どの終わりなら正しいのか
「ところで」
俺は赤い魚たちを見た。
「昨日落ちてきたっていうサバはどこにいるんだ?」
チヌ様。魚拓。ランキング。海上奉仕。
ここまで正確に情報を伝えているのなら、ぜひ話を聞いてみたい。俺たちが逃げてきた場所で、今何が起きているのか。
それに、もしかしたら俺が海上奉仕候補として見られていることについても、何か知っているかもしれない。
「サバ?」
「ああ。上から落ちてきたっていう」
「あいつなら食ったぞ」
「…………え?」
赤い魚は何でもないことのように言った。
「弱ってたからな」
「食った?」
「ああ」
「誰が?」
「みんなで」
「情報提供者だぞ!!」
昨日までニュースを届けていたやつが、今日には食料になっていた。
「お前らもう少しこう……ないの?」
「何がだ?」
「感謝とか」
「したぞ」
「したの?」
「いただきますって」
「そっちの感謝じゃねえよ!」
俺は絶句した。
だが、考えてみれば当たり前だった。ここは海だ。魚が魚を食う。
俺だって食う。小魚も食べる。エビやカニのようなものだって食べる。今まで何もおかしいとは思わなかった。
「…………」
俺は、さっき赤い魚が釣り上げられていった場所を見上げた。
あいつは人間に釣られた。サバは魚に食われた。
違いはなんだ?
人間に釣られて食われる。魚に襲われて食われる。どちらも最後は、誰かの腹の中だ。
人間に釣られることだけを、俺はずっと恐れていた。もちろん怖い。今でも絶対に釣られたくない。
でも――魚に食われるなら、それは正しい終わりなのか?
自然だから?
人間に食われるのは悪で、魚に食われるのは善。
そんな単純な話なのだろうか。
「どうした?」
キントキダイが俺を見ていた。
「いや……」
俺は少し考えた。
「人間に釣られて死ぬのと、魚に食われて死ぬのって、何が違うんだろうな」
キントキダイが黙った。
キンメダイもこちらを見る。
珍しく、誰もすぐには答えなかった。
やがてキントキダイが言った。
「どっちも嫌だな」
「…………まあ、そうだな」
終わった。
俺の哲学は三秒で終わった。
そうだ。どっちが正しいとかじゃない。
どっちも嫌だ。
キンメダイが少し考えてから言った。
「…………じゃあ、長生きすればいいんじゃない?」
「それができれば苦労しねえんだよ」
上には釣り人。周りにはフィッシュイーター。下へ逃げても釣り人。弱ったら情報提供者でも食われる。
「魚、生存ルート少なくない?」
転生先として、かなり厳しい気がしてきた。
「それで、サバはうまかったのか?」
キントキダイが赤い魚に聞いた。
「脂があってうまかったぞ」
「聞くなよ!」
しかも高評価だった。
「まだ少し残ってるぞ」
「残ってるの!?」
岩陰を見る。
何かがあった。
あまり見ないことにした。
「食うか?」
「食わねえよ!」
「うまいぞ」
「昨日まで喋ってたんだろ!」
「昨日は情報。今日は食料だ」
「切り替えが早すぎるんだよ!」
俺は岩陰から離れた。キンメダイとキントキダイもついてくる。
「行こう」
キンメダイが聞いた。
「…………どこへ?」
「もっと深いところだ」
ここにも福音は届いていた。針も届いた。そして、弱ったら食われる。
だったらもっと深く。もっと暗く。
人間も、チヌ様も、魚拓も、何も届かないところへ。
「まだ下へ行くのか?」
キントキダイが聞く。
「ああ」
俺は暗い海の底を見た。
「ここまで来たら、とことん逃げてやる」
逃げることが正しいのかは、わからない。どんな終わりが正しいのかも、わからない。
ただ一つだけ。
今の俺にも、はっきりわかることがある。
「俺はまだ死にたくない」
「当たり前だろ」
キントキダイが即答した。
「知ってる」
「…………僕も、まだ死にたくないよ」
キンメダイが静かに言った。
「お前まで真面目に足すと、俺だけ恥ずかしくなるだろ!」
また哲学が三秒で終わった。
俺たちは、さらに暗い海へ向かった。




