第145話 祭りの後
「あーーーーれーーーーー!!!!」
また飛ばされた。
岩。
砂。
ハンマーヘッド。
全部が横へ流れていく。
いや。
流れているのは俺だ。
「もういいって!!!」
必死に尾びれを動かす。
目の前に岩が見えた。
今度こそ本物だ。
たぶん。
「もう信じるぞ!!!」
岩陰へ飛び込む。
水流が頭の上を抜けていった。
「…………」
動かない。
岩だ。
よかった。
岩が岩だった。
「岩で安心する日が来るとは思わなかった……」
顔を出す。
少し離れた岩陰から、赤い魚が顔を出していた。
キンメ。
その隣。
キントキダイ。
さらに向こう。
「チカメさーーーーーん!!!」
イトヨリもいた。
「全員いる!!!」
「チカメさん!!!」
「キンメ!」
「…………いる」
「キントキダイ!」
「何度呼べば気が済むんだ!」
「よし! 今度こそ集まるぞ!」
四匹が慎重に岩陰から出る。
近づく。
あと少し。
ドゴォン!!!
「伏せろ!!!」
四匹同時に岩陰へ戻った。
砂煙が頭上を通過する。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
イトヨリが顔だけ出した。
「またっす」
「知ってる」
イシナギだった。
ハンマーヘッドを咥えたまま、海底を横切っていく。
遠くで反転する。
ドゴォン!!!
「…………」
また反転する。
ドゴォン!!!
「…………」
キンメが呟いた。
「…………元気だね」
「元気で済ませていいのかな、あれ」
ドゴォン!!!
キントキダイが岩陰から覗く。
「いつまで続くんだ?」
「俺が聞きたいよ」
イトヨリが隣に並んだ。
「でも、ちょっと慣れてきたっす」
「慣れちゃダメなやつだよ」
ドゴォン!!!
もう誰も驚かなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「本当に慣れてきたな」
まずい。
百匹を超えるハンマーヘッドの群れは、完全に崩れていた。
逃げる。
集まる。
また逃げる。
そのたびにイシナギが追う。
捕まえる。
咥える。
叩きつける。
ドゴォン!!!
「神子元なくなるんじゃないっすか?」
「なくなりはしないだろ」
「削れてはいそうだな」
「…………岩、減ってる?」
「怖いこと言うなよ!!!」
その時だった。
「怒ってるね」
「怒ってるね」
声がした。
「…………ん?」
振り返る。
小さな魚が二匹。
同じ形。
同じ大きさ。
同じ模様。
二匹並んで、暴れているイシナギを見ている。
「誰?」
「今日はだいぶ怒ってるね」
「だいぶ怒ってる」
俺の質問を無視した。
ドゴォン!!!
「背中かな?」
「エラじゃない?」
「エラかな」
「背中かも」
「何の話してんだよ!!!」
二匹が同時に俺を見た。
「イシナギ」
「イシナギ」
「それは分かるよ!!!」
ドゴォン!!!
「ずっとあれだよ!!!」
二匹はイシナギを見る。
「いつものことだよ」
「いつものこと」
「いつも神子元こんななの!?」
怖すぎるだろ。
二匹が顔を見合わせた。
「やる?」
「やろっか」
「何を?」
二匹が岩陰から出た。
「おい! 危ないぞ!」
返事はない。
小さな二匹は、イシナギへ向かって泳いでいく。
「待て待て待て!」
俺たち四匹ですら、あの巨体に近づけない。
ハンマーヘッドですら岩へ叩きつけられている。
それなのに。
二匹は普通に近づいていく。
そして。
並んだ。
「…………何してんの?」
二匹が身体を揺らした。
「いしなーぎや、いしなーぎ♪」
「いしなーぎや、いしなー♪」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
何が始まった。
「いしなーぎや、いしなーぎ♪」
「いしなーぎや、いしなー♪」
イシナギが止まった。
「止まった!?」
口に咥えていたハンマーヘッドが逃げていく。
イシナギは追わない。
「いしなーぎや、いしなーぎ♪」
「いしなーぎや、いしなー♪」
二匹が巨大な身体の周りを泳ぐ。
一匹は口元へ。
もう一匹はエラの近くへ。
つつく。
また泳ぐ。
つつく。
イシナギの動きが、ゆっくりになっていく。
「…………何これ」
「いしなーぎや、いしなーぎ♪」
「いしなーぎや、いしなー♪」
巨大な身体が沈み始めた。
ゆっくり。
ゆっくり。
海底へ。
そして。
ドスン。
イシナギが海底に横たわった。
動かない。
さっきまで百匹を超えるハンマーヘッドを追い回していた巨大な魚が。
また。
岩になった。
「岩に戻った!!!」
イトヨリが目を丸くした。
「寝たっす!!!」
キントキダイも岩陰から出てくる。
「最初からあれを呼べばよかったのでは?」
「本当だよ!!!」
キンメがイシナギを見る。
「…………岩」
「魚だよ!!!」
二匹はまだイシナギの身体をつついている。
俺は近づいた。
「お前ら……」
二匹が振り返る。
近くで見て、ようやく分かった。
「ホンソメワケベラ?」
「そうだよ」
「そうだよ」
「双子?」
「そうだよ」
「そうだよ」
綺麗に揃う。
「どっちが姉?」
「知らない」
「知らない」
「そこは知っとけよ!!!」
二匹は顔を見合わせた。
「どっちだっけ?」
「どっちだろう」
「生まれた時のこと覚えてない」
「私も」
「まあ魚だからな!!!」
イトヨリが二匹の周りを泳ぐ。
「すごいっすね! あのイシナギ止めたっす!」
「お掃除しただけ」
「お掃除しただけ」
「掃除!?」
「大きい魚はね」
「掃除すると」
「おとなしくなるよ」
二匹が交互に喋る。
「ハンマーヘッドも?」
「するよ」
「カンパチも?」
「するよ」
「ヒラマサも?」
「するよ」
「誰でも?」
二匹が同時に答えた。
「だいたい」
「お前らこの辺の大型魚ほぼ全員と知り合いなの!?」
ドゴォン!!!
四匹同時に身構える。
「また!?」
見る。
イシナギではなかった。
逃げていくハンマーヘッド同士がぶつかっただけだった。
「…………」
身体から力が抜ける。
本当に終わったらしい。
静かになった海の中で、ホンソメワケベラの双子だけが、何事もなかったようにイシナギの身体を掃除している。
「しかし……」
俺は二匹を見る。
さっきの歌。
巨大な怪物。
小さな二匹。
歌いながら近づいて。
おとなしくさせた。
「…………モスラじゃねえか」
二匹が同時に振り返った。
「モスラ?」
「モスラ?」
「知らないよな!!!」




