第146話 小サバと静寂と私
静かだ。
さっきまでドゴォン、ドゴォンと海底が揺れていたせいで、何も聞こえない方が落ち着かない。
「…………終わったっすね」
イトヨリが恐る恐る岩陰から出る。キントキダイもその後に続いた。
「本当に大丈夫なのか?」
「知らん」
「…………寝てる」
キンメが見ている先では、巨大なイシナギが海底に横たわったまま動かない。その周りを二匹のホンソメワケベラが泳ぎ、ときどき身体をつついている。
あれだけ暴れていた魚とは思えない。
「触ってみるっす」
イトヨリが近づこうとする。
「やめろ」
「ちょっとだけっす」
「起きたらお前が責任取れよ」
「やめとくっす」
正しい。
その時、遠くから何かがものすごい速度で近づいてきた。一直線にこちらへ向かってくる。
あの速度には見覚えがある。
「お前たち!」
「委員長!」
ホンガツオだった。
「風紀委員長だ!」
「ちゃんと委員長って呼んだよ!!!」
ホンガツオは俺たちの前で止まり、イシナギ、散り散りになったハンマーヘッド、まだ残っている砂煙を順番に見た。
「…………何があった」
「大惨事世界大戦だよ!!!」
もう一度周囲を見回したホンガツオは、それ以上追及しなかった。
「そうか」
「納得早いな!」
「それより、いたぞ」
「何が?」
「小サバだ」
「…………」
忘れてた。
「小サバ!!!」
イトヨリが跳ねた。
「そうだったっす!!!」
キントキダイも目を見開く。
「我々はそれを探しに来たのだったな」
「…………忘れてた」
「全員忘れてたの!?」
俺もだけど。
「どこにいる!?」
「あっちだ。この先に群れがいる」
ホンガツオが沖を向いた。
「行こう!」
「待て」
「なんだよ!」
ホンガツオの視線を追う。
「…………」
ハンマーヘッド。
イシナギに散々叩きつけられ、逃げ回っていたハンマーヘッドたちが、少し離れたところで再び群れ始めている。
「…………いなくならないんだ」
「ここに住んでいるからな」
「そりゃそうだけどさ!!!」
イトヨリが俺の後ろに隠れた。
「また食べていい?って言われるっすか?」
「言われるだろうな」
「嫌っす」
「俺も嫌だよ」
だが、小サバはその先にいる。
ここまで来て、ハンマーヘッドが怖いから帰るわけにもいかない。
「行くぞ」
「行くんすか!?」
「小サバ探しに来たんだよ!」
「そうだったっす!」
「何回思い出すんだよ!!!」
俺たちはホンガツオの後ろについて、ハンマーヘッドの群れへ近づいた。
一匹がこちらに気づき、ゆっくり寄ってくる。
「…………」
目が合った。
いや。
あの目の位置で合ってるのかは分からない。
「戻ってきてくれたの?」
「違う」
「食べていい?」
「ダメ」
「そっか」
ハンマーヘッドはあっさり離れていった。
「今日は諦めるの早かったっすね」
「あいつらも疲れてんだろ」
遠くでは、岩のようになったイシナギが寝ている。
「そりゃ疲れるっすね」
ホンガツオを先頭に群れの間を抜けていくと、何匹ものハンマーヘッドがこちらを見た。
「食べていい?」
「ダメ!」
「食べていい?」
「ダメ!」
「ちょっとだけ?」
「ダメ!!!」
「先っぽだけ」
「...」
「人気者っすね、チカメさん」
「嬉しくねえよ!!!」
しばらく進んだところで、ホンガツオが速度を落とした。
「いたぞ」
「あそこか?」
青い海の向こうに、銀色の魚体が帯のように続いている。
上にも下にも、さらにその奥にもいる。数なんて数えられないほどの小さな魚たちが、巨大な群れを作って泳いでいた。群れ全体がひとつの生き物のように膨らみ、縮み、形を変えていく。
「…………小サバだ」
やっと見つけた。
イトヨリがすぐにスマホを取り出した。
「合ってるっす!」
「確認しなくても分かるよ!」
「念のためっす!」
俺たちが近づくと、小サバの群れがわずかに形を変えた。その中から一匹が前へ出てくる。
「何の用?」
「お前たちを探しに来た」
「僕たちを?」
「最近、川奈に小サバが来なくなったんだ。川奈の爺さんに、探して連れて帰ってきてくれって頼まれてな」
「…………川奈?」
「そう」
その名前を聞いた途端、目の前の一匹だけではなく、後ろの群れまでざわつき始めた。
なんだ。
この反応。
前に出ていた小サバが、あっさり言った。
「行かない」
「…………え?」
「川奈には行かない」
「なんで!?」
「だって、川奈なんて行ったら食われるじゃん」
「…………」
否定したい。
ものすごく否定したい。
でも。
川奈の食物連鎖を知りすぎている。
「…………まあ、それは」
「食われるじゃん」
「二回言うな!!!」




