第148話 北上しすぎるな
「行かないよ!!!」
小サバに即答された。
「いや待て! そもそもお前ら全員で川奈に引っ越せって話じゃない!」
「違うの?」
「違うよ!!!」
言われてみれば、さっきまでの俺は完全に移住先の営業をしていた。
「川奈にもまた回ってきてほしいんだよ。最近、小サバが全然来なくなったからな。お前らだけじゃなくて、他の群れにも伝えてくれればいいんだ」
「たまに行けばいいの?」
「そう。回遊してくれればいい」
小サバが少し考える。
これならどうだ。
住めとは言っていない。たまに川奈で福音を食って、またどこかへ行けばいい。
「でも、泳がせ釣りの餌にされるんでしょ?」
「…………」
「大型魚に食べさせるんでしょ?」
「一部熱狂的な人だけだ!」
「やっぱり嫌だよ」
「いや、でも考えてみろ」
「何を?」
「お前ら、針がついてなくても大型魚には食われるだろ」
「…………」
「針がついて大型魚に食われるか、普通に泳いでて大型魚に食われるかの違いだ」
「針ついてない方がいいよ」
「そりゃそうだな!!!」
イトヨリが吹き出した。
「また負けたっす」
「うるさい!」
小サバはしばらく考えていたが、さっきよりは話を聞く気になったらしい。
「どこまで行けばいいの?」
「川奈と伊東辺りまでで十分だ」
「もっと北は?」
「宇佐美、網代くらいまでなら……まあいい。しかし……」
「しかし? しかしの先は!?」
「本当はあんまり言うと怒られちゃうから……言うのやめようと思ってたんだが……」
「えっ、怖い……。なんで?」
「…………熱海だから」
イトヨリが俺を見た。
「出たっす、謎の敵視が!!」
「熱海はダメなの?」
小サバは何も知らない。
「ダメ……ではないんだ。行くも行かないも君たちの自由なわけだし。俺が言うことでもないし。あ〜……いや、なんでもない」
「なんで? なに!? 教えてよ……」
「熱海には……」
「熱海には?」
「…………海釣り施設がある」
「海釣り施設?」
「観光客も来る。家族連れも来る。普段ほとんど釣りをしない人間だって竿を出す」
「それが何?」
分かってない。
俺は小サバをじっと見た。
「そこで、お前が釣れる」
「…………うん」
「初めて釣ったサバだ」
「…………うん」
「どうすると思う?」
「逃がしてくれる?」
「答えはノーだ……持って帰る」
小サバの動きが止まった。
「川奈や伊東なら『また小サバか』だ。だが、初めて釣ったサバなら話は違う」
「…………」
「食うぞ」
群れのざわめきが消えた。
「想像してごらん」
「嫌だ」
「まず包丁が入る。出刃包丁ならまだいい……スパッと切れてくれるからな」
「何がいいの?」
「でもな。普段魚なんか捌かない家庭では、百円ショップの使い古された包丁が出てくるんだ……」
「…………嫌」
「ギーコー、ギーコー……。あれ? うまく切れませんね? ギーコー、ギーコー……」
「やめて」
「皮が切れない。身が潰れる」
「やめてって!!!」
「そして切られたお前の身に、塩が塗り込まれていく」
「…………」
「念入りに……傷口に塗り込ませるように。あぁ、傷口じゃありませんでしたね。飾り包丁でした」
「やめてえええええ!!!」
「尻尾やヒレには焦げ付かないよう、さらに念入りに塩だ」
「もうやめてえええええ!!!」
目の前の小サバが群れの中へ逃げ込んだ。周りにいた小サバまで一斉に俺から距離を取る。
「そして焼かれる」
「もういいよ!!!」
「チカメさん! あーしまで塩焼きにされる気分になってきたっす!!!」
「だから北上しすぎるな! 網代で引き返せ!」
「熱海怖い!!!」
「そうだろ!」
「今度、川奈にも回る!!!」
「よし!!!」
やった。
福音でもなかった。
風紀委員でもなかった。
オールインクルーシブでもなかった。
最後に小サバを動かしたのは、熱海だった。
キントキダイが呆れたように俺を見る。
「それでよいのか?」
「結果がすべてだ」
ホンガツオが口を開いた。
「では、話はまとまったな」
「ああ」
小サバの群れから声が飛んできた。
「他のみんなにも言っておく!」
「頼む!」
「川奈には行ってもいいけど、熱海には行くなって!」
「…………」
少し違う。
だが。
まあいいか。




