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第133話 【神子元編】天気予報は大体同じ

挿絵(By みてみん)


白浜を離れてから。


海のうねりは、少しずつ強くなっていた。



ふわっ。



身体が持ち上がる。



沈む。



また持ち上がる。



「…………」



さっきまでは、なんとなくふわっとする程度だった。


今は違う。


泳いでいるのに、進んでいる感じがしない。



「チカメさん」


「うん」


「あーし、さっきから同じ岩を三回見てる気がするっす」


「俺も見てる」


「あと、波の出るプールってこんな感じっすか?」


「楽しそうで何よりだ」


「お腹がふわって! ふわって!」


「…………」



進む。



押し戻される。



また進む。



押し戻される。



キントキダイが前から戻ってきた。



「進路を変えた方がいいんじゃないか?」


「まだ行けるだろ」


「そうか?」



また大きなうねりが来た。



ぐわっ。



全員の身体が持ち上がる。



「うおっ!?」



今度は横へ流された。



「…………」



キントキダイが俺を見る。



「まだ行けるか?」


「今のはちょっと無理かも」



イトヨリが笑う。



「キントキダイ、こういう時だけ慎重っすね」


「こういう時こそ慎重になるんだ」


「サメの時は一番最初に逃げてたっす」


「あれも慎重な判断だ」


「撤退時の後方警戒だろ」


「そうだ」


「まだ言ってんのかよ!!」



南へ進む。



海岸線が少しずつ変わっていく。



白い砂はもうない。



岩が増えた。



「…………爪木崎の方だな」



昔、人間だった頃。


当然、海から爪木崎を見たことはない。



でも。


海が荒れてきていることくらいは分かる。



岩に当たった波が砕ける。



そのたびに、海の中までごうっと押される。



「…………これ」



俺は止まった。



「手漕ぎボートとかカヤックなら、今日は絶対出られねえ海だ」



イトヨリが俺を見る。



「急に釣り人目線っすね」


「こういうのは分かるんだよ」



また大きなうねりが来た。



ぐわっ。



「うおっ!?」



全員まとめて押し戻される。



「イトヨリ」


「はいっす?」


「海天気見て」


「あっ」



イトヨリがスマホを取り出した。



「その発想なかったっす」


「なんのためにスマホ持ってんだよ!!」



画面を見る。



「…………あ」


「何?」


「台風来てるっす」


「やっぱりか」



イトヨリが指を動かす。



「これから、もっと荒れるみたいっす」


「もっと?」


「はいっす」


「これより?」


「はいっす」



「Yahoo!天気は?」


「ちょっと待ってくださいっす」



画面を切り替える。



「…………同じこと言ってるっす」


「多数決取っても台風かよ!!!」



「念のためWindyも見るっす」


「うん」


「ウェザーニュースも」


「うん」


「tenki.jpも」


「うん」



イトヨリがしばらく画面を見た。



「…………全部、荒れるって言ってるっす」


「全会一致じゃねえか!!!」



キントキダイがスマホをのぞき込む。



「台風とは何だ?」


「でっかい嵐だよ」


「危険なのか?」


「危険だよ!!」



また。



ぐわっ。



身体が持ち上がる。



今度は横へ流された。



「うおおおっ!?」



「チカメさん!」


「何!?」


「海天気もYahoo!天気もWindyもウェザーニュースもtenki.jpも当たってるっす!」


「もう疑ってねえよ!!!」



その時。



俺たちの横を、何匹もの魚が通り過ぎていった。



「ん?」



一匹じゃない。



二匹。



三匹。



沖にいた魚まで、次々と同じ方向へ泳いでいく。



「なんだ?」



「避難だよー!」



岩場の方から声がした。



爪木崎にいた魚たちだった。



「あんたたち、旅の魚?」


「川奈から来たっす!」


「川奈!? ずいぶん遠くから来たねえ!」


「神子元まで行く途中っす!」


「神子元!?」



魚たちの顔色が変わった。



「ダメダメ! 今日はそっち行っちゃダメだよ!」


「やっぱり?」



「これからもっと荒れるよ! みんな下田港に逃げるから、あんたたちもこっち!」



その魚の後ろを。



大小いろんな魚が、ぞろぞろ泳いでいく。



沖から来た魚。



岩場にいた魚。



普段なら絶対に一緒に泳いでいなさそうな魚まで。



