第138話 二面性という多様性
結局。
休暇村には泊まらなかった。
「なんでっすかー!」
「魚だからだよ!!!」
イトヨリがまだ不満そうにスマホを見ている。
「口コミいいっすよ?」
「口コミでエラ呼吸できる部屋探してこい!!」
キンメも少し残念そうだった。
「…………行きたかった」
「煮付けになる覚悟ができたらな」
「…………うん」
キンメは納得した。
そして。
もう一匹。
「先輩、貧乏なの? だっさ〜♡」
納得していない奴がいた。
「なんでお前まだいるんだよ!!!」
弓ヶ浜を離れても。
新しいイトヨリは普通についてきていた。
「別についてきてないし」
「じゃあなんでいるんだよ!」
「アタシもこっち行くだけ〜」
「神子元までか?」
「知らなーい」
「絶対ついてきてんだろ!」
「自意識過剰。きも♡」
「帰れ!!!」
少し前を泳いだかと思えば、また戻ってくる。
自由だ。
「先輩おっそ♡」
「うるせえ!」
「そんなんで最後まで行けんの?」
「いける……はず」
「あはっ。自信ないんだ。よっわ〜♡」
「うるせえ!」
「何日かかってんの?」
「…………」
「なっさけな〜い♡」
「日数で攻撃すんな!!!」
イトヨリが新しいイトヨリの横へ並んだ。
「元気っすねー!」
「お姉さんも遅いよ」
「あーしは普通っす!」
「さっきから三回くらい流されてたじゃん」
「見てたんすか!?」
「見てた。よわよわ〜♡」
「超恥ずかしいっすー!」
「そうやって弱いとこ見せて、先輩にかまってもらってるんでしょ?」
「違うっすよ!」
「あー! 図星だー! あざと〜い♡」
「あざとくないっす!!」
なんだかんだ。
イトヨリ同士は普通に仲良くなっていた。
キントキダイは少し後ろを泳いでいる。
新しいイトヨリが振り返った。
「ねえ」
「なんだ?」
「なんでずっと後ろにいるの?」
「私は後方警戒担当だからな」
「へえー」
少し考える。
「それ、役に立ってる?」
「…………」
「役に立ってなさそ。カッコわる〜♡」
キントキダイが俺を見た。
「チカメ」
「なんだよ」
「この魚は置いていこう」
「あ、怒った。ちょろ〜い♡」
「チカメ。今すぐ置いていこう」
「お前が連れてきたんだろ!!!」
「ざぁ〜こ♡」
「チカメ。やはり置いていこう」
「だから俺に決定権あんのかよ!!!」
キンメは静かに泳いでいた。
新しいイトヨリが近づく。
「キンメっち」
「…………なに」
「アタシと来る?」
「…………どこに?」
「秘密」
「…………行かない」
「なんでー?」
「…………チカメと行くから」
「おお」
思わず声が出た。
新しいイトヨリが俺を見る。
「うわ。今ニヤけた」
「ニヤけてねえよ!」
「一緒に行くって言われただけで嬉しいの? ちょろ〜い♡」
「嬉しくねえよ!」
「顔に出てるよ? はずかしくないのぉ♡」
「出てねえよ!!!」
キンメが俺を見る。
「…………ニヤけてる」
「キンメまで!?」
新しいイトヨリが笑った。
「キンメっちはかわいいのに、先輩ざんね〜ん♡」
「俺だけ評価低すぎんだろ!!!」
完全に馴染んでいる。
なんなんだこいつ。
このまま本当に神子元まで来るんじゃないだろうな。
「お前、家とか大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょ」
「家族は?」
「いるよ」
「心配してんじゃねえの?」
「してないしてない」
「連絡くらいしろよ」
「先輩、パパみたーい」
「誰がパパだ!!」
「やだー。パパの、か・ほ・ご♡」
「心配するだろ普通!」
「先輩みたいな根性なしと違うから、アタシ一人でもらくしょ〜♡」
「お前なあ――」
その時だった。
後ろから声がした。
「――いた!」
新しいイトヨリが止まった。
俺たちも振り返る。
少し大きなイトヨリが、こっちへ泳いでくる。
かなり急いできたらしい。
「もう! こんなところまで来て!」
新しいイトヨリが。
固まった。
さっきまで笑っていた顔が消える。
