。
イワシがいた。
キビナゴもいた。
「聞いてないぞ!!!」
「誰だよ呼び戻したの!!!」
川奈に昔からいたイワシとキビナゴから、大変な非難を浴びたという。
それでも小サバたちは、今日も元気に川奈の海を泳いでいる。
追いかける側としても、追われる側としても。
めでたし、めでたし。




