第135話 【神子元編】ガジガジされたよ
ペリーが来航してから。
下田港は、少しだけ狭くなった。
少しだけ。
九メートル以上あるけど。
「ペリー! こっち向いてー!」
「ペリーちゃーん!」
「帰れーーー!!」
「マタ、アナタネ!」
反対派の顔を覚え始めていた。
「覚えられてんじゃねえか」
ペリーはそんなことを気にする様子もなく、港の中をゆっくり泳いでいる。
イトヨリは、さっき撮った写真を見ていた。
「めっちゃいい写真撮れたっす!」
「見せて」
「キンメちゃんも写ってるっすよ」
「…………ほんとだ」
キンメがイトヨリのスマホをのぞき込む。
その向こうから。
巨大な顔が近づいてきた。
「ネエ!」
「うおっ!!」
「シャシン、ミセテ!」
「ペリーさんも見るっすか?」
イトヨリがスマホを向ける。
ペリーがじっと画面を見た。
「…………」
「どうっすか?」
「ワタシ、カワイイネ!」
「自分で言うんだ!!」
「カワイイっすよ!」
「Thank you!」
急に発音が良くなった。
「そこだけ本場だな!!」
そういえば。
俺はペリーを見上げた。
「なあ、ペリー」
「ナニ?」
「お前、どこから来たんだ?」
「アメリカ!」
「そこまでペリーなのかよ!!!」
イトヨリが食いついた。
「アメリカのどこっすか!?」
「バージニア州、ノーフォーク!」
「具体的だな!!」
「トオカッタヨー!」
「そりゃ遠いだろ」
「時差ボケ、スゴイネ!」
「泳いできたのに時差ボケすんのかよ!!!」
ペリーは楽しそうに笑っている。
「ニホン、スキ!」
「そうなのか」
「シモダ、スキ!」
「おお」
ペリーが嬉しそうに言った。
「キンメダイ、ゴチソウニナリタイデス!」
「…………」
キンメが、そっと俺の後ろに隠れた。
「本人いるぞ!!!」
「Oh!」
ペリーが俺の後ろを見る。
キンメがさらに隠れた。
「見るな見るな!!」
「…………僕は、食べないでね」
「タベナイヨ!」
「交渉成立すんな!!」
下田に来た外国人観光客みたいになっている。
いや。
実際そうなのかもしれない。
「ミンナハ?」
ペリーが聞いた。
「ん?」
「ドコイクノ?」
「ああ」
そうだった。
俺たちは観光に来たわけじゃない。
「神子元だよ」
ペリーの動きが止まった。
「ミコモト?」
「知ってるのか?」
「シッテルヨ!」
「おお!」
やっと。
目的地を知っている奴に会った。
ペリーは少し考えてから。
「デモ」
俺たちを見た。
「ハンマーヘッドシャークノ群レ、スゴイ荒ブッテル奴ラダカラ、気ヲツケテネ!」
「荒ぶってる奴ら?」
軽い。
言い方が軽い。
「そんなにやばいのか?」
「ウン!」
ペリーが身体を傾けた。
「ワタシモ、ガジガジサレタヨ!」
「…………は?」
よく見ると。
巨大な身体に、傷が残っていた。
一つじゃない。
何かに噛まれたような跡が、いくつもある。
「…………マジで噛まれてんじゃねえか」
「ガジガジ、サレタヨ!」
「お前を!?」
「ウン!」
九メートル以上ある。
その九メートル以上あるザトウクジラが。
ガジガジされた。
俺は神子元の方角を見た。
「…………」
隣を見る。
キントキダイがいた。
目が合った。
「…………」
「…………」
キントキダイが言った。
「はい! ワニを呼んできて!」
「もう熱川に帰ったよ!!!」
「呼び戻せ!」
「何のために別れたんだよ!!!」
「九メートルがガジガジされたんだぞ!」
「正論なのが腹立つ!!!」
イトヨリは逆に目を輝かせていた。
「ハンマーヘッドシャークの群れ、見てみたいっす!」
「お前は少しくらい怖がれ!!」
キンメが俺の後ろから顔を出した。
「…………ガジガジ」
「そこ気に入るな!!」
ペリーは首をかしげている。
「ワニ?」
「こっちの話だ」
二代目。
帰すの早かったかもしれない。
いや。
あいつがいたらいたで別の問題が起きる。
「デモ、ダイジョウブ!」
ペリーが言った。
「何が?」
「ガジガジ、チョットダケ!」
「傷の数と合ってねえよ!!!」
キントキダイが俺を見る。
「本当に行くのか?」
「ここまで来て帰れるかよ」
「ワニなしで?」
「ワニなしで!!」
そもそも。
俺たちはサメを見に行くわけじゃない。
「神子元には、小鯖を迎えに行くんだよ」
「サバ?」
ペリーが反応した。
「そう。最近、川奈に来なくなったんだ」
「Oh!」
ペリーの目が輝いた。
嫌な予感がした。
「サバ、オイシイヨ!」
「お前も敵だったのかよ!!!」
「サバ、スキ!」
「聞いてねえよ!!」
イトヨリが俺を見る。
「チカメさん」
「なんだよ」
「小鯖を迎えに行く旅なのに、食べる側から神子元の情報聞いてるっすね」
「俺も今気づいたよ!!」
ペリーが嬉しそうに寄ってくる。
「サバ、サガスノ?」
「そうだよ」
「タクサン?」
「それを探しに行くんだよ!」
「タクサン、イイネ!」
「お前にとってだろ!!!」
ダメだ。
神子元に近づくほど、小鯖の敵が増えていく。
「デモ、カワナ?」
ペリーが聞いた。
「ん?」
「サバ、カワナニ連レテイクノ?」
「そうだよ」
ペリーが少し考えた。
「カワナ、行ッタコトアルヨ!」
「マジで?」
「ウン!」
「アメリカから下田まで来て川奈にも行ってんのかよ」
「イロイロ、イクヨ!」
行動範囲が違いすぎる。
イトヨリが聞いた。
「ペリーさん、オキアミも食べるんすか?」
「Oh!」
ペリーの目が変わった。
「オキアミ、ダイスキ!!」
「やっぱり食うんだな」
「川奈、オキアミいっぱい降ってくるっすよ!」
「おい」
待て。
「ホント!?」
「はいっす! 福音っす!」
「イトヨリ、待て」
「タクサン!?」
「日によるっすけど、いっぱい降ってくるっすよ!」
「待て待て待て」
ペリーの巨大な身体が嬉しそうに揺れた。
「カワナ、イク!!!」
「ほらあああああああ!!!」
「タイフウ終ワッタラ、イクネ!」
「来んな!!!」
「ナンデ!?」
「お前サバ食うだろ!!!」
「チョットダケ!」
「量の問題じゃねえよ!!!」
俺たちは。
川奈からいなくなった小鯖を迎えに。
神子元へ向かっている。
その途中で。
小鯖を食う。
九メートル以上のザトウクジラに出会った。
そして。
川奈にはオキアミがいっぱいあると教えてしまった。
「…………」
何をやってるんだ。
「サバ、タベナイヨ!」
ペリーが言った。
「本当か?」
「…………」
「なんで黙った!!!」
「オキアミ、タベル!」
「サバは!?」
「…………」
「サバは!?」
ペリーは笑った。
「カワナ、タノシミネ!」
「来んなああああああああ!!!」