みんな同じ方向へ向かっていた。



「下田港か」



もちろん知っている。



人間だった頃から知っている。



釣り人にとって、伊豆の下田港なんて知らない場所じゃない。



ただ。



魚になって。


台風から逃げるために入ることになるとは思わなかった。



「よし。俺たちも下田港に入港するぞ!」



「了解、船長」


「…………分かったよ、隊長」


「おけまる水産株式会社っす!!」



「…………」



なんで急に役職がついた。



俺たちは、避難する魚たちの列に加わった。



神子元へ向かうためじゃない。



海から逃げるために。



「チカメさん」


「何?」


「見てくださいっす」



イトヨリが前を指した。



大きな魚のすぐ横を、小さな魚が泳いでいる。



その後ろにも。



明らかに食う側と食われる側の魚が並んでいた。



「普段だったら、あいつ絶対あっち食う側っすよ」


「今日はそれどころじゃねえんだろ」


「台風すごいっすね」


「食物連鎖まで休業してるよ」



前を泳いでいた魚が振り返った。



「そっちじゃないよー!」


「え?」



うねりに押されて。


俺たちは少しずつ沖側へ流されていた。



「こっちこっち! 警戒レベル5だから岩から離れすぎないで!」



「すみませーん!」



慌てて列へ戻る。



「完全に避難誘導されてるっすね」


「地元の魚についてった方が安全だよ」



キントキダイが俺を見る。



「お前、下田港を知っているんじゃないのか?」


「知ってるよ」


「では案内できるだろ」


「陸からしか行ったことねえんだよ!!」



「なるほど」



「しかも今、海の中だぞ!!」



また大きなうねりが来た。



ぐわっ。



「うおおおお!!」



避難の列がまとめて揺れる。



それでも。


爪木崎の魚たちは慣れているのか、迷わず進んでいく。



「こっちだよー!」


「はぐれないでねー!」



俺たちもその後を追った。



キンメは俺のすぐ横を泳いでいる。



「大丈夫?」


「…………大丈夫、隊長」


「離れるなよ」


「…………うん」


「隊長?」



まだ続いていた。



また大きな波が来る。



俺とキンメの身体が一緒に持ち上がった。



そのまま横へ流される。



「うおっ!」



キンメが俺にぴったりついた。



「…………離れないよ、プロデューサーさん」


「近い近い近い!!」


「…………離れるなって言った」


「そうだけど!!」


イトヨリが後ろから来る。


「いつからアイドルになったんすか?」



「俺もしらねぇよ!」



「仲いいっすねー!」


「今それ言ってる場合か!!」



さらに進む。



どれくらい泳いだか分からない。



でも。



少しずつ、海の様子が変わってきた。



外から押し寄せていたうねりが弱くなっていく。



岩にぶつかる波の音も遠くなった。



さっきまで身体ごと持っていかれていた流れが、ここではかなり弱い。



前を泳いでいた魚が振り返った。



「もう大丈夫だよー!」



その先には。



さらにたくさんの魚がいた。



「…………すげえ」



下田港。



俺たちだけじゃない。



爪木崎から避難してきた魚。



沖から逃げてきた魚。



すでに港の中にいた魚。



いろんな魚が集まっていた。



「避難所になってんじゃねえか……」



イトヨリがスマホを見る。



「チカメさん」


「何?」


「台風、すぐには抜けないみたいっす」



「…………マジ?」



「はいっす」



俺は港の外を見る。



遠くで。



海が大きく上下していた。



「神子元は?」


「今日は無理っすね」



「明日は?」


「分かんないっす」



「…………」



キントキダイが言った。



「では、ここにいるしかないな」



「…………そうなるな」



川奈を出た時。



神子元まで行って。



小鯖を連れて帰る。



それだけの旅だと思っていた。



赤沢。



北川。



熱川。



稲取。



白浜。



そして。



下田。



「…………」



俺は港の向こうを見た。



神子元は。



まだ先だ。



「いつ着くんだよ!!!」




     *




その頃。



下田港を嵐から守る福浦堤防の、さらに向こう。



荒れた海の中に。



黒く。



大きな何かがいた。



それは港には入らず。



沖から静かに。



下田港へ入るための航路を確認していた。

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