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第134話 【神子元編】ペリー来航

挿絵(By みてみん)




下田港に入って、どのくらい経っただろう。



港の外では、海の荒れがひどくなっていた。


福浦堤防にぶつかった波が、白く砕けている。



港の中にも、避難してきた魚がどんどん増えていた。



普段なら食う側と食われる側であろう魚たちが、今日は同じ方向を向いている。



「…………すごい数っすね」



イトヨリが周りを見回した。



「台風だからな」


「みんな下田港に逃げてきたんすね」


「ここなら外よりはマシだろ」



とはいえ。



このままじゃ神子元には行けない。




「今日はここで待つしかないな」


「そうだな」



キントキダイが珍しく素直にうなずいた。



その時だった。



港の入口の方が、急に騒がしくなった。



「来たぞーーー!!!」



「ん?」



「ペリーだーーー!!!」



…………。



ペリー?



「ペリー来たぞーーー!!」


「こっちだーーー!!」


「ペリー!!」


「帰れーーー!!!」



…………。




「なんか来るみたいっすよ!」


「聞けば分かる」



避難していた魚たちが、一斉に港の入口へ向かい始めた。



「ペリー! こっち向いてー!」


「待ってたぞー!」


「帰れー!!」


「港が狭くなるんだよー!!」


「うるせえ! 歓迎しろー!!」


「でけえんだよー!!」



「賛否がすげえな!!!」



歓迎されてるのか。


嫌われてるのか。



俺たちも魚の群れについていった。



キンメもついてくる。



「…………ペリー」


「知ってるのか?」


「…………知らない」


「だよな」



下田で。


ペリー。



俺の頭には一人しか浮かばない。



「いや、まさかな……」



港の入口に近づく。



魚たちが集まっていた。



その先。



福浦堤防の向こうは、まだ荒れている。



波がうねり。



海面が上下し。



白い泡が流れていく。



その中に。



黒いものが見えた。



「…………は?」



でかい。



遠いのに分かる。



黒い何かが、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。



「ペリー!!」


「こっちだぞー!!」


「入ってくんなー!!」


「どっちなんだよ!!!」



黒いものは、波に流されているわけじゃなかった。



進んでいる。



ゆっくり。



まっすぐ。



下田港へ。



黒船来航!?



「…………」



俺はその進路を見た。



適当に港へ向かっているわけじゃない。



少し曲がりながら。


深いところを選んでいる。



「…………航路か」



「こうろ?」



キントキダイが聞いた。



「船が通る道だよ」



港には、船が安全に出入りするための航路がある。



ただ海があるから、どこでも大型船が通れるわけじゃない。



浅ければ座礁する。



だから港の中には、船が通る場所をきちんと決めて、海底にたまった砂や泥をさらい、必要な深さを保っているところがある。



港湾航路。



人間が大型船を通すために維持している。



海の中の、深い道だ。



「…………あいつ」



その深い道を。



黒い巨体が正確に進んでくる。



「航路使って入港してきてんぞ」



「船なんすか!?」


「どう見ても船じゃねえだろ!!」



どんどん近づいてくる。



でかい。



想像していたより、ずっとでかい。



魚たちが左右へ散った。



その真ん中を。



黒い巨体が通る。



「ペリー!!」


「来たぞーーー!!」


「帰れーーー!!」



「開国シテクダサーーーイ!」



「お前が言うのかよ!!!」



そして。



ざばああああああああん!!!



海面が割れた。



黒い背中。



巨大な身体。



長い胸びれ。



「…………クジラ」



ザトウクジラだった。



「黒船じゃねえのかよ!!!」



「黒船?」



イトヨリが首をかしげた。



「いい!! こっちの話だ!!」



ザトウクジラは、魚たちの間をゆっくり進んでくる。



でかい。



本当にでかい。



周りにいる魚が全部、小魚に見える。



その巨体が、俺たちの近くで止まった。



「…………」



でかい目が。



こっちを見た。



「…………」



俺も見た。



「…………」



向こうも見ている。



「なんだよ」



口が開いた。



「コンニチハ」



「喋った!!!」



「…………こんにちは」



キンメが普通に返した。



「受け入れ早いな!!」



ザトウクジラは、ゆっくり身体を傾けた。



「ワタシ」



一拍。



「ペリー」



「やっぱりペリーなのかよ!!!」



周りから歓声が上がった。



「ペリー!!」


「ペリー来たぞー!!」


「帰れーーー!!」


「まだいる!! 反対派まだいる!!」



ペリーはまったく気にしていない。



「ソト」



港の外を見た。



「アブナイ」



「まあ、そうだな」



「ナミ、オオキイ」


「うん」


「カゼ、ツヨイ」


「うん」



ペリーは、ゆっくり港の奥を見た。



「ワタシモ」



巨体が進む。



魚たちが慌てて道を開ける。



「ヒナン、シマス」



「お前も避難してきたのかよ!!!」



「ハイ」



「普通に返事すんな!!」



「ペリー帰れー!! 狭いんだよー!!」


「オマエ、カエレ」



「言い返した!!!」



歓声が上がった。



「ペリーが喋ったぞー!!」


「もっと言えー!!」


「お前が帰れー!!」


「ナカヨク、シテクダサイ」



「お前が始めたんだろ!!!」



イトヨリが目を輝かせている。



「チカメさん! クジラ初めて見たっす!!」


「俺も魚になってからは初めてだよ!」


「写真撮っていいっすかね!?」


「本人に聞けよ!」



イトヨリがスマホを構えた。



「ペリーさん! 写真いいっすかー!?」



ペリーが止まった。



こちらを見る。



「…………」



そして。



少し身体を傾けた。



「カッコヨク、オネガイシマス」



「注文あんのかよ!!!」



イトヨリが何枚も撮る。



ペリーは微妙に角度を変えている。



「慣れてんなこいつ!!」



キントキダイが、ペリーの身体を見上げた。



「しかし、よく入ってこられたな」


「だから航路だよ」



俺は下を見た。



人間が船のために深く保っている道。



そこを、この巨大なクジラは選んで入ってきた。



「港の入口を確認して、深いところから入ってきたんだろ」


「なるほど」



イトヨリがスマホから顔を上げる。



「ちゃんと航路守ってるんすね」


「そうなんだよ」



俺はペリーを見た。



巨大なザトウクジラが。



港湾航路を使って。



下田港に入港して。



台風から避難している。



「…………」



なんだこれ。



「クジラの方が俺たちよりちゃんと入港してるじゃねえか!!!」



ペリーが振り返った。



「ルール」



「ん?」



「ダイジ」



「お前に言われると腹立つな!!!」



その後ろでは。



まだ歓迎派と反対派が騒いでいた。



「ペリー!! こっち来てー!!」


「帰れーーー!!」


「ペリー! 開国してー!!」


「港をなんだと思ってんだー!!」



ペリーは気にせず、ゆっくり港の奥へ進んでいく。



「オジャマ、シマス」



「本当に礼儀正しいな!!!」



台風は、まだ去っていない。



神子元にも、まだ行けない。



そして下田港には。



ペリーが来航した。

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