「…………ママ」
「ママ!?」
思わず俺の声が裏返った。
母親らしいイトヨリが、俺たちのところまで来た。
「もう門限すぎてるわよ。どこまで行ったのかと思ったじゃない」
「ママ、ごめんなさい。ちょっと遊んでたら楽しくなっちゃって……こんなに遠くまで来るつもりじゃなかったの」
「…………」
誰だ。
「ずっと探してたのよ。心配したんだから」
「うん。本当にごめんなさい。ママが心配するって分かってたのに。次からはちゃんと言ってから行くね」
さっきまで俺に。
ざーこ。
きも。
よっわ。
なっさけな〜い。
散々言っていた魚が。
「心配かけてごめんなさい」
って言っている。
「…………誰だお前」
新しいイトヨリがこっちを見た。
「先輩、静かにしてください」
小声だった。
「敬語!?」
「どうしたの?」
母親がこっちを見た。
新しいイトヨリが一瞬で表情を戻す。
「なんでもないよ、ママ。ちょっとお話ししてただけ」
声まで違う。
「こちらの方たちは?」
「あのね、川奈から来た方たちなの。南の方まで旅してるんだって。途中まで方向が一緒だったから、少しだけ一緒にお話ししてたの」
「お話ししてた!?」
思わず叫んだ。
母親が俺を見る。
「違うんですか?」
「いや、話してはいましたけど!!」
内容が違う。
ずいぶん違う。
「チカメさん」
新しいイトヨリが俺を見る。
チカメさん?
「ママの前で大きな声出さないでください」
「チカメさん!?」
名前にさんまで付いた。
母親が申し訳なさそうに頭を下げる。
「この子、ご迷惑かけませんでした?」
「大丈夫だよ、ママ。みんなすごく優しくしてくれたの。キンメさんとも仲良くなったし、ずっと一緒に泳いでくれたんだよ」
「まあ。よかったわね」
「うん。すっごく楽しかった♡」
「俺は楽しくなかったぞ!!!!」
母親が俺を見る。
「え?」
「いや、なんでもないです……」
キントキダイが俺を見る。
「チカメ」
「言うな」
イトヨリも俺を見る。
「チカメさん」
「お前も言うな」
キンメが。
「…………優しい子」
「キンメ!!! お前は全部見てただろ!!!」
「…………ふふ」
こいつ。
母親が新しいイトヨリに寄り添った。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「うん♡ ママ、一緒に帰ろ」
すっと母親の横へ行った。
ぴったりくっついている。
「お腹空いたでしょう?」
「空いたぁ。もうぺこぺこ。ねえママ、今日のご飯なに?」
「帰ってからのお楽しみ」
「えー! 教えてよぉ。アタシ、ママのご飯ずっと楽しみにしてたんだよ?」
「ふふ。じゃあ帰ったらすぐ食べましょうね」
「ほんと? やったぁ♡ ママ大好き♡」
さらに母親へくっついた。
「…………」
甘えている。
ものすごく甘えている。
さっきまで俺たちと泳いでいた魚と同じとは思えない。
「今日は楽しかった?」
「うん! すっごく楽しかったよ。ちょっと遠くまで来すぎちゃったけど、みんなとお友達になれたの。今度はちゃんとママに言ってから遊びに行くね♡」
「そうね」
「えへへ♡」
「俺が知ってるイトヨリと一個も一致しねえ!!!!」
新しいイトヨリが振り返った。
「チカメさん」
「なんだよ!!」
母親の前で。
きれいに笑う。
「今日はありがとうございました。旅の続きも、気をつけて行ってくださいね」
「…………おう」
「皆さんも、ありがとうございました」
「またねっすー!」
「また会おう」
「…………またね」
「うん! またね♡」
「じゃあ帰りましょう」
「うん、ママ♡」
二匹のイトヨリが泳いでいく。
新しいイトヨリは母親のすぐ横。
ぴったりくっついたまま、楽しそうに話していた。
少し離れたところで。
新しいイトヨリが振り返った。
俺を見る。
ニヤッ。
「…………」
何も言わない。
母親の横だから。
すぐに前を向く。
「ママ、早く帰ろ♡」
「言わなくても分かるわ!!!!」




